
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子
ボヤッとしているせいか、お店に入ると大概店員さんにつかまる。ピンク色のスカートなんかを手にとってジブンにあててみていると、「そのスカート気になっちゃいます?」なんて言いながら、笑顔の張り付いたような女性店員が近寄ってくる。
「ピンク好きなんだぁ?」
「ええ」
「あーなんかわかりますー、雰囲気的に似合っちゃう感じするしー」
…初対面なのに何故このヒトはタメグチなのだろう。“似合っちゃう感じ“とは何だろう。そもそも似合うなんて思っても無いのが丸わかりだし、とりあえずその意味のない笑顔は気色が悪いのでやめた方がいい…。
そんなコトをアタマの中で考えながら、「ちょっと考えます」と言ってお店を出る。
“お客様には笑顔で応対“と誰かに教えられてやっているのかもしれないが、ココロが伴っていないのでどうしてもそういうカオのお人形に見えて気色が悪いのだ。ココロの伴わない表情やコトバ、動きはヒトを不快にさせるだけである。
芝居においても同じコトがいえる。例えばムカシ、何かを決心した演技をやる際に“下を向いた状態で、すばやくカオを斜め上にあげると決心したように見える”と要らぬコトを教えられて実行していた役者がいたが、“決心した”というココロの動きが伴っていないので、正直そういうクビの運動にしか見えない。
ただし狂言などの、表現として昇華されているものは別である。
デジタルなモノに慣れ過ぎているせいで想像力が欠如し、ココロがこもっているのかどうか自分すら気づけないのかもしれない。
まあもっとも、ジャンルによってはカタばかり重視して、完全に人形にしか見えないようなショーをやっているヒトタチもいるけれど。それは畑が違うというか好みの問題なのかもしれない。
お客に対して笑顔で対応するコトが重要なのではない。もちろん笑顔がいらないわけでもない。教えるとなるとどうしてもカタを教えるコトになってしまうのもわかる。しかしせめて、見掛け倒しのワンパターンな接客はやめて、お客さん1人ひとりとちゃんと向き合って会話のできるようなヒューマンスキルを磨く努力をして欲しいものである。







カタチだけで、
「こうやればいいんだろ」
「こうやればうまくいくはず」
っていうような思い上がりにも似た態度がにじみ出てる店員さんいます。
お客ひとりひとりに接するんじゃなくて、「お客という生き物」としてとらえているから、教えられた事の表面しか実行できないのではないかと思うんです。
役者さんでも、
「こんな感じでやればいいんだろ」
っていう感じでいつも同じ役作りの方いますよね。
向上心はなくしたくないですね。
接客業の経験があるのですが、「毎日が同じコトの繰り返しである」という捉え方をしていると、どんなヒトがお店に来てもゼンブおんなじ「お客」にみえますね。
1つの舞台を終えて次の舞台へうつるとき、前の舞台からキモチが切り離されていないだとか、日常のジブンと舞台のジブンとが切り離されていないと、とくに同じようなキャラを作りがちになりますね。
カタがあると安心ですが、それ以上の広がりも感動も見られないので、おっしゃるとおり、向上心はなくしたくないですね。
森藤泰輔 様
はじめまして。コメントありがとうございます。
劇団上海自転車の公演がまだ間近にないので残念ですが、DVDの販売を致しておりますので、参考になれば幸いです。
12月に川崎で客演を致します。中野個人の演技でしたらぜひ、そちらへもお運びくださいませ。お待ちいたしております。