2006年07月31日

第六十九回『所詮天下の回りモノ』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 私たちのような仕事をしていると、大概のヒトが“貧乏な時期“を経験する

 ジブンはジャズダンスのレッスンに通っていた頃が、今のところ最も“貧乏な時期”だった。しかしそれでも続けていられたのは、先生が「お月謝の事はいつでもいいから、通いなさい。」と言ってくれたからだ。

 学生演劇を抜け、しかた先生とお芝居をしていたときも、いつもお金の心配をしてくれていた。
 ウチは裕福ではないのでお洒落をしたり遊んだりするお金はなかったけれど、みんなのお陰で“お芝居をするために必要なお金”だけは何とかなっていた。

 芝居がやりたいのにお金のないヒトたちがいる。

 それに気付いたのは、しかた先生と芝居を始めてからだ。そばにいて、彼は、あまり予算の無いヒト達の仕事でも、ちゃんと引き受けているのだというコトに気付いた。
 そして私は彼から、“いかにお金を掛けずに質のいい芝居を創るか“というコトを教わった。

 正直、音響や照明をバンバン使い、衣装にお金を掛ければそれらしくも見えるだろう。しかしホントウは、“「足りない」という状態で、お金を掛けずにいかに知恵と感性を駆使し、仲間たちと協力し合って何かを生み出すか”というコトのほうが、何倍もクリエイティブなんじゃないかと思うのである。

 そこを踏まえたうえでお金のあるヒトは、必要な部分にはきちんと経費を掛ける、これが最も理想的なモノ創りではないだろうか、と感じる。

 私がお芝居を通して出来るコト、というのは意外と沢山ある。

 芝居がやりたいけどお金のあまりないヒト達に、お芝居をやるチャンスを与えるのも私が出来るコトの1つだ。そんな風に思えるようになったのは、恐らくジャズの先生と、しかた先生のお陰だ。

 音楽方面の知り合いは「高尚な志だね」と皮肉めいたコトを言っていたし、「何もそんなしんどいコトを君がやらなくても」と芝居をやっていた先輩も言っていた。しかし2人とも、結局は夢をあきらめてしまった。

 私は芝居が好きだから、純粋に“芝居をやりたい“と思っているヒト(それはプロでもアマでも)がいて、「ぜひ一緒に」といってくれるのであれば、状況が許す限り一緒に創りたいと思う。
 うまい生き方ではないのかもしれない。でも、それでも悪くないかな、と今のところは感じている。

2006年07月24日

第六十八回『名付けると』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 うちの庭にはネコが遊びに来る。以前は、『我輩は猫である』が7冊は書けるくらい居た。うちの家が建つ前に宅地のままだった時期があり、その間に住み着いたのだろう。

 折角なのでよく見かける大きなネコに“頼朝”と名付けてみた。勿論、源頼朝である。それにくっついているネコが居たので、オスかメスかは知らないが(小柄でほっそりしていたのでメスに見える)“政子”にした。

 他にも、清盛・義経・弁慶・敦盛・経盛がいる。ノラなのか飼いなのかは知らないが、勝手に「“頼朝”“頼朝”」なんて呼んでいた。

 彼らが庭を走り回るのを見ていて、ふと気が付くと、なんだか源平合戦のようになってしまっていた。最初のうちはケッコウ睦まじく遊んでいるようにも見えたが、いつの間にか源氏が平家を追い掛け回し、縄張りを確保していた。

 「変に名付けてしまった所為だろうか」と自責の念でいっぱいだ。

 劇団でも公演体制にはいると、ワタシは役者のコトをなるべく“役名”で呼ぶことにしている。呼び方を変えるだけで、プライベートと稽古中とでも意識が変わってくるし、偉いもので、やはり本人も“役名”で呼ばれるとそれらしく澄ましてみたりする。

 公演が終わった数ヶ月後でも、観に来てくれたお客さんが“役名”で呼んでくれたりすると、一瞬背筋が“ぴっ“っとして、その役に戻ることがある。

 しかしそう考えると、“名”とは恐ろしいモノである。

 ヒトやモノやコトに“名”を付ける事によって、それを縛ることができる、というわけだ。みなジブンに与えられた“名“らしい人生を歩むものなのだろうか。陰陽道における“呪”という考え方を、身をもって知らされた感じだ。

 ワタシの名前、“菜保子”。親に名付けの理由をきいたら、
 「食いっぱぐれないように。」だそうだ。

 …“名“のおかげで食いっぱぐれないのなら、まあ、もうけかな。

2006年07月17日

第六十七回『深い息』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 ウチの劇団員に赤ちゃんが出来たので、皆で冷やかしに行った。生まれたての小さいヒトは、カラダじゅうで“深い息”をして、自らの誕生を喜び謳歌しているようだった。

 その様子を見て、「真人の息は踵を以てし、衆人の息は喉を以てす」という荘子のコトバを思い出した。
 悟ったヒトの息というのは、踵から吸ってゆっくり全身に行き渡らせ、また踵から出していくイメージであり、衆人の息は咽喉でしているように浅い、という意味だ。

 真人のように息をするには全身がとてもリラックスしている必要がある。こういうヒトは、いつも、何かに失敗したところで気にしないし、成功したからといって傲慢になったり浮き足立ったりはしない。

 流れに逆らわず、心持ちを穏やかにして過ごす、私にとっては、いやすべての人々にとって、恐らく理想的な状態ではないだろうか。

 演技をするときも発声をするときも、必ずカラダの緊張をほぐすところから始まる。カラダが硬いと、すべてにおいて柔軟な対応ができない。

 そして、自分の中にゆっくり入ってくる息と出ていく息を慎重にイメージし、徐々に意識しなくても“深い息”が出来るように自分の状態をもっていく。

 基本中の基本だが、トレーニングの中でこれが1番難しいコトであり、1番時間を掛けなければならないコトだと、今の私は考えている。 

 基本、というのは、すべてのコトにおいてその根底で繋がっているのではないだろうか。

 荘子が演劇に興味があったかどうかはわからないが、彼と同じ時代に生きていたら、私は彼を芝居に誘うかもしれない。

 赤ちゃんと荘子には何のつながりも無いが、同じように“深い息”をしているのだなあと思うと、うちの劇団員の赤ちゃんがすごいのか、いつまでも“深い息”をしていられる荘子がすごいのか、よくわからなくなってきた。

 しかし、未だに安定して“深い息“の出来ない私が凡人であるというコトだけは、確かなようだけれど。

2006年07月10日

第六十六回『会うまでは、いや会ったとしても』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 舞台を観たお客さんから、よく「大人しそうな印象ですが、本当はこんなヒトなんですね!」といわれる事がある。

 要するに、役としての“ワタシ“を素の”ワタシ“だと勘違いされるケースがあるというコトだ。役者冥利に尽きる、という事でもあるが、なんとも複雑な気分である。

 物書きとして世間と接しているときは、顔さえもわからない状態の場合が多いので、勘違いレベルもかなりのモノだ。正直ひどすぎる。

「文章を拝見したときは男性かと思いましたが、名前を見て女性だと知り驚きました。」とか、「コトバ使いが綺麗なので、40歳くらいかと思いました。」とか、もうすでに“ワタシ“ではなくなっている。

 「男性だなんて、そんなイマドキ紀貫之みたいなコトはしないぞ」と思いつつも、「実はオトコなんです!」っていうのも面白いかな、なんてこっそり思ったりもする。

 私でこんな風なのだから、芸能人に対する世の中の勘違いレベルは相当なものなのだろうな、と感じる。そういうのをイメージ戦略というわけだから、勿論計算のうちだろうけど。

 例えどんなに優しそうであっても、本人に直接会ってみないことにはわからない。

 しかし、よくよく考えれば、世の中の人たち全てにコレはいえるコトで、例えば会社や学校にいるときの“ワタシ“と自宅でひとり本を読んでいる”ワタシ”は間違いなく違う”ワタシ“であって、でもそのどちらも紛れも無い”ワタシ“である。

 AさんとBさんという友人がいたとして、Aさんに会っている“ワタシ”とBさんに会っている“ワタシ”も、別のキャラであるかもしれない。

 好きなヒトを前にすれば、相手の求める女性像なんていうのをちょっぴり演じてみせている“ワタシ”がいるのかもしれない。

 会ってみないとわからないどころか、会ったところで“ワタシ”に肉迫するにはかなりの年月がいるような気がするし、要らない相手もあるのかもしれない。

 素の“ワタシ“を知るヒトは少ないが、とりあえず”ワタシ”は女性で、来月ようやく30歳になるということだけはホントウのコトである。

2006年07月03日

第六十五回『マンガの読み方』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 数年前から、マンガが原作のドラマや映画が本当に多くなったなと思う。

 TVはもうとりあえずのコトをやりつくしてしまったので、「マンガはどうですか?」みたいになってきているのかもしれない。
 
 やらせてもらう側としては活躍の機会が減らずに済むのでとてもいいし、マンガのファンが観てくれるというコトで、ある程度見込みがあるわけだからいいコトなんだなとは思う。細かい点ではいろいろあるにしても。

 最近はマンガのような綺麗な顔のヒト達も増えていて、なんとなく、これからはニュータイプの時代なのかな、と思ったりもするのだ。

 では「マンガが元気なのか?」といえば、どうも違うらしい。もちろん読むヒトは読む、というコトらしいが、実は、最近「マンガが読めない子」が増えているのだそうだ。

 「マンガが読めない」と聞いて、最初意味がわからなかった。

 どういうコトかというと、まず“コマ割り“が理解できず、どういう順番に読めば良いかがわからないらしい。それから、台詞の書いてある”吹き出し“が理解できないそうだ。要は、誰がしゃべっている台詞なのかがわからないらしい。

 原因はどうやら、インターネットにある。ネットの文法に慣れてしまった子供たちは、“マンガの読み方“が理解できない傾向にあるのだそうだ。
 これは、ケッコウ重大な問題ではないかと私は捉えている。

 そもそも“マンガの読み方“なんて感覚的な問題であって、ヒトから教わるものではない。ヒトから教えてもらえる”方法”というのは、所詮その程度のコトである。
 ホントウに大事なのは、”なんとなくジブンで感覚がつかめる“というコトと、”ジブンで感覚をつかんで覚えたコト“ではないだろうか。

 活字離れが起きてから久しいが、マンガすら読めないとなると…ヒトがヒトらしさを失う日は近いのかもしれない。

 芝居をやるなら、せめてせめて、マンガだけでも読めてほしいと切に願う。

2006年06月26日

第六十四回『シトシトと降る雨』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 梅の実が黄色くなり、シトシトと雨が降る。そう、日本は今、梅雨の真っ只中だ。

 ひと雨ごとに紫陽花の色が薄くなる。そんな些細な変化をなんとはなしに気に掛けながら、憂鬱で、でもなんとなく、忙しくしていなくとも良いという安心感を抱いた日々を過ごす。

 雨は嫌いじゃない。

 憂鬱なのは、この時期になると、「そろそろ次の公演の台本を書かないといけない」という目に見えない焦燥感やら何やらがあるからだ。

 ただ、どうせ雨降りなので外に出る気にもならない。じっくり調べ物をして考えるには、とてもいい時期なのだ。
 アタマの中は白紙の状態。「こんなハナシはどうだろう」「こんなコトになったら可笑しいかも」などとあれこれ考える。傍から見れば、全く生産性のない人間に見えることだろう。

 まだ山場もオチも決まっていないのだから、アタマの中で際限なくハナシは膨らむし、無責任な方向へも動いていく。

 ハナシに詰まると、珈琲をいれて庭を眺める。紫陽花は笑っている。目線を動かすと、岩の陰に咲く白いクチナシが、雨に耐えている。

 「…見習うか」と思い、またデスクに戻る。そんなことの繰り返しだ。

 しかし、思えばこの時期はとても大切な準備期間である。なにせ芝居の出来は台本次第だ。いや勿論、台本を生かすも殺すも役者次第だが、台本が良いことが当然のごとく大前提である。

 紫陽花が色あせる頃には、しめやかに降り続く雨も上がることだろう。

 梅雨が大地にとっての恵みであるように、私にも素敵なアイデアを与えてくれないだろうか、などと思いながら、今も雨の滴る空を仰ぎ見ている。

2006年06月19日

第六十三回『演劇で何を学ぶか』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 物凄く仰々しいタイトルになってしまったが、実に簡単なハナシなのでしばしお付き合い下さい。

 東京で、“演劇”という授業を試験的に取り入れている小学校がある。勿論プロといわれるヒトに指導をしてもらうわけだが、どうしても全てを見てあげることは出来ないので、学校の先生がその辺りはカヴァーをしているそうだ。実に大変なコトだ。

 作家や演出家の集まりに顔を出したとき、たまたまこのハナシになった。私は例によって、1歩引いたところでそのハナシを聞いている。
 ふいに、「だいたい学校なんかで指導したって、“演劇”の何がわかるんだ。」という発言が発生した。私は、「お、出たぞ。」と思った。

 こういう安直なコトを、直に言ってのけてしまうヒトというのは何処にでもいる。そしてあらゆる可能性を片端からつぶしていくのだ。

 “演劇で何を学ぶか“なんて相手に任せておけばいいハナシで、余計な知識でアタマでっかちになっている我々なんかよりも、子供達の方が余程何かを感じ取るチカラに溢れている。よりによって「何がわかるか」なんて子供達に失礼だ。

 もっと言えば、「“演劇”を教えている」なんて考えないほうがいい。何かを感じるキッカケの1つになれば、くらいの心構えで充分だろう。

 モノの感じ方は教えることが出来ないから、キッカケをつくる。何よりも観て、聞いて、触れてやってみて…経験するコトが大事なのだ。

 ヒトは何かを感じたら、何らかの形でジブン以外のタニンに伝えたくてたまらなくなる。噂でもなんでも、情報を得たら誰かに分け与えたくてウズウズしてくる。そう、「ジブンのハナシを聞いてほしい!」と誰もが切に願っているのだ。
 
 私たちはその方法がたまたまお芝居だった。ただ、それだけだ。物凄いコトでもなんでもない。
 
 とりあえず食えるようになると、天狗になるヒトもいる。そういうコトがまた、“演劇”を親しみやすさから遠ざけている。

 おおいに“演劇”教育をやって欲しいと思う。興味を持てば、いろんな場所でいろんな“演劇”を学ぶコトになるだろう。その結果、いずれ自分なりの“演劇”が掴めるようになるのではないだろうか。

 私はまだ交差点を渡る途中だから、“演劇”が何かなんて知らないしわからない。もしかしたら一生判らないかもしれない。でも、永遠に求道者でもいいと思っている。なにせ、“演劇”が好きなものだから。ずっと、一緒にいたいから。

2006年06月12日

第六十二回『ホントウの色』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 小屋入りして、照明の色のチェックをしているときに、いつも思い出すコトバがある。

 「僕らが見ている色は、全部ニセモノなんだよ。」

 随分前に、プロカメラマンを目指していた友人が教えてくれた。私はこのコトバをとても気に入っている、というよりも、“肝に銘じている“と言った方が正しいのかもしれない。

 ホントウの色は、もっともっともっと激しく濃い色なのだという。町の緑はもっと深いのだし、空の色はもっと青いのだ。
 しかしヒトの目は、実際の色よりもソフトに見えるようになっているのだそうだ。勿論、目の保護のためである。

 私たちはいつも、ニセモノを見ている。

 そう思うと、「真実はこうです」なんて、迂闊に言えないような気がしてくる。目だけに限ったコトではなく、恐らくココロだって、ダメージを少なくするために知らず知らずのうちに膜を張っているのかもしれない。そしてそれが、社会に適応するコトであるのかもしれない。

 神経を研ぎ澄ますコトとダメージをくらうコトは、いつもセットになっている気がする。
 
 だから私は、“いい演技”“いい脚本”“いい散文”のために、ホントウの色から逃げてはいけないのだ、と肝に銘じている。

 舞台を照らす照明を眺め、「ホントウの色はどんなものなんだろう」と思いながら芝居を創るのは、なんとも不思議な気分だ。

2006年06月05日

第六十一回『波及』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 初夏になり、ここ数日夜になるとアマガエルの大合唱が始まるようになった。

 大阪に住んでいたころは、カエルの鳴き声がこんなに響き渡るものだとは思ってもみなかったし、知る由もなかった。

 彼ら彼女らの面白いところは、1匹が鳴き止むと他のものもピッタリと泣き止んでしまうというコトだ。そしてまた、1匹が「クワッ」と言いだすと、皆いっせいにクワクワと始めてしまう。最終的にはその声が、田んぼ中に響き渡るのだ。

 コンダクター的存在の、胸元に蝶ネクタイのある、ちょっとカラダの大きめな小洒落たカエルがいるに違いない。このコンダクターのとった行動が、隣にいるカエルに“連鎖“し、まるで津波のように“波及”していく様が、耳で聞いて取れるのである。

 「カエルの歌」という輪唱があるが、これはこの“連鎖”“波及”をイメージして出来た歌なのかもしれない。確かにちょっとしたカエル気分を味わえる、よく出来た歌だ。

 これと同様の現象は、客席における「笑い」にも見られる。

 地域によっては、公の場でナカナカ声を出して笑うコトに慣れていないところもあるようだが、それでも客席が密であればあるほど「笑い」は“波及”しやすい。

 しかしカエルと違うところは、コンダクターが舞台上にいる役者である場合が多々ある、というコトだ。ここには当然計算された「笑い」というのが存在する。計算どおりに「笑い」が“波及”したときの快感は、私たちにとってなんとも言い表しがたいものだ。

 “連鎖”“波及”というのは実はいろんなところで起きる現象で、いい経営者・指導者というのはこの現象を起こすのがうまいヒトだと私は思っている。

 とはいえ実際には大変にムツカシイことだし、自分が出来ているのかどうか、というとこれもまた、よく判らないのだけれど。

2006年05月29日

第六十回『仮想』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 『他人を見下す若者たち』(速水敏彦 著)という本が話題を呼んでいる。あるコトバを読んで一気に共感を覚えたので書きとめておきたい。

 著書の中で“仮想的有能感”というコトバが出てくるが、これは速水さんが創ったコトバだ。平たく言うと「自分に自信がないのに他人を軽視し、自分の価値や能力を高めよう」という気持ちのコトであるようだ。

 所謂、面倒なタイプである。

 当然、実力はない。だから“仮想的”といわれる。おそらく努力をするのは嫌だし、一所懸命やって挫折したときに傷つくのが嫌だから、その代わり周りにいる人間は駄目なヤツばかりだ、と思い込むコトによって自信のなさを補償しようというココロの動きがあるのだろう。

 しかし、こういう形で補償するというココロの動きは、なにも若者だけに限ったコトではない。ヒトのココロの中には必ず存在する、自己防衛機能だ。

 芝居をやっていると、役者・スタッフに関らずいろんな意味で個性的なヒトにたくさん出会う。そんな中でこの“仮想的有能感”を持つタイプというのも、老若男女問わずゴロゴロしている。

 芝居はいちおう専門性の高いジャンルな割に資格も物差しも無いものだから、芝居を知らないヒトたちからは否定的な評価を受けにくい(というよりも触れてこないのだろう)。また、専門性が高いというコトで、自分はアタマがいいと勘違いしてしまうのだ。

 しかし実力はない。だからアタマでっかちになってしまい、他の役者や演出家なんかへの批判もすごいし、薀蓄もすごい。でもやっぱり本人は至って、たいしたことがない。

 “仮想的有能感”を持ったタイプの人が芝居の世界に「逃げ込んでくる」のは、正直かなしい。芝居の世界も所詮は“仮想”空間であって、虚構の世界だ。自分の能力も“仮想”、すむ世界も“仮想“…それじゃあ、あんまりではないか。

 自信のつけ方は1つ。努力して実績を積むコトだ。毎日5分でも10分でもいいから、何か1つのコトを続けるコトができたら、たいした自信になるのではないだろうか。

2006年05月22日

第五十九回『宝石がこぼれる』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 街中をドライブしていた折に、“歩く宝石の集まり”を見た。

 本体は中年のオバサンだ。キラキラめがねに大きな真珠のような(というよりはまるで大きな数珠のような)玉の連なったネックレス。腕にはブレスレット、指には大きな宝石が1つだけではない、少なくとも両手に5つくらいはついていたように思う。     

 とにかく彼女のカラダを核として、宝飾類がワンサカくっついている。それは隕石か何かの成り立ちに似ている。
 もうありたけのモノをくっつけてきたという態で、じゃらじゃらと音が聞こえてきそうだった。映画スターでもこんなのはいない。

 輝きたいのであれば、もう少し思想を持つといいかな、などと思いながら“歩く宝石の集まり”の横をクルマで走りぬけた。

 例えば、“宝石”のように輝く笑顔のヒトがいる。“宝石”のように美しい所作のヒトがいる。“宝石“のように芯の強いヒトがいる。”宝石“がこぼれるようなコトバを話すヒトがいる…。

 それは皆それぞれに、“教養”という名の“宝石”を手に入れる努力をしているヒトたちに他ならない。勿論、ただ勉強が出来るコトを“教養”といっているわけではない。― 余談だが、勉強が出来るコトはスポーツが出来るコトとなんら変わりないと私は考えている。要するに、「勉強が出来る」という「特技」なのである。

 役者のオーディションを受けていた時代に、よくオーディションのサブタイトルとしてみられたのが「(スターの)原石を探せ!!」だった。
 確かにヒトは原石だ。“宝石”のように磨いて余分な部分をカットするコトにより、他のモノのチカラを借りなくても自分で輝くことが出来る。

 コトバの“教養”・立ち居振る舞いの“教養”…まだまだ沢山あるだろうけど、身につける大変さは言わずもがなである。
 自分にしか手に入れることの出来ない“宝石”を求めて、日々精進したいと思う。

2006年05月15日

第五十八回『声』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 日常と少し関係のないおハナシだが、ご勘弁を。しかも語りつくせませんが、ちょっとでも興味を持って頂けたら…。

 私は“声の”きれいな人が好きだ。そういうヒトを見つけるとすぐに「いい声ですね」と言ってしまう。

 役者を少しでもかじっているヒトであれば、自分の“声”を自覚し、それなりのケアくらいはしていると思う。

 高校の演劇部で、「炭酸はのどに悪い」と言って公演体制中は飲んではいけないコトになっていたが、私はケッコウ無視して飲んでいた。ジンジャーエールが大好きだ。    
イヤ本当は守らなければいけないが、今思えばアレはアレで「納得がいかない」という小さな反抗であったように思う。

 そもそも声帯の強さはヒトによりけりで、例えばのどに悪いという噂の“柑橘類”だって、たらふく飲んでも平気なヒトは多い。ケアはヒトそれぞれだ。もっと自分ののどの特徴を知るべきだと感じた結果の、小さな反抗であった。

 あの頃“正しい発声”というコトバもあって、どうもこれも胡散臭い。昔はオペラ・ポジションといった台詞なのに歌うように響く発声法が良いとされていたが、これが正しいのかと言えば、私はそうではないと思う。

 例えば。老婆の役がきたとする。このとき朗々と響くような“声”が正しいのか。“老い”を表現しようとした時、“若さ”の象徴でもある“張り”のある良く通る“声”は避けるのではないだろうか(歌の発声は台詞よりも音の伝わり方がより一層ピュアなのである)。

 役によって“声“は変えられるべきであり、必要であるならば、ジンジャーエールをがぶ飲みしてでも”声“をしゃがれさせる必要もあるのではないだろうか。
とはいえ、タバコだけはあまりいいとは思わないけれど。肺活量が落ちる。

 ここでお得な情報。お目当てのヒトを口説くとき、少し低めの声でゆっくりと話すと好感を持たれるそうだ。たまには普段よりもちょっとだけ自分の“声”を意識して、雰囲気を演出してみるのも面白いかもしれない。いい“声“フェチの私としては、かなりお勧めの小技である。

2006年05月08日

第五十七回『資料としての物語』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 『古事記』を読んだ。そもそもこの本は天武天皇の勅命により、稗田阿礼が誦唱していたものを太安万侶が編纂したもので、和風漢文になっており、簡単には読めないモノだった。それを本居宣長が35年もかけて読みやすくしてくれたものである。

 神話(作り話)とされているが、大国主命やその他の登場人物たち、そして記されている物語も、実はモデルがあるのではないか?という説もあるそうだ。要するに、単なる“物語“としてではなく、歴史的”資料”としての価値が十分にあるのでは?というコトだ。

 読んでいて妙に納得がいったりリアルに感じたモノもあるので、私もあながち完全な作り話ではないのではないかと思っている。
 
 しかし遠い昔のコトなので、真偽の程は誰にもわからない。だからこそ私たちに様々なコトを空想させ、楽しませてくれるのだ。

 ふと思った。例えば今、人類が危うくなるような大規模な何かが起きたとして、書物やら焼き物やらが、この町と一緒に地面に埋もれてしまったとする。

 それが千年も2千年もあとに発掘されたら。しかも、発掘されたのが『Dr.スランプ アラレちゃん』だとしたら。その時代の人たちは一所懸命「んちゃ!」だとか「うほほーい!!」だとかを研究するのに違いない。宣長のように、35年もかけて!

 大河ドラマの脚本なんて、史実に基づいた部分がかなり多くて、創作された部分でさえもリアルに感じてしまうに違いない。

 もし、こないだの私の台本が発掘されてしまったら。薩長同盟の締結された席に、沖田総司が同席していたコトになってしまい、ちょっと責任を感じてしまう。

 発掘した時代の人々は、ホントウハドウデアッタカ?なんて調べようがないから、もしかしたら私たちも、“資料”として“物語”を読み、それを事実だと思って覚えこんでいるかもしれない。
 『古事記』が、台本か何かだったらどうしよう。宣長、可哀想かもしれない。

 まあそれでも、例えば“中臣鎌足が蘇我入鹿の首を切り飛ばしたときに、10メートルも飛んで岩に噛り付いた(このハナシは『古事記』ではありません)”なんていうハナシは流石に作り話だとわかる。

 とりあえずは、遠い未来に台本が発掘されたときに、“資料”であると勘違いされるような“物語”が書けたら、ちょっといいかもしれない。…迷惑か。

2006年05月01日

第五十六回『感情のにおい』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 読者の皆さんの中で我こそは“においフェチ”である、という方はいらっしゃるだろうか。
 “においフェチ”のヒトは、いい香りから一般には嫌がられるようなにおいまで好むのだという。

 “フェチシズム”とあるので異常性欲のように思えるが、そうではなく、ただ単に嗅覚の敏感なヒトであるそうだ。嗅覚が敏感だと嫌なにおいは余計に嫌な気がするが、それとは反対に、かえって好奇心が沸き嗅ぐのが快感なのだというから驚きだ。

 さらに驚いたコトに、嗅覚が鋭いがために、においで相手の感情がわかるヒトがいるそうだ。嘘だと思うかもしれないが、科学的に実証されている情報であるので、安心してトリビアだと思ってもらいたい。

 満足だと思っているにおい。悲しいと思っているにおい。愛しいと思っているにおい。感情は、におうモノなのだ。“感情が漂う”という感覚は、におうコトに近いのかもしれない。

 しかしそういえば感情だけでなく“美しさ”なんかも、例えば“におい立つような美貌”といった表現をされるコトがある。

 そうなると、ソレが実際におっているのではなくて本人のセンスの鋭さからくるモノであって、たまたまソレが彼もしくは彼女の中で、においに変換されて伝わっているのかもしれない。

 ともあれ、においで感情がバレてしまうのならば、こんなに役者にとって天敵なヒトはいない。かなり“においフェチ”の演出家がいたとしたらもう、稽古場は修羅場と化すに違いない。

 天才肌の役者と“においフェチ”の演出家を戦わせたら、どちらが勝つのだろう。蛇とマングースの戦いよりも地獄絵が見られそうだ。その場に居合わせたくないような、でも、居合わせたいような…。

 “においフェチ”の役者同士でもかなり揉めそうだ。

 ちなみに私は花粉症なので、3月頃は鼻が利かない。
 …そういえば、来年は3月に舞台があったような…。

2006年04月24日

第五十五回『感情の向こう側のカンジョウ』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 昔、ジャズダンスを習っていた。

 自分のカラダを外側から意識することは重要だし、鏡がなくともイメージ通りの動きができるようになる。第一、立ち姿が美しい。

 しかし本当の目的はそこではない。

 大学時代に受けた、故しかた先生の講義の影響である。この講義で私は、コトバに重きを置いた表現とカラダに重きを置いた表現、そして両方を連動させた表現を学ぶ事ができた。

 結果、自分のカラダは自分が思っている以上に消極的であることに気づいたので、“ならば一度、コトバを封じてみよう”と考えた。ジャズは簡単に言うと“なんでもあり”のダンスなので、自由でありたいワタシの性格にはうってつけだった。

 ダンスにもストーリーや感情がある。求愛したり怒ったり、嬉しい悲しい、それに激しい暖かいなどのような状態を表すこともある。芝居となんら変わりはなかった。

  例えば“いとしい”という感情を表現しよう、と思い、なるべくそういう気持ちをソウゾウしたり思い出したりしながら最初は“いとしい”振りをする。繰り返すうちに、呼吸とリズムとココロとカラダが寸分たがわずぴったりするときがある。

 すさまじく集中した、雑念の一切ない、ピュアな状態であると言える。

 “いとしい”気持ちを何回も何回も噛み締めて踊っているうちにふわっとして、「あれ、今ほのかに”いとしい“気がした」と思う。気づいたらぞくっとして、鳥肌が立っているのである。

 そんなときは決まって先生に、「本当にあなたは、はっとするような表情をするね。」と言われた。彼にとっての最高のほめコトバだ。

 こうして、ニセモノの感情の向こう側に、一瞬ホンモノのカンジョウが湧き上がるような、そんな感覚を持てるようになった。ダンスはほんとに素晴らしい。

 ただし、いつもいつもこんな感覚を持てるわけではないところが、なんというか、わたしは雑念の塊なんだろうなあ、と思えて泣けてくる。

 春になった事だし、ぽかぽか日向ぼっこでもして雑念を追い払いたいものだと思う。

2006年04月17日

第五十四回『フレーズ』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 子供の頃から男の子とばかり遊んでいた。物心ついたときから女の子はヤケにメンドクサイというか、扱いに困るなぁなんて思っていたから、自然、そうなった。

 新聞紙を何重にも丸め、剣やこん棒・ヨロイなどを作ってロールプレイングごっこなんかをした。男友達はその頃から読書家が多くて、子供なりに皆で物語を作って遊ぶのが面白かった。
 夕方になり、ハナシの途中で帰る時間になると、“セーブ“して次の日に持ち越す。そしてまた集まって、たまに揉めながら物語を作り戦う。そんな小学時代だった。

 いま芝居をやっているのは、この感覚を大人になっても忘れられないでいるからかもしれない。

 “いりちゃん”というアダ名の子がいて、その当時カレは『三国志』にすっかりはまっていた。そして彼は小説に出てくる、「○○(人名)は、病の床に伏した。」というフレーズをいたく気に入ったらしく、彼が物語を担当すると、みんなやけに「病の床に伏し」てしまう。

 1日のうち1人頭の「病の床に伏し」加減がハンパじゃない。何かというと、とにかく「病の床に伏し」休戦に追いやられる。私も1つのハナシの中であんなに「病の床に伏した」ことはない。伏しすぎだ。伏すにも程がある。
 はっきり言って彼は、

 「○○は、病の床に伏した。」

 と言いたいだけなのだ。しかもちょっと低い声で、子供なりに渋くキメるのだ。

 言われるがまま「病の床に伏し」ながら、子供心に「シャラクサイ!」と思った記憶があるが、芝居で言えば、いわば“いりちゃん”は演出兼、作家兼、役者ということで逆らえないのだ。役者はつらい。

 これが原体験の1つになっているのだろうか。大人になってから脚本を書く時は、なるべく全員に1フレーズは気に入ってもらえそうな台詞があるように意識してしまう。それで役者の演技がいい方向に向かうならば、そんな事はお茶の子さいさいだ。

 …それにしても、どうして“いりちゃん”はあんなネガティブなフレーズを気に入ったのだろう。ワタシの、解決できない“7大疑問”のうちの1つだ。 

2006年04月10日

第五十三回『つ・ま・く・だ』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 “つまらないコト”と“くだらないコト”を略して“つまくだ”と私は言う。

 そもそもこれは、高校の演劇部の時にみんなで書いて回していた、日記のような覚書のようなノートのコトだった。内容がつまらなくてもくだらなくてもいいから、書きたい時に書きたいコトを書くものだった。何故か大変重宝した。

 “つまらないコト”や“くだらないコト”というのは大概が断片的なものだ。

 例えば、うちのコケ師匠(第二回コラム参照)に、最近カビが生えてきておじいちゃんみたいになってしまった。もともとコケなんておじいちゃんっぽいのに、カビでちょっと白っぽくて妙にグレードアップしてしまった。

 物凄く、くだらない。でもこれが、「翌日水をかけてやったらやけに潤って、深緑にぺかぺか光ってました」という“つまらないコト”になり、さらに翌日、「どこかからテントウムシが入ってきて、コケ師匠になついてましたよ」という“くだらないコト”が続く。

 こうして“くだらないコト”や“つまらないコト“が数珠繋ぎのようにつらなっていくと、ひとつのストーリーとなる。そしてこれが日常だ。

 私の台本は、そんな感じでできてゆく。私の考える“つまくだ”なコトがつらなって、ひとつの物語となる。そしてとてもとても、こんな個人的なことが数珠のように連なると、とたんに多くの人々の共感を得るようになる。

 不思議だ。不思議だけれど、それが日常だから。

 友人たちと過ごしていても、たいした話はしていない。“つまくだ”なコトの積み重ねが、いつの間にやら大切な思い出に変わっている。

 でも、思い出すときはいつも、写真のように断片的なのだから面白い。

 おおいに、“つまくだ”なコトで笑いあうのがいい、そんな気がする。

2006年04月03日

第五十二回『がらんどう』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 正直、根をつめるタイプだ。興味のあることであれば、ちゃんとした食事などはどうでもよくなる。ただし“寝食を忘れる“という言い方をよくするが、”寝“は絶対忘れない。眠いものは眠い。2度目だが、布団などは大好きだ。

 しかし、一生のうちに人間が出せるエネルギー量というのは、個人差が当然あるものの決まっているように思う。だから私の場合、マメな休息が必要だ。

 私は普段から“何を考えているかわからない”“ボーッとしている”ようなヒトであるらしいが、“ある時期”になると、格段にそれが酷くなる。
 例えば、竜安寺の石庭なんかに放置されれば、雲水さんが「時間ですよ」と言いに来るまで1日中庭を眺めながらボーッとしているに違いない。…あ、贅沢だな。やってみたい…

 恐らくそれは、自分の部屋を突然片付けてしまいたくなる衝動と少し似ているかもしれない。部屋を空っぽにして、新しいものを入れる準備をするのだ。

 その衝動は当然ココロからくるものだ。ココロが自分を“がらんどう”にしたがっている。だから、部屋を片付ける。“がらん”とした部屋で、頭の中を“がらんどう”にするためだ。

 その“ある時期”というのは、大体が何かが終わったときや結論が概ね出ている時であり、次のステ−ジに進もうという時である。それは例えば、公演が終わった時なんかがそうだ。役者として、演出として、作家として、次は何をして遊ぼうか、というわけである。

 “がらんどう”にする、というのは何も全てを“捨てる”というコトではない。ちゃあんとどっかに、ソレを引っさげている。だから“リセット”なんていう、甘いコトではない。そもそもココロが“リセット”されるなんてありえないからだ。

 ― 余談だが、“忘れる“というのも”リセット“ではない。ただ単に、ちょっとタテツケの悪い引き出しにしまってあるだけのハナシだ。

 “がらん”としたココロに、今度は何を入れようか、何が入ってくるのか、誰が彩るお手伝いをしてくれるのか…考えると楽しくて仕方がない。

 今年はどこで、ボーッとしようかな。

2006年03月27日

第五十一回『京へ』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 先日、劇団の仲間と京へ上った。先月の公演の縁の地を皆でまわる為だ。ワタシはかなりの晴れオンナだが、それ以上に超ど級の雨男と雨女がいたので、けっきょく雨の京を旅するコトとなった。ちなみに、本番当日も嵐だった。

 旅行2日目に、ワタシともう1人の役者は、京の人々に“野暮だ”と言われるのを覚悟で、公演で着ていた衣装で壬生周辺を歩いた。もちろん帯刀している。
 
 しかし予想に反して京の人々は暖かかった。というよりもむしろ、一緒に楽しんでくれた。もっとも重宝してくれたのは八木邸のガイドのおじさんである。

 大勢の観光客を相手に芹沢暗殺のハナシ等をしていたところへ、丁度私がダンダラを着て現れたので、「丁度良い。あれ見とくれやす。あのダンダラは…」といって語り始めた。みんな一斉にこちらを見た。とりあえず、ニコニコしといた。

 説明が終わってから、「後2回説明せなアカンねんけど、その衣装でさっきみたいに説明の途中で入ってきてくれへんかなあ」と言っていた。本当に面白い。
他のお客さんにも話しかけられたり、遠くから(なぜだろう)写真を撮っている人もいた。 

 なるほどそういう町だからこその“雅”なのかな、と感じた。ココロに余裕があるから、とりあえず面白がるのだ。変に冷めるのは“野暮だ”というように、楽しんでいる相手を尊重し、自分も楽しむのだ。そして何よりも彼らは、ヒトとそのように関わるのが大好きなのである。

 都が東に移っても変わらず雅やかで、むしろ時が過ぎれば過ぎるほど歴史の重みは増すばかりだ。京の町の素晴らしさは、歴史的背景のみならず、その町に住む人々の人柄で保たれているのに違いない。そう、“雅”な“人”の集まりなのである。

 文化は、人であったのだ。

2006年03月20日

第五十回『トマトな感受性』

koramu2.jpg
劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 すべての、“トマトな感受性”を持ったヒトたちへ。

 つい最近、ワタシはここ数年無い激しい怒り方をした。“ぶちギレる“というのが最もふさわしい表現かもしれない。もう滅多に無い。
 
 ストレートな物言いなので、ワタシのコトバの威力は計り知れない。だから普段は、むっとしてもいったんコトバを飲み込んでから話すようにしていた。が、この時ばかりは違った。関西弁でオトコのように怒ってしまった。

 ぐわっと真っ赤な何かが開く感じ。まるで熟しきったトマトのような感受性がムキ出しになってそれでもなお、外へ外へ、ぐわぐわと広がってゆき、かーんと高く響くようなそんな感覚。もうどうしようもなく、血を吐きながらココロが叫んだ。

 しかし不思議なのは、あれだけ激昂しておきながら、何を言ったのかそして言われたのかを、論理立てた状態で全部覚えているというコトだ。傍らに、いたって冷静な自分もあったわけだ。

 自覚した状態で感受性をムキ出しに出来るなんて、知らなかった。

 熟したトマトのように、触れられるとすぐに崩れてしまいそうな感受性をもつと、とかく生きづらい。これは強くなるべきだ、修正すべきだ、と子供のころからずっと思い込んでいたものだから、この発見は物凄いコトだ。

 “トマトな感受性”をムキ出しにして、劣等感や埋められない何かを感じながらなおかつ冷静でいられたら…とてもいい芝居が出来るかもしれない。いい本が、書けるかもしれない。

 傷つきながらも、この傷があとでどんな演技に、どんなストーリーに化けるのだろうかと冷静に思うと、“トマトな感受性”は、むしろそのままの方が都合がいいのだ。

 “トマトな感受性”を持つみなさん、嘆くことは無い、そのトマトを認め、大いに活用すべきです。
それでも困ったら、誰かに相談をして、トマトの味見をしてもらうといい。そうすれば、また前に進むコトが出来るようになるから。

 …ちなみにワタシは、トマトが食べられません…

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。