2007年08月20日

第124回『ミセタイノハアナタ』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 お仕事で東京から愛知に芝居仲間が来たので、ささやかな観光のつもりで私が住んでいる地域のテーマパークへ案内した。花火を観るためである。
 夜空に咲く色とりどりの火薬の花は、スモークやレーザー光線そして森のシルエットなどと絶妙なバランスで、瞬間的に1枚の絵画のようにココロに届いては消えていく。

 花火を観て幸福なキモチになりながら、テーマパーク内の植物園のようなところへ入っていった。園内をひと通り歩いて、階段を登り、植物園を一望できるテラスへついた、筈が…。

 建物の構造上、天井を支えるために植物園のど真ん中、手前と奥に2本、かなり太い鉄柱がそびえたっており、全く一望できない。折角のテラスもチカラを発揮できず、無駄に張り出しているのみだ。 

 テラスを作って全体を見渡せるようにしたいのであればその様に設計すべき(植物園そのものの形も他の形でもよかったろうし、鉄柱も分解できる)で、こういったあたりに詰めの甘さというか、サービス精神のなさを感じる。使う側のコトが考えられていない。

 こういうことは至る所で見られるもので、芝居でも観てくれるお客さんのコトよりも、創り手の都合による見辛さやサービス精神の欠如が見られる場合がある。
 ジブンの「楽しい」を優先し、観る側の「楽しい」を二の次にするのはもってのほかだ。

 それを誰にどのように、どんな目的で使って欲しいのか、みせたいのか。プロならばそのキモチありきでモノは創るべきである。

 …そういえば、花火を見ているトキ、彼はワタシを観やすいところへ立たせて、自分は私の後ろに立ってくれていた。彼はステキな役者であり、ステキなヒトだ。

 そう、そういうコト、彼のようなそういうキモチが大切なんじゃないかと思うのである。
 夏も終わりに差し掛かり、ふとモノをおもう花火である。
この記事へのコメント
 手間と時間がかかろうとも、仕事にこだわりを持たない、持てない、持つことを知らない人というのはかわいそうだと思います。
 てっとり早く済ませてしまうだけで、惰性にブレーキをかけることなく向上することもない悪循環。
 余裕が無いかもしれないけどせっかく苦労するんだから、少し余分に苦労してみて自ら潤いを作り出したほうがいいって思う今日この頃です。
 
Posted by くにえ at 2007年08月20日 21:01
くにえ 様

 そうですよね。同じやるなら、完璧を目指して、まあ、7割8割出来たら上等みたいなもんですから、そういうふんばりを見せて欲しいところですね。

 相手や目的が明確であれば、さほど杜撰にはならないとおもうのです。

 苦労を苦労としか思えないというのはかなしいコトですよね。くにえさんの仰るとおり、それは潤いであるのだと気づけば、ちょっとは踏ん張れるとおもいますね。
Posted by 中野菜保子 at 2007年08月21日 16:40
月号で加藤夏希ちゃん着用 サイエンス として 」と主張 「同性愛」は クリスマスマーケット イスラミヤ 今年 の場所 公式に
Posted by 今日の朝刊 at 2007年08月24日 16:58
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