2006年01月15日

53,子供……

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BACK STAGE 毛戸康弘

公園で野球に興じている子供たちがいました。
プロ野球ごっこでもあるのでしょうか、彼らは口々に「俺、イチロー!」、「じゃあ俺、松井!」、「俺、松坂!」と言い合っていました。最後の一人が「俺は……谷繁じゃ!」と言った瞬間、「ダッセ〜」、「寒ぅ〜」、「こいつアホや」と集中砲火を浴びていました。谷繁捕手を舐め過ぎのような気もしましたが、何だか微笑ましくもありました。
野球が終わると、彼らは集合して相談を始めました。「次なにする?」、「別のところ行く?」、「お前の家は?」などと言い合っていました。やがてその中の一人が何を思ったか、「チンチンの見せ合いしようぜ!」と言い出しました。すぐに却下されましたが、自分の子供時代とあまり変わらないこと言ってるなぁ……と、少し暖かな気持ちになると同時に、「仮に見せ合ったら、お前たちには負けない」という反骨心が僅かによぎったものでした。

テレビドラマや映画と違って、舞台演劇には子役が出演することはあまりありません。
もちろん様々な事情があるのでしょうし、その理由もいくつか推測できるのですが、かといって全く不可能な話でもないように思います。
以前、観劇した舞台に子役が出演していました。それは劇団を主宰されている方の息子さんでしたが、大人たちと遜色ない達者な演技をしておりました。公演前には劇場の表に立ち、来場する観客に「いらっしゃいませ」と頭を下げている様子を見て、何と出来たお子だろうと感心したのを覚えています。
小演劇における子供の出演には、色々な諸問題、不安材料があると思いますが、彼らの持つ独特な感性は時として大人をハッとさせることがあります。伝統芸能ではありませんが、子供の頃より舞台上で役者や観客に揉まれてきた小演劇の舞台子役が、将来どういう役者に成長するのか? という無責任な興味もあったりします。
小さなお子様のいるお父さんお母さん……特に、いつかは我が子を芸能界にと考えておられる方々……「まずは舞台役者としてスキルと社会勉強を積ませてみる」というアプローチはいかがでしょうか? もちろん、お子様自身の意思を尊重された上で……。
もしよかったら、「子役を募集しています」、または「子役が出演しています」という劇団、探してみられてはどうでしょうか? 是非応援したいです! ……無責任に。

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2005年12月04日

52,リアクション……

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BACK STAGE 毛戸康弘


冬になってくるとふと思い出すことがあります。一年前に遭遇した、ちょっとした災難のことです。……雪の積もる寒い日、僕は「道で婆さんにネギでしばかれた」ことがあります。

夕方、ある早稲田通りの歩道を歩いていたときのこと。この歩道は通行人が多い割りには道幅が狭く、稀に軽く人の渋滞が起こってしまうのですが、その日もやはり同じような状態でした。
窮屈な思いで歩いていると、前方からお婆さんがやって来るのが見えました。白地の半纏を着込み、青いマフラーを中尾彬氏のようにグルグルと捻り、腕にはネギのはみ出した紅色の皮の買い物バッグを提げた方でした。お婆さんは、込み合う狭い道を疎むように不機嫌そうな表情で歩いていました。その歩みは遅く、彼女の後ろには追い越そうにも追い越せない人たちの、さらなる渋滞ができていました。
「どこかで見たビジュアルだ。どこで見たっけ……」
既視感とでも言うのでしょうか。お婆さんを見ながら、僕はぼんやりとそんなことを考えていました。
僕との距離が1メートルほどに迫ったとき、煩わしい人波についに堪忍袋の緒が切れたのか、突然お婆さんは買い物バッグからネギを抜き、何の知恵袋か前方を禊のように薙ぎ払い始めました。
白いボディ、青い胸部、手に持った赤いオプション、そしてネギのサーベル……。
「あっ! ガンダム!」
既視感の正体が判明したと同時に、ネギが僕の頬を打ちました。
お婆さんは、「ああ、もう!」と腹立たしげに悪態をつきながら、その後もすれ違い様に数回に渡り僕を叩き伏せ、そのまま歩き去ってしまいました。
あまりの出来事に呆気に取られた僕は、ただ一機でなおも人込みに切り込んでいく彼女をポカンと見送ることしかできませんでした。

……リアクションというのは難しいものです。このように不意の出来事にすら上手く反応できないのに、予定された芝居で本当のように見せるのは、とても大変なことだと思います。
役者さんって、本当に凄いです。そして、ネギって意外としなって痛いです。
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2005年11月06日

51,現実は……

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BACK STAGE 毛戸康弘


先日、ある舞台を観劇してきました。
悲しい恋愛劇を軸にした非常に面白い舞台でありましたが、同時に思わぬ落とし穴が待っていました。僕の横に四、五十代の男性の方が座っていたのですが、この人、僕がやって来た時からすでに居眠りをされているのです。
開演までの時間というのは特にやる事もなく、座席に置かれている折込みチラシの束に目を通したり、時にはウツラウツラと舟を漕いでしまうことも珍しくありません。携帯の電源も落としますし、もちろん飲食をすることもできませんし、とかく時間を持て余してしまうものなのです。

さて、このオジサンですが、どういう了見か芝居が始まっても全く起きる気配がなく、舞台上で進行される芝居などお構いなしに「ぐむう」、「うわぁ」、「うふふ」などと寝言まで言い出してしまいました。
僕は芝居に集中しようとしながらも、隣でユラユラと揺れている影が気になって仕方ありませんでした。舞台上では二人の男女の美しくも悲しい恋愛譚が展開されています。恋人と一緒に観に来ていれば、さぞや素敵な時間を過ごせたに違いありません。
でも、僕の隣には眠れるオジサン。ストーリーとは無関係に、素っ頓狂な寝言の相槌を打つオジサン。「きっと疲れているんだろう」と好意的に解釈し、何とか芝居に没頭しようとするも、物語はすでに中盤。舞台上の二人の愛はますます燃え上がり、観客を引き込んでいきます。
……一方客席では、とうとうオジサンは僕に寄りかかってきてしまいました。僕の肩にまるで甘えるようにチョコンと頭を預け、時折「う〜ん……」と小さな吐息を漏らすオジサン。後ろの人たちは、この怪しげな二人を見てどう思っているのだろうと心配すると同時に、前列に寄り添って座るカップルらしき二人が僕の心をさらに逆撫でしてくれます。
幸いオジサンは二分ほどで離れてくれましたが、結局お芝居が終わるまで一度も覚醒することなく、カーテンコールが終わるや否や短い拍手を残して足早に席を立たれてしまいました。……オジサン、お疲れ様でした。あんた何しに来たんだ。
舞台上で完全燃焼の熱演をされていた出演者の方たちには知る由もなかったでしょうが、あの時、客席でもそんな悲しい物語が展開されていたのです。

「現実は小説よりも奇なり」という言葉があるように、平凡な毎日の中にもドラマというものはそこここに転がっているのかもしれません。
ただ、それをそのまま作品にして面白いかどうかというのは、また別問題なのだということを改めて再認識しました。
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2005年10月09日

50,想像力……

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BACK STAGE 毛戸康弘


残念ながら、僕はお酒が飲めません。
アルコールに弱い体質らしく、カルピスハイを二口飲んで潰れたことがあります。ウィスキーボンボンや奈良漬ですら頭が痛くなってしまいます。無理に飲めば顔色も心もブルーになり、帰りの電車でマーライオンのように吐いたりします。周りで飲まれるのは構わないのですが、かつて晒してきた数々の失態から、自身はお酒というものと距離を置くようにしています。
こんな自分ですから、酔っ払った経験というものがありません。なので、僕の中で「酔っ払う」という行為は、一種の憧れだったりします。一度でいいから、正体をなくすほど酔っ払ってみたい……ネクタイを頭に巻き、カーネル・サンダースやペコちゃんに「ご苦労様であります!」と敬礼し、タクシーの運転手に「俺の家まで頼む」とか言ってみたいのです。

そんなこんなで感じる些細な疑問なのですが、「全くの下戸で酔っ払った経験のない人」と、「お酒好きで日頃より酔っ払い経験豊富な人」とでは、「酔う」という演技に違いが生まれたりするのでしょうか?
個人的には、「演じる」という行為において、本人の経験というのは少なからず重要な要素だと思うのですが、やはり実際に酔っ払った経験のある人の方がよりリアルに、巧みに演じることができるものなのでしょうか? もちろん、未体験なことなど役者さんにだって山とあるはずです。殺人者を演じることもあるでしょうし、神様や変態を演じることもあるかもしれません。何者にでもなれるのは芝居の面白さの一つだと思います。思うに、それらの未体験を補うのは、演技力は言うに及ばず想像力によるところが大きいのではないでしょうか。
想像力というのは、時として実体験すら凌駕することがあるかもしれません。「演じる」ということは、極端に言えば「そのように見せる」ことであり、そうである以上やはり想像力がより豊かな役者ほど「良い役者」とされるのかもしれません。
しかしその反面、想像力を実体験で補うことも全く不可能とは言い切れないように思います。演技力を当然の前提として語るなら、様々な多くの物事に経験豊富な役者もまた、「良い役者」と言えるかもしれません。

……では、演技力の互角な「想像力のとても豊かな下戸役者」と「想像力は乏しいが、酔っ払い経験の多い役者」ではどうでしょう。「酔う」という演技において、想像力と実体験でどのような差異が生まれるのでしょうか? 酔ったことを覚えていない人と下戸の人とではどうでしょうか? 僅かに酔う人とベロベロに酔う人とでは? ……そもそも比較する意義が分かりませんが、興味は尽きません。
お酒の全く飲めない僕ですが、よくこんな疑問をぶちまけては「酔っ払ってるのか?」と言われます。
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2005年10月02日

49.エンゲキノ オモサ

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BACK STAGE 北原登志喜


気が付けば10月。日々長くなる夜のお供に、見逃した映画をレンタルビデオでまとめて観ているこの頃です。
昨晩も、晩酌の肴は返却期限の迫ったビデオ。
三本目の映画を観終わって、さすがにくたびれた頃、ふと思いました。
「そういえば、最後に映画館で二本立て上映を観たのはいつだったろう・・・」

私の住む埼玉あたりでは、ちょっと前までは映画といえばたとえ最新作であっても二本立て上映が当たり前でした。シネコンが進出してくる前の話です。

ヤニ臭い小さな映画館で、一本2時間の映画をたて続けに観る。座席におさまっている時間はゆうに4時間を超えました。
でもそれが、全然苦痛じゃなかった。
昼過ぎに映画館に入り、帰る頃にはすっかり陽が落ちていて、火照った体に冷たい夜風が気持ち良かったあの秋の日・・・・・・苦痛だなんてとんでもない。まさに至福でした。

そんな昔のことをちょっと思い出し、ひるがえって「これが演劇ならどうだろう?」と考えてみました。
15分程度の休憩を挟み、2時間ものの芝居をたて続けに二本観る。

・・・・・・それは結構、重いんじゃないでしょうか。

芝居、それも面白い芝居を観るとたまらない高揚感に包まれますが、同時に重い疲労も覚えます。
そこにある重さとはきっと、生身の肉の重さであり、対話の重さなんだと思います。
心に迫る舞台は、観客に対話を要求する。その対話は、眼前に生身の人間が在るがゆえに、共振を伴う。だから、ずっしりと重い。
この、確かな重さが、つまるところ演劇の重さであり、演劇の面白さなのではないだろうか・・・・・・ガラにもなくそんな小難しいことを考えながら杯を傾け、秋の夜は更けていったのでした。
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2005年09月18日

48,ジェット団……

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BACK STAGE 毛戸康弘


「ウェストサイド物語」という、有名なミュージカルがあります。ニューヨークのスラム街に住むワルな少年たちが、対立チームと抗争を繰り広げ、その中で禁断の恋が生まれ、さらには踊りだす作品です。演劇に馴染みのない人でも、知っている人は多いのではないでしょうか。

シドニーにいた頃、僕はウェストサイド風な少年たちを実際に見たことがあります。リーゼント、ジーンズ、ジャックナイフ、チューインガムなど、いかにもといったファクターを兼ね備えた6、7人の少年たちが、ポスターなどがベタベタ貼られたレンガの壁にもたれかかって並んでいるのです。
その光景は、まさに個人的にイメージしていたリアル・ウェストサイドでありました。頭のてっぺんから爪先まで見事に自己主張された、「オッス、おらウェストサイド」と言わんばかりのリアル・ジェット団……「きっと血に飢えた狼たちに違いない」、「ナイフ捌きは尋常でないはず」、「多分あいつがリーダーだ」などと勝手に想像を巡らし、僕は彼らを見掛けるたびにドキドキしたものです。

その日も、リアル・ジェット団たちは路地に長く伸びるレンガ塀の一角で、いつものようにタムロしていました。その姿は、あたかもCDのジャケット写真のようにビシッと決まっていました。
僕がジェット団の前を通り過ぎようとした時、不意に彼らの内の一人が、胸ポケットからボールペンのような物を取り出しました。そして彼はおもむろに背後の壁にクルリと振り返り、ペンのキャップを抜いたのです。
……次の瞬間、僕は我が目を疑いました。何とその彼は、壁に貼られていた若い女性が大きく写ったポスターに、「ヒゲ」を描き始めたではありませんか。たちまち人を食ったようなチョビヒゲが女性の顔に描き込まれ、その後彼らは「イェス!」「ヤー!」「ナイス!」などと不可解な盛り上がりを見せ、挙げ句ハイタッチまで始めました。
彼らとは裏腹に、それを目の当たりにした通りすがりの東洋人は、夢から一気に引き戻された心地でした。「お前たちは札付きのワルじゃなかったのか?」、「そんなことでどうする? 抗争はどうした?」、「今日び小学生でもやらねぇよ!」……僕は名状し難い喪失感を胸に、失意のままその場を去ったのでした。

「ミュージカルは、いきなり歌ったり踊ったりしてウソ臭い」と言われる方……現実のジェット団も充分ウソ臭かったです。ならば歌や踊りが見事でストーリー面白い分、ミュージカルの勝ちだということをここに報告しておきますね……。

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2005年09月04日

47,お芝居、ですよね……?

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BACK STAGE 北原登志喜


まだまだ厳しい残暑の季節にふさわしい(?)話題を一つ。

先日、地下鉄に乗っていた時のこと。昼下がりの地下鉄はすいていて、心地よい冷房の聞き具合に僕はついウトウト、座席で船を漕いでおりました。
ふと目が覚めて周りを見ると、車両には僕と、僕の2つ隣に座るお姉さんの2人だけ。そのお姉さんと僕の間の空いた席、そこにはお姉さんの大きな荷物が載っていました。
別段、何を気にする状況でもありません。……ところが。
いくつかの駅を過ぎた頃、不意にお姉さん、誰もいない虚空に向かって、
「あ、すいません!」
そう言って頭を下げ、慌てた様子で座席に乗せていた荷物を足元に降ろしたんです。そして、もう一度虚空に向かってぺこりと頭を下げました…。
(……誰かいるのか!? そしてその誰かは今、俺の隣に座ったのかっ!!?)
しばらくしてお姉さんは降りて行きました。固まったままの僕一人を車内に残して……。

さて、気持ち悪さを引きずりながらも、何事もなく目的の駅で降り、遅い昼食をとろうと駅前の定食屋に入りました。ここも客は僕だけ。ま、時間も中途半端だし、こんなものだろうと思いながら女性店員に案内されるままテーブル席に着いたのですが……。
その店員、まず僕が腰掛ける椅子をスイっと引いてくれた、…までは良かったのですが、続いて僕の正面にまわり、向かいの椅子もスイっと引くではありませんか! そのまま引いた椅子の背をしばらく両手で押さえ(まるで、誰かが座る様子を眺めるかのように)、そして店員はテーブルを離れて行きました。
(…だから、誰かいるのかって! その誰かと俺はこれから飯を食うのか!?)
戻ってきた店員の手にお冷やが1つだけだったのには少しホッとしましたが、それでも2度も続いた不可解な出来事に、さすがにゾッとしたのは言うまでもありません。おかげで、その後食べたトンカツの味はさっぱり分かりませんでした。

…と、話はこれだけなんですが、そのときに思いました。日常のちょっとした隙間に小さなお芝居を差し挟むことで、すんごい違和感を演出できるんだな、と。
非日常を演出する。演じることの意外な効用を確認した一日でした。

……………お二人とも、お芝居、だったんですよね?
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2005年08月21日

46,カーテンコール……

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BACK STAGE 毛戸康弘


芝居が全て終了し、最後に出演者が舞台上に勢揃いしてお客さんに挨拶をするカーテンコール。このカーテンコールが個人的にとても好きです。
それは演者さんたちの観客への感謝の挨拶であり、芝居に引き込まれていた観客が物語の世界から現実へと回帰する瞬間です。その芝居が素晴らしいほど、演者さんたちの演技やストーリーが見事だったほど、その瞬間はより鮮烈に訪れるのだと思います。
さっきまであれほど怖そうだった人が、あれほど憎たらしかった人が、ヘンだった人が、素顔に戻って深々と頭を下げるのを見たとき、「芝居を一本観たんだなぁ」という言い知れぬ満足感と、同時に「楽しいひと時が終わってしまった」という少しの寂寥感を感じるのです。

カーテンコールは、映画やドラマでは得られない、舞台ならではの一つのカタルシスではないでしょうか。芝居をリアルタイムで演じた役者さんたちに直接拍手を送れ、彼らの耳に届けることができる、実に分かりやすく速効性のあるセレモニーではないでしょうか。
もちろん、満足のいかない芝居であったなら、そのセレモニーもしらけたものになってしまいます。拍手を拒否し、アンケートに辛辣な感想を書く人もいるかもしれません。「どのツラ下げて挨拶に出てきやがった」と憤慨する人もいるかもしれません。さらには「高い金で大根買わすな!」と怒る人もいるかもしれません。ああ、さらには「仮眠取りにきたんじゃねぇぞ!」と激怒する人も……。
でも、そういった厳しい反応も、役者や劇団を育てる肥やしとなる「生の声」ではあると思います。何といっても、観終わった直後のホヤホヤの反応なのですから。だからカーテンコールは、芝居を披露する彼らにとっても重要なセレモニーに違いありません。そして彼らが必ず目を通すであろう直筆の感想アンケートは、「観た人」と「観せた人」との限りなく直接的なパイプに違いありません。「だから生の舞台が好きなんだ」という人は、きっと双方の立場に多数おられることでしょう。

素晴らしい舞台のカーテンコールには、そこにいた人にしか得られない素晴らしい何かがあります。願わくば、これからももっと素敵なカーテンコールの瞬間を味わい続けたいです。
生の舞台演劇を観たことがないという方にも、「わざわざ舞台を観に行くなんて……」と敬遠されている方にも、一度カーテンコールで心からの拍手を送るカタルシスを味わってみて欲しい……と、ふと思いました。
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2005年07月31日

45,キューピーちゃん……

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BACK STAGE 毛戸康弘


先日、北海道に行ったときに、お土産屋さんで気になるものを見付けました。キューピーちゃんのキーホルダーです。
北海道限定商品ということで、キタキツネキューピーやらカニキューピー、イカキューピーやら修道女キューピーなど、なるほど北海道の名物の格好をした様々なキューピーちゃんが並んでいました。きっといいお土産になるのでしょう。
……その中に、網走・監獄キューピーというものがありました。囚人服を着て泥棒ヒゲを生やし、さらに足に鉄球の足枷を付けられたキューピーちゃんです。一目見て、僕はそのキューピーちゃんのインパクトに釘付けになりました。
(キューピー、何したんやろう……)
昔こそ網走刑務所は無期懲役の重罪犯が収監される場所でしたが、今は懲役8年未満の犯罪傾向の進んだ者が主に入る所だと聞きました。……つまりそこにいるということは、キューピーはシャバに出ても再犯を繰り返す、タチの悪い犯罪者である恐れがあるということです。

意外性というものは、「鑑賞」という行為においてとても魅力的な要素の一つです。
自分の想定の範囲外の展開を目の当たりにした時、「そう来るか!」、「その手があったか!」、「やられた!」と目を輝かせてしまうものです。意外性とは、ドラマやキャラクター、ひいては作品や試合そのものをそこはかとなく魅力的にするのです。
また、鑑賞という行為において、「共感する」ということは大切な要素です。登場人物に共感する、選手やチームに共感する、歌詞に共感する……我が事のようにリンクさせた姿勢で鑑賞することは、それをより堪能するコツと言えるかもしれません。
全てにおいて完璧な存在には、凡才の僕などはなかなか共感ができません。完璧に見えてもそこに何らかの弱さや綻びを見たとき、何となくホッとして初めて感情移入ができるのです。
鉄腕アトムは悪の心がない故に、人間としては不完全であると聞きました。同様にキューピーちゃんもまた、万人の認める愛らしいキャラクターであるからこそ、犯罪癖という十字架を背負っているのかもしれません。そんな人間的な脆さを感じて、僕はキューピーちゃんを今までよりもっと身近に思えるようになりました。
頑張れキューピー! 今度こそ戻ってくるんじゃないぞ……。

ちなみに先日、淡路島にて「淡路島産・たまねぎキューピー」なるものを見ました。頭がタマネギになったキューピーちゃんでした。……見た目、そのまんま。

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2005年07月24日

44,名古屋はアツかった!

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BACK STAGE 北原登志喜


行ってきました、名古屋!
…と言っても、別に生マンモスを見に行った訳ではありません。
既にレポートトピックに記事がアップされているのでご覧になった方もいらっしゃるかと思いますが、この8月に名古屋で『百人芝居◎真夜中の弥次さん喜多さん』という芝居が打たれるんです。その取材に、名古屋まで行ってまいりました。

いやぁ、製作現場にお邪魔して、改めて「すごい!」と思いましたね。“百人芝居”ってだけでも驚きなのに、実際には170人近く出演するっていうんですから。そのうち約110人が一般からの応募組み。当然運営するスタッフも相当な数で、出演者とスタッフを足すと、なんと250人以上になるという大プロジェクト。こんなすごいことが行政主導ではなく、本当に芝居が好きな小劇場の人たちの呼びかけのもとに実現しつつある、というのはちょっと感動しました。

この芝居、東京にも来て欲しいと思うんですけど……難しいでしょうね。プロデューサーの方も「そういうことは、今は考えないことにしています」って言ってましたし。
というわけで、興味がおありの方は、《愛・地球博》もやってることだし、今年のお盆休みは名古屋で遊ぶ、なんていかがですか?

……それにしても生マンモス。そんなにスゴイのかな…
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2005年07月10日

43,ネタ探し……

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BACK STAGE 毛戸康弘


これまで何本かくだらない文章を糞尿のごとく垂れ流して参りましたが、何ともう煮詰まって参りました。「演劇に関して、もっと書くことは山ほどあるだろう」と己を叱咤しつつも、自分の底の浅さに愕然としています。
……レベルや次元の違いは重々承知ですが、「何を書いたらいいのか?」と悩まれる作家さんは、数多くおられると思います。面白いネタを見付けるため、また、伝えたきを伝える方策を探すため、日夜悪戦苦闘されている皆様……本当にお疲れ様です。

さて。突然ですが、僕は公園マニアです。
暇さえあればどこかの公園に出掛けていき、小一時間ほっこりするのが趣味です。初めての町に行けばとりあえず公園を探し、ほっこり具合を確かめることにしています。白樫の木なんてあろうものなら、思わず登りたくなってしまいます。
気に入った公園があれば何度も足を運び、そこに住んでいるおじさんに「俺はもう何年もここに住んでるんだ!」と妙な釘を刺されたりもします。子供たちと一緒にヒーローごっこに興じているおじさんに、知らぬ間に悪の使者に配役されたりもします。カラフルな改造セーラー服を着た少女を、地面に這いつくばってローアングルから激写している集いを見掛けたりもします。公園とはなかなかどうして、スリリングな場所なのです。
ベンチに座っていると、中には気さくに話し掛けてこられる方もいます。先日、僕の隣にお爺さんがやってきて、こんな会話をしました。
爺「この公園は騒音がうるさいねぇ」
僕「はい」
爺「俺ん家の周りは静かなもんだよ。家にいりゃよかったよ」
僕「そうですか」
爺「でも、やっぱり公園がいいんだよねぇ。東京で静かなのは公園ぐらいだよ」
僕「分かります」
爺「俺ん家、印刷所なんだ。だから朝からうるさくて……ノイローゼになるよ」
僕「えっ」
爺「それに引き換え、ここは静かでいいよ」
僕「はあ」
爺「……いや、やっぱりうるさいか。俺ん家なんて静かなもんだよ、家にいりゃよかった」
僕「……」
爺「でも、俺ん家は印刷所でね。朝からうるさくて……」

以降15分ほど、新喜劇のような会話のループを繰り返し、僕は何だかよく分からないまま公園を去りました。
作家の皆様。もしネタに詰まったら、フラリと公園に立ち寄ってほっこりしてみてはいかがでしょうか。もしかすると思わぬネタが、そして疲労感が得られるかもしれません。
posted by BACK STAGE at 06:59| Comment(0) | TrackBack(0) | BACK STAGEスタッフコラム【日】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月26日

42,ドイツ演劇をもっと楽しむために [―新野守広著【演劇都市ベルリン 舞台表現の新しい姿】を読んで―]

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BACK STAGE 浅井貴仁


ドイツ演劇の魅力のすべてがここにある!
東と西の接点に生まれたベルリン演劇の創造の源
を探り、その活力溢れる現在の姿に迫る待望の書。(帯文より)

この本は主に、東西冷戦時代から
現在に至るまでのドイツ演劇について書かれている。

【BACK STAGE REPORT No.13
三文オペラ 新装黒テント版〜ブレヒトは大衆劇だ!

でも取り上げた、ベルトルト・ブレヒトと、
その後継者ハイナー・ミュラーを中心にした東ドイツの演劇や、

先日【ノラ】【火の顔】(http://www.setagaya-ac.or.jp/sept/jouhou/schaubuehne/
で初来日をしたシャウビューネを中心とした西ドイツ、
そして統一後のベルリン演劇について書かれている。

映画【グッバイ、レーニン!】では、
壁崩壊後の東ドイツに西の文化が入ってくる
様子がコミカルに描かれているが、
演劇に関しては本書の方が詳しい。

ドイツ映画と言えば、
【飛ぶ教室】では統一後のドイツで、
寄宿学校の生徒たちが友達のために、
クリスマスに劇を披露しようと奮闘するのだが、
それは東ドイツで作られた原作に、
ラップやヒップホップを盛り込んだ内容になっていて、
テーマは友情だ。



TOPICの中の【ドイツのダンス−新しい世代
で触れている通り、今年はドイツ年として、
ドイツの様々な演劇やダンスの舞台が企画されている。

現在、新国立劇場で上演されている、ベルリナー・アンサンブルによる
アルトゥロ・ウイの興隆』(作 : ベルトルト・ブレヒト 演出: ハイナー・ミュラー)
もその1つだ。

またドイツ演劇の歴史の他に、ベルリン市内のシアター・マップや、
ドイツにおける劇場制度についても書かれており、
資料としての利用価値も高い。

例えばドイツでは、チケット代が高い席でも4,800円ていどだが、
日本の場合は、小劇場を別にすれば、
チケットは最低でも5000円はするものが多い。
これは、ドイツの劇場への公的助成金制度のおかげだ。



その作品が作られた当時のドイツの時代背景を知ることで、
作品をより理解することができる。
本書はドイツ演劇をもっと楽しむために、
ぜひ読んでおきたい一冊と言えるだろう。
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2005年06月19日

41,演技とは……

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BACK STAGE 毛戸康弘


当然なのですが、お芝居を観にいくと「上手い演技するなぁ」と感服させられることがよくあります。
そもそも、観劇経験や演技経験の有無に関わらず、演技に対する「上手い」「下手だ」という個人的な評価基準は誰しもが持っているものではないでしょうか。
僕の中の重要な評価要素は、「いかに本当っぽいか」という至極簡単なものに帰結してしまいます。振る舞いや感情が(僕の中で)真に迫っているほど、「上手いなぁ」と溜め息が出るのです。「いかに自分がすっかり騙されるか」ということでしょうか。

少し話が逸れますが、僕の好きなサッカー選手にアンリというフォワードがいます。ロンドンにあるクラブチーム・アーセナルの選手で、何年も前に絶妙にボールをスルーしたプレイを見て、すっかりファンになってしまいました。
あの瞬間、僕はてっきりアンリがボールを受け、敵ゴールに攻め入るのだと思っていました。ディフェンスの選手もそうだったのだと思います。実際、あの時のアンリの目は、あたかも獲物を狙うキャッツアイのように緑色に光っていたように思われます。しかし彼は、そのボールを股に通して、背後の味方に見事に流してみせたのです。
僕とディフェンダーはアンリの演技力にしてやられたということになります。

演技力というものはお金と同じで、持っていて決して損はないものだと思います。スポーツにおいても、仕事においても、恋愛や私生活においても、あれば存外役立つものです。
あなたの演技力が、決勝の1点につながることがあるかもしれません。思いがけず仕事を早退できるかもしれません。怒り狂う恋人を鎮めることができるかもしれません。塾が休めるかもしれません。さらには、ハリウッドで巨万の富を築くことができるかも……。
演技と無関係な生活を送っている人たちの中にも、きっと物凄い演技の才能を秘めた人がいるはずです。そんな人が演劇と関わらないまま一生を終えていくことをふと考えると、悲しみが止まらない心境になったりします。
皆様、日常のふとした時に役立てるためにも、演技というものを若干意識されてみてはいかがでしょうか。そして、それによって演劇というものにさらに興味が湧いたなら、思い切ってその世界の扉を叩いてみてはいかがでしょうか?

……騙されたいんや!
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2005年06月12日

40,吉祥寺シアター、オープン!

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BACK STAGE 北原登志喜


吉祥寺シアターがいよいよオープンしましたね。シアターグリーンのリニューアルと合わせて新聞などでも報じられていたので、普段演劇と接点のない方でも(なんとなく)ご存知の方が結構いらっしゃるようです。まず近場にできた劇場に興味を持ってもらうこと、これもやっぱり演劇を一般に浸透させる上では大事ですから、これはちょっと嬉しい。
「じゃあ、ちょっと行ってみる? 実は今面白い芝居が…」なんて気軽に職場で同僚を誘えるようになるのが理想なので、まだその理想には遠いですけど。
それはともかく。
客席200程度のキャパの小屋が増える。それだけでも素直に喜びたいところです。
キャパ200〜250というのは、なんというか「ちょうどいい」サイズなんですよね。“力をつけつつある劇団”“これからの劇団”にちょうどいいサイズ。観る分にもこのサイズの小屋には居心地のいいところがたくさんあって、個人的にですけど、ちょうどいい感じがします。もちろん400前後のキャパの小屋だって好きですけどね。……大抵、チケット代跳ね上がりますけど。
以前、名古屋の劇団を取材した時、「名古屋にはキャパ200前後の小屋がほとんどない」と制作さんが嘆いていました。大都市の例にもれず名古屋も演劇が盛んな土地柄。東京にもその名が聞こえてくる劇団だっていくつもあります。その名古屋でさえ小屋事情は決して充実しているとはいえない……そのことに軽い驚きを覚えたものでした。
そうしたサイズの小屋がいくつもあり、そのうえ新たに生まれもする東京は、やっぱり恵まれているのでしょう。……堪能しない手はありませんね。
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2005年06月05日

39,名曲喫茶ヴィオロンで演劇を観る。

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BACK STAGE 浅井貴仁


名曲喫茶ヴィオロンに【東京ネジ】さんの
第三回公演【けんじのことはよくしらない】を観に行った。

ヴィオロンについてhttp://www.kanshin.com/?mode=keyword&id=238587(関心空間)
店内の様子http://blog.livedoor.jp/tokyoneji/archives/21628422.html(東京ネジのあるきかた)

阿佐ヶ谷駅の北口のスターロードを行き、
ザムザ阿佐ヶ谷へ向かう道を過ぎてしばらく歩くと
名曲喫茶ヴィオロンは現れる。
ヴィオロンでは、夕方から、
ピアノやバンドなどのステージがあって、
時々、演劇の公演も行われている。
チケットはワンドリンク付きで
1000円(上限内で自由に設定できるらしい)。
売り上げはお店と演者側で折半される。

この名曲喫茶ヴィオロンに、
【東京ネジ】さんの第三回公演【けんじのことはよくしらない】を観に行った。

「観終わったあとに、田舎の両親とか、友達とか、
誰かに連絡を取りたくなるような作品にしたかったんです」
(主宰・佐々木香与子)

主宰の佐々木さんがその様に言う今作は
エチュードによって作られ、
登場人物の三人の姉妹が
淡々とお互いの近況を話し合ったり、
死別した母親について述懐したりと、
物語らしい物語もなく進んでいく。

それでも、
20人で満席になってしまう
店内のテーブルに着き、
出された温かいコーヒーを
飲みながら観ているうちに
あたたかいものが
じわじわと伝わってきた。


「夏の夕方、友達と遊んでたくさん笑ったあと、
家に帰って1人でぼんやりと横になって、
ひぐらしの鳴き声を聞いている時の、
自分の存在がなくなってしまうようなせつなさを表現したい。
お母さんが「ごはんできたよー」
って言うのを聞いて我に返ったりするんですけど……。
そういう感覚はみんな知っていると思うんです」
(主宰・佐々木香与子)

ふと1人になった時の孤独感や、
階下から母親が呼ぶ声。
くすぐったいような、
しばらく忘れていた感覚。

観ているうちに伝わってきたものは
「誰かとつながっている」という安心感と希望だった。
しかも、生きている人だけでなく、
死別した母親が書いた手紙を姉妹たちが読む場面で、
「死んでしまった人とも私たちはつながっている」
ということも気付かせてくれる。

それは死者と生者が交流する
世界観を持つ宮沢賢治の詩と、
時間がゆっくりと流れている
名曲喫茶ヴィオロンの
静かで暖かな店内の雰囲気とあいまって、
とても説得力があるものだった。
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2005年05月29日

38,関西演劇

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BACK STAGE 毛戸康弘


関西の人間である僕は、幼少より吉本新喜劇を観て育ちました。現在でも関西地方ではお昼時に毎週テレビ放送があり、日本でこれほど地域住民の生活に溶け込んだ舞台演劇はないんじゃないかと思います。
しかしながら、「舞台演劇として他の劇団と同列に扱っていいのだろうか?」と考えると少し難しいところです。「脚本があり、舞台セットがあり、観客を入れて芝居を見せる」という点では紛れもなく舞台演劇ですが、根本的な趣旨や目的を考えるとやはり別物のような気もします。
吉本新喜劇のメインはギャグです。脚本や演出や演技よりギャグを見せることがメインです。つまり「笑い」というものが主目的になるのですが、行なわれるギャグは毎回ほぼ同じものです。「ごめんくさい」であり「お邪魔しまんにゃわ」であり「チンチラポッポ」なのです。観客はそこで何が起こるかを知りながら観るのです。そしてやっぱり笑うのです。
すでに何百回と見たギャグを同じように笑えるという現象は、観客の能動的な姿勢が大きな要因であると思います。冷めた目で観れば「うーんチューイングボーン」は意味不明ですが、積極的に観ればそれが面白い……観劇に臨む姿勢が満足度をより大きく左右するようです。そういう意味では新喜劇は、舞台観劇の入門として、また観劇行為の初心を思い出すものとして、とても有効な舞台と言えるかもしれません。

関西の方たちはご存知でしょうが、新喜劇は一つの公演の中の、落語や漫才などのプログラムの一つとして行なわれるものです。いわゆる「上方寄席」ですが、それだけに劇場内の様相はまさに「一般的イメージの大阪」といった感じになっています。
以前「なんばグランド花月」に行ったことがありますが、公演中も観客はバタバタと平気で席を立ち、携帯があちこちで鳴ったりします。飲食も基本的に自由です(売り子が歩いています)。フラッシュもそこここで焚かれますが、観客はおろか舞台上の人間すら気にしません。あの桂三枝氏でさえ、喋りを止めて「いらっしゃい」のポーズをわざわざ取ってくれたりします。漫才中に席を立つと、舞台上から「どこ行きまんのや?」と言われたりもします。新喜劇もそうですが、とにかく舞台と観客が近いことが特徴なのです。
通常の舞台演劇では考えられないことだけに、初めての方は衝撃を受けるかもしれません。また、こういうファジーな雰囲気は好みの分かれるところかもしれませんが、上方の「そういう文化」であると積極的に考え、一関西人として是非一度は皆さんに生でこの雰囲気を味わってみて頂きたいです。
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2005年05月22日

37,困ったときのベタ辞典が本になりました!

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BACK STAGE 北原登志喜


手前ごと、かつ演劇に関係のない話で恐縮ですが……

『困ったときのベタ辞典』がついに本になりました!

……と言っても、ほとんどの人には何の事だか分からないと思うのでご説明しますと、
知るひとぞ知る人気ブログ、「困ったときのベタ辞典」というのがあります。古今東西のベタなネタ、ベタなセリフを集めて用例付きで解説するというマニアックなブログなのですが…実はこれ、当サイト(BACK STAGE)の代表・鏡田伸幸が参加している企画集団、アコナイトレコードが立ち上げたブログなんです。もちろん鏡田もネタを書いております。で、そのブログが、このたび大和書房よりめでたく本になって出版された、というわけであります。「ただのブログ本にしない!」という意気込みからテキストも全てリライトし、体裁も変えてのこのたびの書籍化。本人も大変に情熱を注ぎ込んでおります。思わずクスっと笑ってしまうネタが満載ですので、日々の生活の一服の清涼剤として役立つこと必至です。すでに発売されておりますので、皆様、お近くの書店でお見かけの際にはどうぞお手にとってみて下さいませ。


北原「1万部くらい売れたら、また地方取材行けるかな?」
鏡田「いや、30万部はいきますよ!」

……本人、ちょっと甘い夢を見ております。
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2005年05月08日

36,テーマとは……

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BACK STAGE 毛戸康弘


上演される作品には、往々にして「テーマ」というものが存在します。その物語を通して、観客に訴えたいこと、投げ掛けたいこと、考えてもらいたいことです。
暗に示されたものから、チラシに直接書かれたものまであります。様々な違いはあれ、「テーマ」あってこその作品と考える書き手さん、演者さんは少なくないと思います。

場合によっては、作品が公開される前に、宣伝や会見などで「この作品のテーマは〜です」と発表する制作者さんもいます。これは皆さんにとって、好ましいことでしょうか?
「先に提示してくれた方が観やすい」という方もいれば、「それは作品の中で感じ取らせろ」という方もいるでしょう。「面白ければテーマは特に重視しない」という方もいるかもしれません。
個人的には、作品に掲げた「テーマ」を先に発表するという行為は、リスクの高いことのような気もします。観る人のスタンスをある意味で制限させてしまうようにも感じますし、仮に観終わった人の心に「テーマ」に沿う何かが残らなかった場合、作り手の手腕を問われかねないことにもなると思うからです。
しかし半面、それらのリスクを踏まえてでも先に伝えておきたいという強い心意気、必要性があるのかもしれません。

また、「テーマ」の定義も時として実に胡乱で微妙なものです。
制作者が「今回のテーマは、ズバリ幽霊です」とのたまった会見を見たことがあります。「複数の人間が、閉ざされた密室で次第に醜悪な本性を現し、やがて破滅を迎える。その崩壊劇をテーマに……」という、もう観に行かなくてもいいんじゃないかというくらい詳細にチラシに書かれたものを見たこともあります。
「テーマ」というものが人それぞれの定義でしか測れないとしたら、作品を作る上で「テーマ」というものが果たして必要なのだろうか? という思いすら湧いてしまいます。同じ作品を観ても、思ったこと、心に残ったものがそれぞれ違うとしたら、制作者が敢えて「テーマ」を掲げる必要がないのでは? 「テーマ」が何かなど、観客の一人一人に委ねればいいのではないか? と……。
知り合いのプロの役者さんは、「作り手として、それは逃げだ」とおっしゃっていました。作品とは、「テーマ」を据え、それを観客に感じ取ってもらえるかどうかの勝負だと言われていました。
脚本家であれ役者であれ、プロであれアマであれ、また舞台であれ映画であれTVドラマであれ、作り手たちは常に観る人たちとの真剣勝負をしているんだなぁと、そんな当たり前のことをふと改めて思いました。
posted by BACK STAGE at 08:43| Comment(2) | TrackBack(0) | BACK STAGEスタッフコラム【日】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月01日

35,わ、ワ、WA

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BACK STAGE 北原登志喜


今、大阪で面白そうな演劇祭が開催されています。当HPでもトピックで紹介している《大阪現代演劇祭》がそれ。詳しくはそちらのトピックを参照して頂くとして、東京に暮らす僕らは、なんとも羨ましいなぁ、と思うのです。もちろん、東京でも演劇祭はいくつも開催されています。それに、大阪現代演劇祭の実際の盛り上がり方も(今のところ)想像しかできません。でも、例えば「その演劇祭の為の劇場を廃工場の中に作ってしまう」なんて聞くと、なにやらいかにも“お祭り”的な熱さを感じて、ドキドキするんですね。さすがにここまでやっちゃう演劇祭は、そうそうないと思うんです。
一時期、扇町ミュージアムスクエア閉鎖など、関西小劇場事情に暗い影を見もしましたが、そんな中でも「どっこい生きてる」なこの感じ。……なんだか楽しそうでやっぱり羨ましい、と思うのは「隣の芝生は〜」というやつなのでしょうか。
posted by BACK STAGE at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | BACK STAGEスタッフコラム【日】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月24日

34,演技の持つ可能性―光原百合著【最後の願い】を読んで―

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BACK STAGE 浅井貴仁


新しく劇団を作ろうとしている度会恭平。
劇団の名は劇団φ(ファイ)。
納得するメンバーを集めるため、日々人材を探し回る。
その過程で出遭う謎――。

光原百合著【最後の願い】は全部で7章からなる連作短編小説で、
主人公の度会恭平と風見爽馬が劇団φの旗揚げ公演を目指して
メンバー集めをするというのがストーリーの軸となっている。

各章で登場する人物たちは、
それぞれある「謎」を抱え込んでいる。
それは隠し事をするために反射的にしてしまった偽りの演技だったり、
誰にも言えずにいた、忘れてしまいたい過去の思い出だったりと、
誰にでも1つや2つは経験のある、日常に潜んでいるささやかな謎だ。

度会と風見はその謎を演出家として、
芝居の矛盾点を指摘するように見つけ、
または役者としての経験を生かして、
自分がその人物だったらどう行動するか演技プランを考えながら、
ミステリー小説のように解き明かしていく。

犯人のいないこの小説では、
演技によって謎が解き明かされることによって、
登場人物たちにささやかな希望と日常が戻ってくる。

それぞれの章は独立して楽しむことができるが、
章が進むにつれ脚本家や制作、舞台美術に役者たち……
と次々と旗揚げ公演に向けて劇団の仲間が増えていく構成は
読んでいてわくわくしてくる。

実際の劇団作りがこのようにトントン拍子に行くとは限らないだろう。
しかし、最終章の旗揚げ公演という目標に向かって、
ひたむきに突き進む度会たちの姿はとても清々しく、
まるで劇団の仲間や観客のような気分になりながら読んでしまった。

演じることで、ある人物や空間を創造・再現するという
演劇の機能を上手く利用して謎を解いていくこの小説は、
また、「演技をする」ということの持つ可能性をも証明している。
posted by BACK STAGE at 00:00| Comment(0) | TrackBack(2) | BACK STAGEスタッフコラム【日】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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