2007年05月29日

第百四十二回「バージョン2.0?」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

三代目紙芝居舞台の話をまた。

八王子の野外イベントで、初めて自転車に新しく作った紙芝居舞台を載せてみたのだ。下北沢のライブでやったときの反省から、少しは木枠の自立を助けるために補助金具なんぞを(いつものように)やっつけで装着、これでボクの予想では特に問題もなく快適に紙芝居ができるはずだった。

が、モノゴトはそうそう簡単にうまくは回ってくれない。

まず、自転車での移動。確かに折り畳みテーブルや木枠や紙芝居をガラガラひきずりながらよりは快適であったわけであるが、地面の凹凸からくる衝撃を紙芝居舞台が割りとしっかり受けてしまい、自転車の荷台にもっとキチンと固定しないといけない、と反省。これは紙芝居舞台の大きさと荷台の大きさに関係してくる問題で、あと、紙芝居舞台自体の重さ(中はからっぽで、ほとんどモノは入っていなかった)も少しは必要なのだということがわかった。

あとは、木枠と下の箱をつなぐそのやり方を少し甘く考えていたので、衝撃を受けたときに木枠の重みで自立補助のためにつけた金具が曲がってしまい、ほとんど役に立たなくなった。いっそのこと完全に固定してしまおうかとも思ったのだが、金具をもう少し強いものに替えて二日目望んでみたところ、舗装された道路であれば特に問題もなかったので、とりあえずこれで行くことにした。

それから、木枠の裏側があまりにもスカスカになっているので、時々紙芝居の紙が後ろで抜けてしまいそうになった。これは裏に板をつければすぐに解決するからそれほど深刻な問題でもない。

さて、では、よかった点というと。

移動の快適さは当然として、見た目ですぐに「紙芝居屋」だとわかってもらえるのが一番ありがたかった。ただ自転車をついて歩いているだけで

「あ、紙芝居屋さんだ!」

 と、何度も声をかけられた。それも、年配の方だけでなく、家族連れ、お子様などなど、幅広い年齢層の人々に、である。

「どこでやるんですか?」

と聞かれてその場ではじめたこともあった。去年青梅のお祭りで上演する場所を探すのに苦労していたことを考えると信じられないことだが、やはりこの「自転車+紙芝居舞台」というアイテムは強力なのだ、ということを痛感したことである。

ただ、最初に触れたように、改善点は多い。これから時間を見て少しずつでも改良していきたいと思っている。

技術も、道具も、バージョンアップは永遠の課題なのである。

続きは明日のお楽しみ!

2007年05月28日

第112回『クチに出してみる』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 何かが始まるとき、というのは何かと物要りだ。

 先週、東京入りの荷造りをしていて、メディシンケースや封筒などちょっとしたモノが必要であるコトに気づき、それらを求めに百円均一屋(というと“百円均一”を販売しているように聞こえるが)へ行った。

 どうでもよいものからちょっと使うのに都合の良いモノまで沢山ある。綿棒の置いてある辺りを彷徨っていたら、ジャージを着た中学1年生くらいの少女が、2人でなにやら楽しそうに会話をしているのが聞こえてきた。
  
 「あ!バンソーコーいるかもーー!」
「そーだねー!大道具さんが怪我しちゃうかもねー!」

 おやおや?“大道具さん“??文化祭にしては早いし、体育祭だろうか。それとも演劇部だろうか…そんなコトを思いながらついついハナシに耳をそばだててしまった。

 「かなづちは?」「あ、ないない、1本で使いまわしてるよねー。」「でもいらないか。」

 なに?!ナグリ(金槌)を使いまわしだなんて!なんて効率悪いんだ!!買いなさい!!

 「鏡とか。」「あーうんうん、自分の使ってるもんねー。」

 そんなのは楽屋にないなら自分の使うんでいいのだよ!それよりナグリを買いなさい、ナグリを。

 「ガーゼはあ?」「あはは、なんに使うのー。」「大道具さんがさ。」

 使わないよっ!

 「とりあえず救急箱かおうよ」「うん。」「これカワイーねー♪」「ねえねえ消毒は?」

 君たちはどんだけ“大道具さんの怪我”の心配をしたら気が済むんだ。他に要るもの沢山あるだろうに。とりあえずナグリを買ってほしい。

 「ていうか、保健室行ったらゼンブあるんだけどね。」「だよね。」

 ……ハナシにオチがあるのは若さゆえだろうか。最後に、

 「いひひ、楽しいね♪」「そぉだね、ふひひ♪楽しい、ふふ。」

 と言いながら違う棚の方へ行ってしまった。勝手に老婆心を振り回されつつも、これからみんなで何かを始めるワクワクを、素直に「楽しいね」と言い合う彼女たちがまぶしく見えた。

 これからはじまる新しいコトへのワクワクをそっちのけに、ただ東京入りの準備に追われていたジブンに気づかされた思いがした。
 このコラムが掲載される頃には、新しい仲間たちと稽古に入っている。素直に「楽しいね」と言い合えるような関係が作れたら、まずは成功なのだろう。

 …とりあえず、大道具さんのためを思うのならば、ナグリをせめてもう1本は買っておいて欲しいと思う。

2007年05月24日

88、舞台に立つこと。

砂糖マキ
コスモル代表 砂糖マキ

たまに、「コラム見てますよ」等と言ってくださる方がいらっしゃったり。
最近は遅筆になったいたので、嬉しい反面、申し訳無い限りです。有難う御座います。
今年に入って自分の内面を表に出すことが本当に恐くって、文章を書くのもためらっておりました。多分自分ってものが、解からなくなってたのだと思います。
知識も教養も技術も経験も無い私には、「自分」の中身をさらけ出すしか武器も無く、
「自分自身」に嫌気がさしたり、生きる事に希望を持てなくなったりすると、
自分の中には「負」のパワーしか蓄積されず、自分から出てくるモノと言ったら「負」が詰まった強烈なモンばっかり。「そんなモンを人に投げかけていいのか?」
ストレス発散のパワーを当てられるほど、疲れるものは無いですよね。日常でもね。

そんな思いは舞台に立つ時もそうで。
「仕事なんだから、何があっても舞台に立たねばならぬ」
今まではそう、活動に臨んでおりました。
だけど、今になると「どんなに頑張っても、無理な事はある」と。
「やれることを最大限に努力する」のと、「出来ない事へ無理をする」のは大きな違いで。
最近の自分は、芝居する上での人間関係に対して不信感を抱きながらも、
それを打破する事を考えず、無理無理やり過ごしていた様に感じました。
これは自分で「コレは私の仕事なのだから」と、勝手にルールを作ってしまったため。
「自分が楽しむ」のはご法度だと、いつの間にか思い込んでいたように思います。
コレは自己満足性が強い舞台を作る事への恐怖で、でもどっからどこまでがどう「ジコマン」かって言ったら凄く微妙なのが芸術なのも確かで。

先日、友人の個展へ行きました。
いい年したオジサンなんだけど、「今回は天使がテーマ」と可愛らしい癒し系の絵画が、
横浜の小さな画廊に数枚並んでいました。
一緒に行った友人達と、1枚づつ彼の絵を購入してしまったのですが、
「この感覚は芝居観るのと似ているなぁ」と思いました。
その絵は彼の中の「優しさ」みたいなものに溢れていて、「んで、ついつい買っちゃったンだなぁ」と後日思うのですが芝居もそれと似てて、自分の中の何に価値をつけるかはお客様。そのために、自分の心を大事に磨いておくのが表現者。だからこそ、舞台に立つのは怖いし、自分にウソをついたり格好つけたら値打ちの無い飾り物になる。

ちょっと堅くなったけど、子供が無邪気に一生懸命楽しんで踊ったりしてたら、
見てる方も癒される。それでもいいじゃないか?と。
これまた極論なんですけどね。ははは。

2007年05月22日

第百四十一回「三代目紙芝居舞台はじめました」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

(第百三十五回のコラムの続き)

 さて、ようやく三代目の紙芝居舞台が出来上がった。

 正確にいうと、まだ最後のツメが残っているのであるが、ほぼ9割方出来上がったといってもいいだろう。折りたたみ式のプラスチックケースにすっぽりとはまる木枠と、その上に自立する紙芝居舞台。これをそのまま自転車の荷台に載せれば、まんま街頭紙芝居屋である。

 思えばここまで来るのに、何年かかったろう。

 や、実をいえば「ここ」まで来るとは、最初は思っていなかったわけであるが。

 最初に作ったダンボール製の紙芝居舞台、2代目の木枠の紙芝居舞台はともにテーブル(あるいはイーゼル)に載せる形だったわけであるが、この方法で一番困る(時間がかかる)のは移動とセッティングである。

 今回はその点を解消するために、固定の台にも、自転車の荷台にも対応できるような造りにしてみたわけである。移動も出来るし、自転車が入れない(室内で、土足禁止だとか)ところでもほとんど変わらない状態で出来る。

 ま、遠方の会場では外であっても(ボクが車の免許を持っていないせいで)自転車を持っていけないので、テーブルにせざるを得ない、とか、問題が完全になくなったわけではないが(移動は前よりちょっとだけ大変になったw)、自転車は現場で借りる、という手もある。

 あとは、現場をこなすこと(実際に紙芝居舞台を使うこと)で改善すべき点を見つけていきたいと思っている。

 先日の下北沢でのライブが初お披露目となったのだが、今のところ、紙芝居を差し込む木枠は台となる木枠(これを折りたたみケースの上にはめこむ)にくっつけているわけでないので、その辺の安定性にちょっと問題がある(支障をきたすほどではないが)と思われる。

 あとは、自転車に載せてどんな感じなのか、そのあたりを確かめてみたいと思っている。

 今週末は野外イベントである。そのイベントでの反応を見て、以前から考えていたことをそろそろ(いい加減そろそろw)実行に移したいと考えているのだが。また、来月は初めての場所(都内)でのイベントが控えており(詳細は後日)、例の「バーで紙芝居」は来月頭に延期になってしまったのでまだ未見であり、その翌月には浅草で紙芝居のイベントがあるのでそれを見に行こう、などと考えていたりもする。オリジナルの原作に現役の紙芝居絵師の方が担当した作品を講談師が語る、という考えただけでワクワクする企画である。これについても、後ほど詳しく♪

 そんなわけで、続きは明日のお楽しみ!

2007年05月21日

第111回『You are my home』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 少しの間、東京へ行くコトになった(劇団上海自転車HP参照)。

 劇団全体ではなく個人的に、というコトで、仲間がささやかに(というと失礼だし、かといってそう大げさでもない)壮行会を開いてくれた。

 とはいえ、飲んでしゃべっているだけなので、そういつもと変わりはない。が、それがいい。

 旗揚げした当初、ウチの劇団はどうあるべきかと考えたときに―以前もコラムに書かせて頂いたが―みんなにとっての“家”であればいい、と考えていた。

 休んでも抜けてもいつでも戻ってこられるような場所。家族だと近すぎるけれども、例えば、ハリネズミの針と針の間にいるような、微妙だけれども何故か安心するような場所であればオモシロい、と思っていた。

 だからこそ微妙にうまく変化しつつ、いつも、いつまでたっても変らない場所を作りたいと努力している。

そういう意味で、いつもと変らない飲み会というのが自然でいい。

 帰る場所があれば安心して戦える。そう思って続けていたものが、トツゼン家主のワタシがしばらく留守にするコトになるとは。人生はそういうところがオモシロい。

 いろいろ悩んだものの、結局、これもこれから先に進むための1つの変化であると考えるコトにした。
 ワタシの人生における、すべての特別な出会いを無駄にしないためにも変化していかなければならない。そして変らずにいなければならない。

 しばらく留守の“家”はみんなで守ってくれるだろう。否、“家“というのは、”仲間そのもの”であるのだろう。

 ワタシは少しだけステキに変化したジブンを持って帰ってきて、みんなに感謝し、またジブンたちの“家”をステキに飾り、変わりつつ変らない“家”を保ち続けるのがいいのだろうと思う。

2007年05月17日

87、あめのひのウタ

砂糖マキ
コスモル代表 砂糖マキ

雨の日は誰もいないから
夜中に着飾らないでコンビニへ。

パパの靴をはいて
いっぱいの想いをしずくにつけて。

たくさんの大好きを着飾ってコンビニへ。

買うのはビールだけ
いっぱいの想いをおつまみに。

おっきい靴がぶかっこうだけど

だって雨の日は誰もいないから。


※お久しぶりです。砂糖マキです。
まよったり、なやんだり。色々ありますが、やっぱり明日を生きてます。
不器用で伝える術は相変わらず持ち合わせてないので、やっぱり次に会うのは舞台の上だと思います。
See You・・・・

2007年05月15日

第百四十回「軍神の母」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 昨年ネットオークションで入手した戦時中の印刷紙芝居「軍神の母」をようやく上演することができた。実は手に入れたといっても完全版ではなく、前半のみのものだったし、絵柄も物語も地味ではあるし、これをどうやったものか、ちょっとよいアイディアが思い浮かばなかったので、何となく部屋の隅に置いておいたまま、日にちばかりが過ぎていってしまったのだ。

 タイトルにある「軍神」とは、この物語の場合正しくは「九軍神」のことである。第2次世界大戦での日本軍による真珠湾攻撃の際、特殊潜航艇に乗船して命を落とした9人の軍人の功績をたたえ、彼らは「軍神」と称されるようになった。

 紙芝居「軍神の母」は、その九軍神のうちの一人「上田定兵曹長(死んでから2階級位があがったので兵曹長)」の生い立ちを描いたものである。

 広島の農家に生まれた定少年は、成績優秀なために教師から中学校へあがるよう薦められる。父親は働き手としての彼の力をあてにしていたのだが、母親は自分がその分働くので上の学校へやらせたい、といい、定少年は中学校でも学業に精を出すこととなった。母親は文句もいわず、朝から晩まで働くのだった。そうして、中学卒業を迎えた定少年は、「今までウチの中学から軍人になった人間はいない。ボクはぜひお国のために海軍にすすみたい」と両親に手紙で訴えるのだ。

 困惑する父親に、「あの子は今まで間違ったことはひとつもしていません。だから、今回もあの子のやりたいようにやらせてあげたい」と母は力強くいう。定少年は、晴れて呉の海兵団に入ることとなる。

 ボクがオークションで落札したのは、ほぼここまでの話である。

 先日、急に思い立ってこれを上演してみた。上演前に、簡単にこの紙芝居の内容(印刷紙芝居であり、軍事美談であること)に触れて、あとは自分の好きなようにオカズ(アドリブ)を入れてみた。

 すると、意外と普通に出来たのだ。前半しかないことも、まるで「続き物」の紙芝居のようなヒキのテクニックが使えて逆によかった。また、地味だと思っていた絵も、これはこれでなかなか味わい深いらしく、お客さんの反応も意外にあった。

 ボクはコレクターではないので、折角落札した紙芝居はすべて、内容にかかわらず、上演したいと思っている(もともと上演したいから落札して自分のものにしているのだが)。その意味では、今まで一度も出来なかった「軍神の母」を何とか上演できたことは、とても嬉しいし、以前一度だけやって(ボクの中では)玉砕した「肥料の施し方」にも、また挑戦したいと思っているのである。

 続きは明日のお楽しみ!

2007年05月14日

第110回『ゼンブのなかのジブン』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 雨のにおいがする。

 外に出ると水っぽい風が吹いて、今となっては刈られるのを待つばかりの麦たちも、なんとなくもったりして軽やかさがない。

 森羅万象が規則的にツギの準備をしている。ワタシタチの知らないうちに、すこうしずつ変化している。そう思うと、いつもよりもやけに空が高く思えたり、世界がとてつもなくだだっぴろいように感じたりする。そんな中に、ワタシがきょとんとした顔でポツネンと立っている。

 とてもちいちゃくて、ひとりぽっちのような気がする。

 それでもワタシは確かにココにいて、なんとなくジブンが“どの部分なのか”を感覚的に捉えるコトができる。

 毎日の、“絶対やらなくちゃいけないコト”に追われていると、全くもってジブンしか見えなくなってしまう。そして誰かを傷つけたり振り回したりしてしまう。

 舞台に立っていても、観客や舞台装置や照明の色、音響スタッフが入れてくれる音などが見えなくなったり聞こえなくなったりすると、途端にジブンを見失う。

 要するに、ジブンを知るためにジブン以外のゼンブがなくてはならないのだ。

 お気に入りのワンピースやペンダント、香水やいつも使っているカップ。部屋、家。いつもの靴を履いて土を踏む。庭があって、ジブンのテリトリーから外へ。

 家族の中でのジブンは何であるか。劇団の中でのジブンは何であるか。友人の中での、子供たちの中での、会社の中での社会の中での、自然の中でのジブンは何か。

 それさえ忘れなければ驕り高ぶるコトもなく、なんとなく今の自分の立ち位置がわかるような気がする。

 雨のにおいがする。規則的に梅雨が訪れ、忘れずに紫陽花も咲くことだろう。

2007年05月08日

第百三十九回「口立て芝居」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 先日、新宿・紀伊国屋ホールで初めて舞台を見た。実は以前折込でホール自体には行ったことがあるのだが、エントランスだけで、客席にさえ入ったことがなかったのだ。

「東京のコメディ」と銘打って、舞台だけでなくメンバーによるお笑いライブも精力的にやっているうわの空・藤志郎一座の公演「桜−SAKURA−」を見に行ったのだ。劇団の名前は以前からよく耳にしているが、なかなか劇場まで足を運ぶことが出来なかった。それが、ちょうど3月のイベントに出ていただいたコンタキンテさんが客演されるということで、楽日に見に行くことができたのだ。

 この劇団の芝居の作り方は、「口立て」である。基本的な役柄の設定だけ決めて、後は稽古を重ねていって練り上げる。演出家でもあり、役者としての存在感も人一倍の座長・村木藤志郎さんがセリフを作っていく、という形らしい。「そこに、その人間として存在すること」が、芝居を作っていくうえで一番大事にしていることだそうだ。

 そのため、複数の役者が同時に話し始めてセリフがうまく聞きとれないところもある。いいかけたセリフが後から喋りはじめた役者のセリフにおされて宙ぶらりんのまま消えてしまったようなところもあった。

 それは、とてもスリリングでリアルな喜劇だった。同じように複数のセリフが舞台上でまるで関係なく交差する青年団とは違うリアルさだった。

 そうして、そのリアルさは、舞台にしかないものだったと思う。エントランスで過去の公演のDVDなども販売されていたが、本当に申し訳ないのだがそれにはまるで興味がわかなかった。ただ、その過去の公演を自分がこの目で見ることができなかったという悔しい思いがあるだけで。

 久々に、舞台でしか味わえないものを見せてもらった気がした。それは一言でいうと、「生の芸能の魅力」である。物語の大枠は決まっているとはいえ、細部が公演中にどう変わっていくかそのときその回の舞台を見なければ予測不可能という、そんな舞台。

うわの空・藤志郎一座
http://www.uwanosora.com/

 「口立て」といえば、以前コラムにも書いたが、初期の街頭紙芝居はストーリーなどは作者が紙芝居屋に口伝で教え込んでいたらしい。その大まかな流れに肉付けしていくのは、紙芝居屋自身だったのだ。

 実際、肉筆紙芝居の裏書は本当に400字詰め原稿用紙にしたら原画一枚につき半分もいかないだろう。字も間違っていることが多いし、だから後から誰かが訂正している場合もある。

 しかし、だからこそ紙芝居屋の力量が問われるのであり、現在ボクたちがやり続けている魅力の源泉があるのではないか。そんなことを少し考えた初紀伊国屋ホールだった。

 続きは明日のお楽しみ!

2007年05月07日

第109回『佐渡の魔像』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 つまくだ(第53回コラム参照)なハナシをする。

 ウチの劇団は男子が大方を占めており、尚且つワタシも女子とみなされていないので、ちょくちょくシモネタトークが爽やかに繰り広げられる。

 ある日「ジブンは“佐渡”なのか“魔像”なのか」というハナシになり、ウチのキャストは殆どが“魔像”で、スタッフは“佐渡”であるコトがわかった。なるほど喜劇をやる集団としては好ましい構成のように感じる。

 何かをやり遂げようとするニンゲンにおいて、“負けん気”というのは標準装備であり、これは“佐渡”とも“魔像”とも違う。どんなに大人しくても、みな“負けん気“がある。あなたの中の”佐渡“”魔像“を判断する際に、ちょっと注意が必要だ。

 喜劇役者は特に、笑いのおこるシチュエーションとして切羽詰った状態に置かれたり、痛い思いや寒い思いをしたり、また思いがけないコト(ずぶぬれになる、床が抜けるなど)が起きて驚かされたりするコトがしばしばある。

 これらの酷い事柄をうけて、少なくともオイシイとかタノシイと思う、もしくは客観的に考えてオモシロいと感じるコトが出来なければ、喜劇役者はきついのかもしれない。そう思うと、もっとも好ましいのは“超魔像”になるだろう。
  
 ただ、やはり舞台も社会の縮図。役割分担というモノがあり、笑いが発生する状況作りのための“喜劇的攻撃をする佐渡”というのが必要だ。ただしそういうのは、数人いれば事足りる。

 ちなみにワタシは、演出のときは“佐渡”であり役者のときはおそらく“魔像”でやっていると思う。が、どうだろう。

 ハナシはそれるが、トップアスリートは“魔像”が多いのだろうし、コーチは“佐渡”なんじゃないかと思っている。また、会社のなかでの“佐渡”および“魔像”の占める割合によって、もしかしたら業績に影響したりするのかもしれない。パートナーを組ませる際の指標にもなるかもしれない。
 
 身の回りの“佐渡”“魔像”分布状況を考えてみると、意外と関係性がクリアに見えてオモシロい。

2007年05月01日

第百三十八回「久々のネタをやる」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 連休前の先週、久しぶりに「後生うなぎ」をやった。殺生をしなくなったご隠居とうなぎ屋の亭主のやり取りを描く噺だ。

 落語を紙芝居にしたこの作品、今までの自作の紙芝居の中ではまあまあの出来であるが、ここ最近はなかなか上演することがなかった。オークションで入手した肉筆紙芝居のネタおろしをやったりしているうちにすっかりご無沙汰になってしまったのだ。

 この話はオチが結構ブラックで、ボクが一番気に入っているのもまさにその点なのであるが、お客さんの反応は「ええー?」というモノが多い。絵柄も割りと可愛らしい(いや自分でいうのもなんですが、結構カワイイ絵を描いたんですよこれが)し、話の流れもばかばかしいので、ああいう風なオチが予想できないようだ。

 駄洒落で落とす、というものもあるが、落語には結構ブラックなオチが多い。

 もう随分前にこのコラムで書いた次回作(予定)の「元犬」は割りとおとなしめのオチであるが、もうひとつ、何とか紙芝居化したい噺「ふたなり」には死体が出てくる。ただ、オチが大阪と東京では違っていて、そのあたりをどうするか、多分実際にとりかかると一番の問題点になると思う。

 いや、いつとりかかるか、という点はとりあえず考えないことにしているのだが。

 落語の紙芝居化というと、実はマツイ亭ゴジラという方がすでにやっておられる。

「マツイ亭ゴジラ」さんのブログ
http://blog.goo.ne.jp/matuiteigojira/

 このマツイ亭ゴジラさん、下北沢ARTISTでのボクの紙芝居を一度見にこられているようなのだが。(ずいぶん後にお店の方にその話を聞いた)

 梅田佳声師匠とも交流があるようだ。また、ブログを見ると月一回、新宿で「紙芝居を肴に飲む日」というイベントをやっているようだ。5月は13日(日)。ちょっと気になるのであるが、予定がうまくあえばのぞいてみたいと思っている。演目は「芝浜」ほか2席。ゲストもいるらしい。

 そんなこんなで、本当に色んな人が色んな形で紙芝居をやっているのだな、と嬉しくなってきている今日このごろなのである。

 続きは明日のお楽しみ!

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