2006年03月13日

第四十九回『お月様に預けよう』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 こないだ、物凄く細長い月が弦を上向きにして、夜空に寝そべっていた。
 
 綺麗なカタチだなあ、と思って暫く眺めていたら、ふと自分のカタチはどんなものなんだろう、というコトを考えだした。

 ココロのカタチがヒトそれぞれだから相性の良し悪しがある、と常々考えていたけれど、自分のカタチがどんな風かなんてモノはよくわからない。

 とりあえず、例えばワタシは丸型の穴だったとする。相手が三角のパーツだとしたらはめるコトが出来ないから、合わない部分がありますというコトになる。
 昔は「三角にしなきゃ」と思ってそのヒトと付き合っていたけれど、所詮ワタシは丸型なのでカタチを変えるコトが出来ない。

 どうするか。いろいろ考えた結果、“もう1つ違うカタチの穴を持てば“と考えた。丸型も残しておいて、他にも三角や四角・エス型など、とにかくカタチを増やせばいいのである。 

 よしよし、いい感じ。と思っていたら、“…物凄く大きい丸型の穴が、1個あればいいんじゃないのか?!”というコトに気付いてしまう。例えばそれは「懐が大きい」とか「器が大きい」とかいうような言われ方をするモノなのかもしれない。

 なるほど摩擦が少なくてすむな、相手がどんなカタチであってもカスリもしないから。おお、オールマイティだ。

 でも待てよ。それって、個性という事を考えたときに、“なんだかヒラペッタイ個性になってしまわないか?!”と思い始めた。「いや物凄くでっかい丸型という個性です」と言われればそうなのかもしれないけど、それ、ヒトとして面白いのか?

 受け入れようとしないヒトも面倒臭いけれど、仙人みたいなヒトもどうなんだろうか。ワタシはどちらかというと厭世的だから、相手が仙人ならラクではあるけど、楽しくないかもしれない。

 …ワケがわからなくなってきたので、結局このハナシは綺麗なカタチのお月様に預けることにした。

2006年03月06日

第四十八回『天手古舞』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 そろそろ朧月を愛でながら日本酒が飲める(いや、焼酎もイイ)と思ったら、この菜種梅雨だ。これでは明るく元気な菜の花もくすんでしまう。
 この春霖に、先日無事に終幕した芝居の事などをぼんやりと考えていた。

 本当に“てんてこまい”だった。このコトバが一番ふさわしいと感じる。

 今年は改修工事が重なったり私の中途半端なクジ運のせいで、稽古場や劇場を確保するために町中を“舞う“羽目になった(詳しくは劇団のブログをご覧下さい)。

 エッセイ・記念誌等いくつかの仕事を、クオリティを落とさずに平行してやる事を目指した。書いても書いてもギリギリで、アタマの中でコトバが“舞う“ようだった。

 そんな中で今回の私の役“沖田総司”を考えていた。外面としては“舞う”ような殺陣が出来れば、と思っていた。しかし内面においては、実在の人物をやる難しさを痛感するコトとなった。

 稽古中、不思議な事があった。“沖田”の台詞で「多分、斬りますよ。ね。」というものがあった。もちろん最初はこのように言っていた。
 しかし稽古を重ねるうちに、無意識に「絶対、斬りますよ。ね。」と言い切るコトバが口をついて出てきた。こちらの方がココロとカラダにシックリきたのに違いない。なんだか“沖田”に言わされたような気がした。

 結果、「まさに沖田でした」「誰でもない、沖田だった」という評価をお客さん達から頂いた。どうだ、このコトバの重み!ココロが“舞い踊る“ようだった。

 そういえば、“てんてこまい”は“天手古舞”と書くそうだ。“てんてこ”は太鼓の音のコトだそうで、恐らく太鼓のリズムに合せてせわしく“舞い踊る“様を、日常の目の回るような忙しさに掛けているのだろう。

 なるほどよき哉、どうりで大変だったわりに、気持ちよかったわけだ。

 私や劇団の皆を包むリズムは、聞こえなくともかなり軽快で気持ちのいいものだったようだ。

 こんな“舞い“なら、また踊りたい。但し、稽古場と劇場の心配だけはゴメンだけれど。

2006年02月27日

第四十七回『ごくごく、単純なコト』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 このコラムが公表される頃には公演を1つ終えている。

 その公演の、照明の打ち合わせがツイ最近おこなわれた。2日またぎの、実に8時間半に及ぶ打ち合わせであった。彼らは職人だし、プランを立てるヒトと仕込みとオペをやるヒトが、今回違っていたので特に長くなった。

 プラン担当のKさんにお礼のメールを送ったら、以下のような返事が来た(以下抜粋)。

 「お礼を言うのはまだ早いよ。本番終わってないし。中野からの照明の依頼を引き受けた時点でベストを尽くすのは当然の事です。この劇団のレベルを照明1つで落としたくないし、見に来てくれたお客に、なんだ〜この照明は!っていわれるのが単純に嫌なんです。どうせならよかったって言ってもらいたいからね。そう、俺なんかよりもSさんにいっぱいいっぱいお礼を言ってください。」

 “Sさん“というのは仕込み・オペ担当のヒトだ。

 これを読んで、あなたはどう思うだろう。当たり前と思うか、綺麗事と思うか、子供みたいな内容だと思うか…他にもたくさん。

 ちなみに私は、彼にギャラを払っていない。そして彼の本職は花火屋で、猛烈に忙しい。季節モノと思ったら大間違いだ。

 旗揚げ以来ウチの照明をやって下さっているが、一体何の得があるのか。

 結論づけるまでもないから、紹介だけに留めようと思う。

2006年02月20日

第四十六回『粋― いき ―』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 「粋だな」、と思う瞬間がある。

 モノカキでお金を頂いている関係で、いろんな方の文章を拝読したり、お話をお伺いする機会が多い。それは演劇関係者であったりそうでなかったりするのだが、総じて“粋”な文章を書く(またはハナシが出来る)ヒトに巡り合うととても気分がいい。

 “粋”の反対は“野暮”であるが、“野暮”ったい文章というのは大概が独りよがりで感情的だ。そして時に攻撃的である。ひどいと、ある特定の個人を、名前を伏せた状態で攻撃しているようなモノもある。“野暮”の最たるものだと思う。そんなものは大概、嫉妬心からくるものだ。

 ネットの普及に伴い、ルールをわかっていないヒト達までもが容易に公の場で発言できるようになったため、こういった“野暮”な文章に触れてしまう機会が格段に増えたように思う。

 書く行為―とりわけ自分の心情を吐露する内容を書くコトーは充分なストレス発散になるため、心理療法の1つとして利用されるほどだが、それは決して、公にされるものではない。ヒトを傷つける内容ならば尚の事だ。
 個人のストレス発散の為の文章を不意に読まされる側は、たまったものではない。なんにでも、語られるべき場所というのがあるのだろう。

 もっとも今は、個人ブログの普及に伴い、個人の文責のもと公開されるモノに関しては容認されているフシもある(自責で閉鎖させる事が出来るので)。

 こんな事を思うのは、最近、ずっと読みたかった『生協の白石さん』を拝読したためだ。彼こそ、私の中では“粋”なのである。茶目っ気たっぷりの学生の、まったく生協とは無関係の質問に対して、腹も立てず、ウィットに富んだ返答をする。あれこそまさに、“粋”だ。波風など、1つも立てない。

 豊富な知識と頭の回転のよさ、そしてとにかくなんでも受け入れてみるココロの広さ。そういったものを背景とした、その辺のモノカキには恐らく出来難いような、洗練されたもの言いである。
なるほど“粋”というのは、“人物”そのものなのである。私はまだまだ勉強不足だ。

 私の中に在る美徳が、“粋”に繋がっているのかどうかは周りが決める事なのでよくわからないが、少なくとも“野暮”な言動は避けたいものだ、とココロから思う。

2006年02月13日

第四十五回『禁じられた愛』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 ヒトは禁じられると余計に求めるようになる。校則などは良い例だ。「はみ出すな」と言われれば、思わずハミダシたくなる。こういう一種の反発心みたいなものは、喜劇をやるとき役に立つ。創る側にとっても、観る側にとっても心地いい事があるようだ。

 さて、明日はバレンタインだ。日本はチョコレート業界の陰謀ですっかりチョコレートのやり取りが定着したが、そもそもの由来を正確に知るヒトは少ない。
 外国ではカードや花束などを贈りあうそうだが、これが定着するまでの間にいくつかの“禁止”とそれに近いものが行われている。

 3世紀、ローマ。愛するヒトをおいて戦争に行きたがらない男性達を何とかする為に、まず結婚を“禁止”。みかねたキリスト教司祭のバレンタインが、内緒で結婚式をしていたのがバレ、彼は“投獄”・“処刑”。キリスト教はすでに“迫害”されていた。
 
 その頃のローマでは、“ルペルカ−リア祭“というのがあったそうだ。2月14日の夕方に女性の名前を書いた紙を箱の中に入れておき、翌日男性がそれを引く。そして引き当てた女性と祭の間(1年間のヒトもいる)お付き合いをする、というギャンブルな祭だが、これも風紀が乱れるという事で”禁止“。

 その代わり、引き当てた紙に書いてある聖人の生き様を見習って1年間生活する、というしみったれた(笑)祭になった。その守護聖人をバレンタインとしたそうだ。
 カードを送りあう習慣がついたのは、聖バレンタインさんが発端だそうだが、由来は長くなるので書かない。いろいろ有るらしいが、書かない。くどいようだが、いろいろあるらしい。が、書かない。
 祭がしみったれても、やはり愛するヒトへカードを送る習慣というのは止まない。

 “愛情”というのは、「そうせずにはいられない」という“衝動”なのかもしれない。

 だから“愛情“を持った対象に対しては、普段やらない事をやってしまったりするのだろう。そこへ”禁止“という、ちょっとした壁が現れると余計に燃えるのかもしれない。そんなこんなの、バレンタインなのだ。

 そう思うと…。ウチは喜劇だ。開演前に、「決して笑わないで下さい」と“禁止”しておけば、もしかしたら爆笑の渦になるのかもしれない。
 …やめておこう。

2006年02月06日

第四十四回『斜 ―しゃ―』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 美人や可愛いヒトを見かけると、「絶対に性格悪い」という男性が知り合いの中にいた。どうやら痛い目を見た事があるらしい。トラウマになってしまいそれ以来、斜に構えて見てしまう癖になったようだ。
 彼は自分を正当化して、キモチを安定させているようである。

 しかし、こういう“根拠のない式”は成り立たないというのは周知のとおりだ。

 高校時代。いつもはビラを配り、観たい人だけが芝居を観るというスタイルだったウチの演劇部。しかし校舎の建て替えに伴い舞台を壊されてしまったので、文化祭で突然1,200人以上の学生の前で芝居をやる事になった。劇場を借りて文化部だけ合同で発表という、ちっとも有り難くないシチュエーションだった。

 当時1年生だった私でも、高校生の声量でこの収容数の劇場はきついと感じたので「マイクを」と言ったのだけど、そこは熱いヒトの集まり。「是非ナマの声で」となる。
こういう時に、1歩引いた所から眺めて見ていた事が裏目にでるようだ。

 本番。客席はハナからざわついている。無理もない。芝居に興味のない学生が、文化祭だからというので無理に座らされているのだ。更に台詞の聞こえない舞台が喜ばれる訳も無く撃沈。終演後、楽屋で号泣するヒトもいた。

 そんな中である先輩が、「ちっとも悲しない。私らの芝居が理解でけへんなんて可哀想なヒト達やんか。」と言って、皆を励ましていた。一瞬“そういうもんかな“と思いそうになったが、直ぐに”ちゃ!ちゃ!待てよ“となった。

 根拠がない。正直こちらに非がある。ヒトは傷つくと、どうも“根拠のない式”をたてるらしい。一緒に稽古していたのだからセンパイの悔しさは充分わかるが、ちょっと戴けない。まさしく正当化だ。

 翌年。2年生になった私達は、ジブン達の実力を見極め、マイクを立てて公演をした。劇場内は充分“観る”姿勢だったし、終演後は拍手喝さいだった。

 嫌な思いをした時。それはジブンが良くなる為の素晴らしいチャンスだ。斜に構え、タニンを攻撃すれば当然ラクだけれど、昔つくった傷はいつまでたっても癒えないままだ。

 何があっても、斜に構えずに生きていく事の出来るヒトが本当に強いヒトだ、と、ワタシは考えている。

2006年01月30日

第四十三回『行間を読む』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 何かのテキストのようなタイトルになってしまったけど、ちっとも難しいハナシではないのでお付き合いください。

 「コトバが先か、キモチが先か」と問われた時、あなたはどう答えるだろう。

 「キモチ」と答えるのが大多数ではないだろうか。そりゃあそうだ、キモチを伝達するのが基本的にコトバのお仕事である。だからキモチを基準にしてコトバを選ぶコトになる。

 台本を書く時“伝えたいコト(キモチ)・モノ(状況等)”が芯として存在しており、それをなるべくコトバ少なにシンプルに伝えるにはどんな言い回しがいいのか、というコトを考える。勿論、登場人物の関係性や抱える事情、性格、状況などによってそのコトバのチョイスは様々だ。 

 役者は台本を貰い、“コトバ”をヒントに“キモチ”を考える。書くヒトと演じるヒトは、真逆の作業をするのである。その時、“コトバ”にはハッキリと表現されていないが、明らかに“何か“が存在するように読みとれる時がある。それが”行間を読む”コトである。

 しかし行間を正確に読み取ろうとした時、そのヒントとなる“コトバ”が正確、或いは台本ならば洗練されていなければならない。“正確“というのは内容をストレートに表現しているという意味ではない。また”コトバ“に頼る、という意味でもない。標準語を使えと言っているのでもない。
 ここを掃き違え「”コトバ“は大したことないのだ」とすごいコトを思いついたかのように言ってしまうヒトがいるが、そういうのが若者の誤解を招くのである。

 “正確”とは。例えば日常。物凄くぶっきらぼうな物言いをするヒトがいる。でも、何故か暖か味を感じる等といった場合、その“コトバ”は“正確“なのである。
 親子。例えば「帰ってくんなよ!阿呆」と言う親に対して子供が軽く手を振って答えたとしたら、この“コトバ”は彼らの間でのみ“正確“なのである。”真逆のコトバ“で表現される愛情なのだ。しかし、これがタニンに通用するとは限らない。

 最近この使い分けの出来ないヒトも多いし、「“コトバ”なんて」と机上の空論に近いコトを言って追い風を吹かすヒトもいる。そういうコトでは芝居も成り立たないし、日常の人間関係の構築すら危うい。

 本当に、いかがなものか。

2006年01月23日

第四十二回『ココロのままに』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 ワタシは“ぼうっ”としている割に、喜怒哀楽が激しい。殊に激しいのは“笑うコト”と“泣くコト”に関してだ。だから大きいストレスが襲ってきて自分を消耗しても、更に消化するのが早い。それでもダメな場合は“眠るコト“にしている。もう布団なんかは大好きだ。

 ウチの劇団は分類としてはとりあえずコメディだから、“笑うコト”というのをよく考える。しかしそれと同じくらい“泣くコト”についても考える。ありきたりな説明をすれば、生きる事を考える時、死ぬ事を考えるのと同じようなものだ。

 “笑うコト”がストレス発散になるのは有名すぎる話で、今、こんな世の中だからこその空前のお笑いブーム到来と言えるが、かたや“泣くコト”に関してはどうか。

 数年前から純愛ブームであってその中の大半は、涙を誘う“悲恋”要素が含まれている。そう、今は泣きたい人も増えているのだ。
 では何故か。

 感情の変化、いわばココロが動いたことによって“泣くコト”というのは、実は本当にその人のココロを洗い流している。涙の成分を分析した結果、普段の涙(乾燥から守ったりゴミが入ったりした時の涙)よりもストレスホルモンが多く含まれているコトがわかったそうだ。

 “泣くコト”によって気分がサッパリしたと感じるのは、気のせいではないというコトだ。

 日本人は(特に男性は)“泣くコト“は「情けない」・「格好が悪い」という気持ちから、自分のココロの動きを無視して押さえ込んでしまうきらいがある。これが1番よくないコトだ。ココロの動きを無視し続けていると、感受性が鈍くなってしまう。その結果、ヒトとして、とてもつまらないヒトになってしまうのだ。そうするとチャンスすら逃すコトとなり、人生までもつまらなくなってしまう。

 最近、笑ったり泣いたりしていない方。是非ともカンゲキを!!

2006年01月16日

第四十一回『成功したいのか、失敗したくないのか』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 私は演技の指導なんていうおこがましいことをしない。台本もアテガキだ。だからウチの劇団は、みんなの“人間力“で成り立っていて、私はそれを抽出し引き伸ばしてみたり、自分の良さに気付いてもらったりしているだけだ。

 “見守る”とか“待つ”というスタイルといっていい。ギリギリまで“待つ“。そしてその時に必要だと思う材料を提供する、それだけの作業だ。

 何処の劇団でも、はたまた学校でやってみてもそうだが、“見守”っていると徐々に演技に対する取り組み方の違いが見えてくる。そしてそれは、その人の生き方そのものであると言っていい。
 どんどん企んで台本に載ってない事も試してみる人。台本に忠実に、深く掘り下げようとする人。台本を基に展開させてゆく人。指示された事のみきちんとやる人。本当に十人十色である。

 人には「成功したい」と思うタイプと、「失敗したくない」と思うタイプの人がいる。似ているが、達成欲求と回避願望であるという明らかな違いがある。この2つが程よいバランスであれば問題ないが、人間そうもいかないらしい。

 「成功したい」というタイプの人は周りが見えなくなることがあるので、1人芝居ならばいざ知らず、複数出演する作品であるならば、周りの人あっての自分であるという事を少し意識するといい。 
 「失敗したくない」というタイプの人は小さくまとまってしまいがちなので、1度失敗したって稽古中は何度でもやり直せる、と思うと大変気が楽だ。いざとなれば、みんながいる。

 何かに行き詰っている人は、ジブンがどちらのタイプなのか1度考えてみるといいと思う。スタンスを変えよう、と思わなくてもいい。ちょっと、“足す”か“引く”かすればいい事だ。

 わからなければ周りの人に聞いてみる。それで大概、上手くいくんとちゃいますか。

2006年01月09日

第四十回『雪やこんこん』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 今年の冬将軍はかなりの暴れん坊らしい。南国・鹿児島でも88年ぶりの積雪だというから驚きだ。積雪で被害に遭われた方も多いと聞くし、去年日本海側に嫁いでいったウチの劇団の人も「家に缶詰だよ」と漏らしていた。

 何にせよ今年はちょっと降りすぎではあるが、いつもなら今すんでいる愛知も、以前住んでいた大阪も雪が降り積もるのは珍しい。だから私はいい歳をして、雪が降るといまだにはしゃぎ浮かれる。

 高3のセンター試験の日も大雪だったので、会場に行く途中、雪を友人にぶつけてはしゃいでいたら物凄く怒られた記憶がある。今思えば、緊張している友人にかなり申し訳ないことをしたと思っている。

 大阪は本当に中々積もらないし、薄っすら積もってもあの人口と交通量だ。すぐに砂埃と混じってグッチャグチャのまっくろけっけぇになってしまう。だから今年は、あさ目が覚めてお庭を覗いた時に、マキの木やら松やら庭石やらにふんわりこんもり積もっている雪を見て、とてもはしゃいでしまった。京都ならばさぞかし美しかったであろう。

 お庭と自分のココロがなんだか真っ白に塗り替えられたようで心地よく、しばらく静かに眺めていた。

 雪がふんわりと積もった日は必ずやることがある。それは、「だれも歩いていないところに足跡をつけるコト」である。
 
 なんだか悪いことをしたような、でもちょっと嬉しいような、いたずらっ子の気分になる。ココロがくすぐったいのだ。「足跡をつける」のが「誰も見ていないとき」だとなおさらいい。タニンには誰がつけた足跡なのかわからない、というのがまたくすぐったい。

 芝居をするときもそういう部分を意図的に創ったり、また自然に生まれたりする事がある。誰なのかはわからないけど、誰かがやったコトであり置いたモノである。そういうコトやモノは必ず世の中に沢山存在する。メッセージかもしれないし、何の意味もないのかもしれない。
 
 こんこんと雪の降り積もった朝に、誰かがすでにつけた足跡を見つけて、「これは誰の足跡だろう」と思いをはせるのもまた、一興だ。

2006年01月02日

第三十九回『装置』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 年明け1発目です。何日掲載か知りませんが、とりあえず謹賀新年。

 コラムの大タイトルどおり、“正月気分”と行きたいところだが、ウチの劇団は毎年1月か2月が本番なので、お正月は舞台装置を造る事に当てる。なのでこの時期以降、私の前で「あーよく寝た」なんて言うと怪我人が出る恐れがある。何かやれよ、となる。知り合いの劇団に聞くと、素人役者なのにいっぱしぶって手伝いにこない奴もいたりして腹が立つらしい。

 なるべくごちゃごちゃとした装置を造らないのがウチのコンセプトなのだが、それでもやはりパネルやらなんやら造らなければならないものは沢山ある。観客は装置を見に来ているのではないのだけれど、どうせ造るなら、と舞台監督も真剣だ。

 造形に於いては素人集団なので、満足に角材が切れない人や釘が打てない人もいるし、ペンキがムラになっていたりもするが、そこは出来る人がカバーしていく。疲れなどから微妙な空気の悪さになったりしつつ、それでも完成したときはかなりやり遂げた感がある。

 つくづく、芝居はみんなで作るものなんだな、とおもう。特に、アマチュアはそうあるべきだと思っている。誤解されやすい書き方ではあるけども。

 去年、客演としてプロと一緒に芝居をさせてもらった時は、本当に演技の事しかやらなかった。だから物凄くラクではあった。
 でも、確かに他の役者と一緒に造り込む感覚はあるのだけれど、なんというか、「うわ!ジャージにペンキがついた!!」とか言いながら、手を切ったりこけたり指挟んだり…そういったことが思い入れに繋がるのだし、“他人と一緒に生きていく“ということが理解できるキッカケになるのではないだろうか、と思う。

 プロになると、目的が全く別のところにあるのでそうもいかない。だからこそアマチュアでしか学べない部分を取りこぼさないようにして欲しいな、と思う。 

 趣味程度に何かを集団でやっている人たちは、出来る限り自分たちの集団内のことに興味を持って、人との繋がりを実感し、豊かな人生にしていただきたいと思う。

2005年12月26日

第三十八回『炎―ほのおー』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 炎が暖かく妖しく揺れている様を、私はぼんやり見つめているのが好きだ。

 炎が揺れる様を見ていて、感覚が研ぎ澄まされるような心地になった事はないだろうか。具体的に言えば、歌いたくなったり踊りたくなったり叫びたくなったり。あるいは思い出話を語りたくなったり、ほっとして人に優しくなれたりした事はないだろうか。

 ヒトが他の動物たちから大きく抜きん出ることが出来たのは、火を操る事が出来るようになったからだ、というのはもう言い古されたハナシだ。
 
 実は今「薪ストーブ」に関する記事を書いているので、こんな事を調べたり考え始めているのである。

 太古の昔からヒトは炎の周りに集い、語り合い、宴を催した。火を見ると「自分や周りの人々を楽しませたい!」という気持ちが異常に高ぶる調子のいい奴がいたのだろう。
ちなみに「楽しませる」というのは、笑わせたりすることで盛り上げるだけでなく、恐れや哀れみを感じさせる事によってカタルシスを味わわせることも含む。

 宴の中には当然、歌やお芝居も含まれている。それはとてもとても簡素なものだったに違いない。芝居はそもそもあんな高い舞台でやるものではなく、その字の通り役者も観客も「芝生」に「居る」状態で行われたものであるそうだ。
 ずっとずっと昔から、炎と歌やお芝居は密接な関係にあったのかもしれない。

 火を見て感覚が研ぎすまされるのは、そういった太古からのDNAが私達を興奮させるせいなのであろうが、今の時代、火を見なくても「自分や周りの人々を楽しませたい!」といって興奮することができるお調子者が、役者であるのかな、とふと思った。

 だからといって、火を見ればもっといい演技が出来るのかといえば、そうでもないのだろうけれど。

2005年12月19日

第三十七回『モノとモノ語り』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 街はクリスマスムード1色だ。大阪にいた頃の雰囲気には劣るが、電飾がピカピカしているおうちが沢山あって、お陰さまでわたしも眼福に預かっている。

 先日近所のおうちの窓に、サンタクロースの人形がくっついているのを発見した。窓からの侵入をモクロム態(てい)である。思わず笑ってしまった。よく見ると、それがまたいろんなおうちにくっついているのだ。あちこちでサンタ出没なのである。

 こないだは教会で(おそらく)等身大の人形サンタが、ベランダに侵入しようとしているのを見た。その真下では普通に入り口からお客さんが出入りしており、苦労してベランダからの侵入をモクロムサンタの不恰好さにまた笑った。お勤めご苦労様である。

 「侵入型サンタ」はどうやら流行っているようだ。ははあ、と感心する。

 今どき、クリスマスグッズはもう珍しくない。世の中“モノ”で溢れかえっているから、ちょっとやそっとじゃ売れてくれない。そんな中で、「侵入型サンタ」は“モノ”として存在しているのではなく、“モノ語り”としてそこにある。だから売れるのだ。

 窓から侵入するサンタを見て、沢山の“モノ語り”が想像できる。「侵入型サンタ」は、内容を「深く掘り下げる」事のできる商品なのである。その遊びゴコロにしびれた。これからは“モノ”を売る時代ではなく“モノ語り”の時代かもしれない。  

 役者は自分自身が商品である。見た目が秀逸であればよかった時代があったが、今は、いやこれからは、自分自身に“モノ語り”のある存在が注目されるのかもしれない。

 今までの29年間、反省すれども後悔はしていないつもりだが、果たして自分自身に“モノ語り”があるのかどうか、思わず自分の足跡を振り返ってしまった。

 そういえば中学生の頃、“出来る事ならヒトが私と出会ったときに「深く掘り下げてみたい」ヒトだ、と思ってもらえるようなヒトになりたい”と願った記憶がある。すっかりその目標を忘れていた。
 この歳になって(この歳だからこそかもしれない)「侵入型サンタ」に、思わぬプレゼントを貰ってしまったようだ。

2005年12月12日

第三十六回『優しい人よ』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 ウチは田舎の弱小劇団である。だのにいろんな人と出会うし、いろんな目にも遭う。
 
 功名心のあるヒト、下心のあるヒト、劇団の乗っ取りを企むコ、1度引き受けた仕事なのに蒸発するヒト、苦労しているヒトを面白がって傍観しているヒト、好きなことをして生きているヒトがこれから先どんな人生を歩むのか、遠巻きに見ている人…本当に大勢。勿論純粋に応援してくれるヒトだっているけれど。

 随分前、「流石にぼーっとしてる私でも疲れるなー」と思っていたら、ある油脂会社の社長さんが「若さの特権をいかし遠慮なく多くの人と付き合い人脈をどんどん広げ作って下さい。その内に付き合うべき人かどうかが、いくつかの失敗とほぞを噛むうちにわかるようになると思います。次回の公演ぜひ観せて下さい。」とおっしゃって下さった。

 そうか、と思った。社長さんだって、いきなりあんなに立派な会社にしたのではない。「いくつかの失敗とほぞを噛む内に」成ったものなのだ。
 劇団自体は大きくしようとは思わないけど、おそらく長いであろう私の芝居人生に、大いに活かされ心を支えるであろう言葉だとあのとき思った。ワタシはこの方をとても尊敬している。

 それでもやっぱりいろんな人が居て、その時々でいろんな思いをするものだ。ヒトというのは本当に、何を求めて生きているのだろう、と思う。

 そんな矢先に、友人から夜中に電話が掛かってきた。

 そんな非常識な事、まずやったことのない友人からだったので、いつもなら夜中の電話には絶対に出ない私も、この時ばかりは出る事にした。出ないといけないような気がした。

 彼女はとても泣いていた。飼い犬が、死んでしまったといって泣いていた。

 他人にとっては、くだらない事かもしれない。私も犬を飼っていた事はあるが死に目にあってはいない。けれど彼女のこれ以上ない悲しみは、受話器を通して痛いほど伝わってきた。

 彼女のワンちゃんは小型犬で、5匹いたうちの1匹がなくなった。15年生きていたというから、どのくらい大切に一緒に過ごしていたかは想像に難くない。
 幸せなワンちゃんだな、と感じた。こんなに泣いてもらえて。

 なんだかココロがほぐれた。

 彼女は優しい人だ。心底そう思った。彼女はこれから先もずっとずっと、私にとって付き合うべきヒトなのである。そう、確信した。

2005年12月05日

第三十五回『中庸−ちゅうよう−』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 “中庸”― 私が心がけている事の1つだ。中道・中正ともいう。

 私が大阪で通っていた高校は当時、演劇ではちょっと有名だった。コンクールでも賞をよく獲っていたようだし(私が入部する前ですが)年に何本も公演があって、その忙しさと厳しさでも有名だった。

 世間知らずの私はそんなこと露も知らずに入ったので、正直あの頃は凹んだ。演劇とは単にアカデミックなものだと思っていたから、まさかランニングや筋トレ・柔軟なんかを、運動部顔負けの厳しさでやらされるとは思いもよらなかった。
 入部してから、ここの演劇部が“裏の体育会系”と呼ばれている事を知った。お陰で当時、身長155cmの私が40キロしかなかった。マッチ棒かワタシは。
 
 公演体制になると、朝練(1限目の前)・昼練(昼休み)・そして夕方から夜にかけて稽古になる。授業中、とても眠たかった。でも、“稽古に出ないとぶち殺される“というイメージがあって、休む事も出来なかった。台本を読み込むため、頭も良く使った。とにかく、何かに追われて日々過ごしていた感じが今でも残っている。

 先輩たちは、当時60年続いてきたという演劇部の歴史に誇りを持っていたので、めちゃくちゃな事をいう人もいた。風邪を引いたといえば「走れば治る」。生理痛がヒドイと言えば「私は1日目!!○○は2日目!!!」とどなる。たまにOBが来て「なんやの今回の衣装?もっと真剣に作りいや!!」などいろいろと言われ、号泣する。

 同期の皆もそれに混じって頑張っていたが、私は1人冷めた感じで見ていた記憶がある。勿論頑張らなかったのではないが(私はあの集団の中で、いまでも芝居を続けている数少ない人間だ)なんというか、もっと文化的なことを求めていた私は、どうも一律にしたがる気風があるんだな、と思ったし、考える猶予も貰えないのか、と思ったりもした。体育会系もいいが、ほどほどにしないと必要なものが見えなくなってしまうような気がしていた。

 でも、今の子(というと語弊がある部分もあるが)は、“頑張れるのに頑張らない”ヒトが増えていて、なんというか、心も体も“もやしっ子”で、見ていて悲しくなる。頭脳系もいいが、間違っても頭でっかちになるなよ、仮想の世界に逃げちゃうなよ、と思うことがある。

 そうなると、あの頃の先輩たちの厳しさも、無駄ではなかったんだなあと今更ながらに思うのだ。お陰さまで、ふわふわしながらも我慢強い子に育ったようにジブンでは思う。冷めつつ、熱い感じに育ったともいえる。

 文化系であり体育会系あれば、大概の事はやれるんではないかとおもう。どちらにも偏らず、なるべく“中庸”であろうと心がけている。出来ているかはわからないけど。

 余談だが、“個性が大事”“1番が偉いわけじゃない”なんて言われて久しいが、そんな生温さが今の子供たちを“頑張らない子”にしているような気がする。そしてここにもワタシは偏りを感じるのだ。1番は確かに偉くはないかもしれないが、1番になるためには当然努力をしたのだから、その我慢強さは称えられるべきなのである。大人が教えるべき事は、1番じゃない子が“ダメな子”というわけではない、という事だ。

 本題に戻る。“中庸である”という事は、それだけ側面というか引き出しというか、そんなようなものが沢山あるからこそ出来ることでもある。“グレー”な姿勢でいるということでは決してないのだ。
 “中庸”であるためには、何でも一所懸命がんばっておく必要がある。そうすればそのうち、無意識のうちに道のど真ん中を正しく歩けるようになるのではないだろうか

2005年11月28日

第三十四回『演出』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 思い切ったタイトルをつけてしまった。なにせ自分が1番苦手だと、はっきり自覚している分野であり、また、つい最近になって漸く面白みをはっきり理解しだした分野であるからだ。

 “演出“というのは、字を見て解釈すると”引き伸ばして出現させる“という意味になる。…一体何を?
 勿論、その作品に関わる全ての事をだ。そしてそれらのバランスをとることを忘れてはいけない。

 私が最も気をつけているのは、いかに役者のみんなの良いところを“引き伸ばして出現させる”か、という部分だ。しかも、なるべくなら本人すらまだ気付いていないような良いところを。ここに面白みを感じ出した。
 これは私自身も、ジブン以外の誰かにこんな様なことをやってみて欲しいと望んでいることだから、ヒトにもやってみよう、とうことになるのだろう。 

 その為に重要となってくるのがその「配役」だ。どんなキャラクターのフィルターを通せばそのヒトの魅力が引立つのか。そこを考える。だから私は、ジブンの劇団で芝居をやるときはジブンで台本を書くし、そのほとんどの登場人物がアテガキなのだ。

 公演が終わった後に、自分自身の人間的な魅力に1つでも多く気付いてくれたら、私はそこに私が“演出”した意味の1つが見出せる。そんなことに、最近になって漸く気づいた。
 みんなの存在がそもそもオリジナルであって、それぞれがとても魅力的であるという事に自信を持って欲しいのだ。そうすれば、人生が変わる。

 断っておくが、勿論お客さんに観て貰う事を前提に書かれた台本であり、なおかつ魅力を“引き伸ばして出現させる”作業をするのである。お金を貰う以上は当然の事だ。

 日常。「よい配役」というコトバを置き換えると、「適材適所」という事になると思う。自分が働いている職場で上手く「配役」されれば、間違いなく日常が活き活きとするだろう。この辺りは、上司のヒトを見る目に掛かっているのかもしれない。

 しかし今の自分が輝いて見えなかったとしても、嘆く事はない。その集団の中で自分は役に立っていないように見えても、誠実に努力しているのならば、実はアナタにしか出来ない何かを集団の中で必ず全うしているはずだ。

 勿論、アナタの魅力を“引き伸ばして出現させ”てくれるヒトが今の時点で周りにいなかったとしても、やっぱり嘆く事はない。自分が誠実に努力しているのにそんなヒトがいないという事は、既にアナタが輝いているということだからだ。ただ、それに気付いていないジブンがいるだけなのだ。

2005年11月21日

第三十三回『おうちへかえろう』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 帰る“家”があるというのはとても幸せなことだ。

 “家”というのは何もあの建物の事のみを指しているのではない。それは故郷であったり恩師であったり、両親であったり、恋人であったり、仲間であったりとにかくそのヒトにとっての心のオアシスとも言うべき場所である。

 自分たちの劇団がそんな風になれば、と思うことがある。

 小さい頃。あるおもちゃが私と兄の間で流行った。カメレオンの形をしたボディの中に、くるんくるんに巻かれた紙が棒状に入っており、カメレオンのお尻から伸びている束(つか)の部分を持って振ると、口からくるくるの紙がまるでベロのように“シャー”っと伸びるおもちゃだ。

 2人で“シャー”“シャー”やって戦っていたが、途中で父が私と交代して兄の相手をした。その時、事件は起きた。
 兄が反則技を使ったのだ。父が“シャー”っと伸ばした紙を、兄が手でクシャクシャに丸めてしまったので、私のカメレオンは紙がシワシワになってしまった。私はショックで何もいえなかった。
これを見た父は、「(父が使っているカメレオンは)ナオコのおもちゃじゃないか!」と言って、兄のカメレオンを取り上げビリビリに破いてしまった。家中の空気と兄の表情が凍りついた。そして遊びは終了した。

 翌日私は、1つだけ残ったカメレオンで遊んでいたが、やっぱり1人ではつまらない。兄は私のをたまに借りて遊んでいた。
 
 3日ほど経ったある日、母が兄を呼んだ。
 「もうズルはだめよ。」
 そういって差し出したのは、ビリビリになった紙を1枚1枚丁寧にセロハンテープで貼り付けてなおした、あのカメレオンだった。父に内緒で少しずつ張り合わせていたのだ。

 私は驚いた。あれだけビリビリになってしまったカメレオンを、元に戻した母の熱意にではない。

 “家”とは、コウイウフウニデキテイルのだ、と感じたことに驚いたのだ。

 父は、私の心を思って兄をしかった。
 母は、兄の心を思っておもちゃをコツコツとなおした。
 私達兄妹は、相手の心を思うことを知った。

 だから今でも安心して外で戦ってきては、父と母のいる“家”に帰る。
 結婚しても引っ越しても、やはり帰るのだろう。

 自分たちの劇団が、こんな“家”になれば、とおもう。誰が父で、誰が母であってもいい。誰かが誰かの心を思って過ごせるような、そんな場所であれば嬉しい。1度抜けても、気軽に帰ってこられる“家”であるように。それがきっと、ヒトと一緒に生きるという事なのだから。

2005年11月14日

第三十二回『あくまでフリーク』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 たまに、コラムらしい事を書いてみる。

 “電車男”がもてはやされて久しい。これを受けてか、ある研究所が所謂“オタク”を五種類に分類・分析した。最終的な狙いは、彼らの影響力と市場規模を調査することによって、新たなビジネスチャンスを掴もうというところだ。

 この研究所の“オタク”の定義が勿論ある。「強くこだわりを持っている分野に趣味や余暇として使える金銭または時間のほとんどすべてを費やし(消費特性)、かつ、特有の心理特性を有する生活者」である
 
 芝居をやっているとよく“オタク”と誤解される。私だけについていうならば、人と比べて変わっているかもしれないが、自分では少なくとも“オタク”ではなくて“フリーク”だと思っている。

 私の中では、“オタク”というのは「他者との関係性を構築できず、サディズムであってもマゾヒズムであっても、結果自分の世界を過剰に護ろうとする人々」という定義になっている。「特有の心理特性を有する」の中に、おそらく含む事項ではないかと思う。

 私の知り合いには、音楽にやたら詳しい人も芝居にのめりこんでいる人もいるが、生身の人間と人間関係をちゃんと構築しているので、彼らは“フリーク”である。

 去年ウチの劇団に“芝居オタク”が見学に来た。何故か、“僕は君達とはレベルが違うから”という態度で見学に臨んでいた上に、礼儀も言葉遣いも知らず、考え方そのものも相当ヒネていた(内容が書ききれないのが非常に残念だ)のでかなり面倒くさい思いをした。なので、いい加減な稽古を見せておいた。

 劇団のみんなの知らないところで、ちょっとコトバでやり込めてしまったので(ワタシも大人げ無いか。でも彼はまだ若造だったのであの時は言うのが親切かと思った。マシになればいいかと。)、恨まれているかもしれないが、彼はおそらくあの後もいろんな劇団を転々としたに違いない。しかし、自分の非には全く気づかないのであろう。

 “オタク”を新たなビジネスチャンスにすることによって、すこしは演劇市場も活性化するのかもしれない。しかし、自分の世界に閉じこもってしまったり、人間関係が構築できなかったり、妙な攻撃性で人を傷つけたりするような子供達(いや、大人も)が増えるのではないか、と私は危惧してしまうし、おそらく、こんなことには何年も前から気付いている人が大勢いるはずである。

 それでも、人は儲けに走るのだろうか。

2005年11月07日

第三十一回『あくがれまどう』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 自分の事とも、他人の事ともつかぬハナシをする。

 ヒトは、ココロが“あくがれ(憧れ)まどう(惑う)”ほどのモノに出会った時、その対象に情熱を傾け、熱狂する。その気持ちは留まるところを知らず、時に他人を傷つけ、自分をも傷つけることがある。

 自分の心臓が赤く腫れあがりそうな程、強く切なく“あくがれまどう”対象に、アナタは出会った(或いは出合った)事があるだろうか。

 私が芝居を始めようと思った厳密なキッカケは、実はわからない。もともと小学生の頃はシンガーになりたかったのに、母親が「歌手になるヒトは小さいときからボイストレーニングをしているのよ」という、その頃の私にとってはもっともらしい意見を言ったため、「じゃあ、女優」となった。

 その、「じゃあ」の理由はよくわからない。なのに高校入学と同時に、自然な流れで演劇部にはいった。以来芝居は私にとって“あくがれまどう”モノとなった。
 しかし高校・大学を卒業し、様々なマイナス要素から思う存分に芝居が出来なくなって久しい。

 …そんなヒトは、きっと大勢いるのだろう。

 芝居がしたくてたまらない者、歌いたくて堪らない者、演奏したい、書きたい、笑わせたい、踊りたくて堪らない者…恋をしているヒトも、そうかもしれない。
 毎日々々“あくがれまどう”対象に心臓を鷲掴みにされ、いらぬ妄想に悶々としながら過ごす夜は、思わずベッドから跳ね起きて、声を限りに叫びたくなるのだろう。

 そんな“あくがれまどう”モノを夢の中に於いてまで追いかけ安らげず、メラメラと燃えるような想いを握り締め、澄んだ瞳を持って生きている人々がちゃんと想いを遂げて、いつか最高の言葉で世の中の人々から言祝がれる(ことほがれる)ことを願ってやまない。

 “あくがれまどう“モノに出会って(出合って)しまった事が幸せな事なのかどうかは、人生の幕をとじた時にわかることだろうけれど、少なくとも私は、それに情熱を注いで消耗する一方ではなく、まちがいなく何かを得て満ち足りているように思う。

 だからどうか、“あくがれまどう”モノに出会い、湧き出る情熱を持て余している人々に出会ったなら、祝福の言葉をかけてあげて欲しい。それがどんなにか、彼ら彼女らのココロの糧になるかしれないのだから。そうしてアナタがかけた言葉によって、辛い事柄が、指の間から砂が零れ落ちるように消えてゆくのだから。

 “あくがれまどう”のも、そんなに、悪いものではないのだ。

2005年10月31日

第三十回『理想』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 「連載三十回ですね」という事を言われて、節目である事に気づきましたが、それでもやっぱり、いつもどおりのハナシで恐縮であります。

 昔から“「理想」の芝居”って何だろう、とフト思うことがある。しかしこれを言い出すと複雑な事になってしまう。そもそも芝居に決まりが無いのでそういう事になるのだろう。―余談だが、芝居を観て「あんなのは芝居じゃない」というような事を言う人の気が知れない。芝居に枠をはめる事自体、大間違いだと思えるからだ…

 だからとりあえず、私にとっての「理想」は…、というハナシになるのだが、“「やってみたい」芝居”なら簡単なのに、「理想」となるとやっぱりちょっと、難しい。そこで例えて考えてみることにした。

 “「理想」の恋人”ってどんなヒトなのだろう。

 飛躍しているかもしれない。しかし今のところ、“とても大切”で“強く興味があって止まない“という点で遜色ないほど似通っているので、これでしばらく考えてみた。

 誠実で知的で人並みの顔で、ユーモアがあって、タバコとギャンブルはしなくて、叙事的であり叙情的であって、なるべく人を傷つけないヒトで、対等の立場でモノやコトを話してくれて…と、条件は尽きない。なんという欲深さだろう。

 それでもよくよく考えてみると、こんなヒトはワタシの周りに沢山いるのだ。そりゃそうだ、レベルに違いはあれど、無意識にそういう友達を選んでいるのだから。
 大勢そんな素敵な友達がいる中で、それでもご縁があっていざ付き合ってみると、「ここはいいのだけど、これがもう少しコウだといいなあ」などと、新たな欲が生まれてくる。ジブンの事は棚に上げて、本当に限(キリ)が無い。

 アイテが、ジブンが今までに付き合ったことの無い、ニュータイプであったとしてもそれは同じ事だろう。

 ということは、だ。実は付き合ってしまった時点で既に、そのヒトは“「理想」の恋人”ではなくなっているのではないだろうか。
 これは困った、おちおち付き合えない。

 突き詰めて考えると、“「理想」の恋人”というのは言い換えれば、“「まだ見ぬ」恋人”なのかもしれない。

 しかしこれは、付き合いが長くなって生まれたジブンの「セコさ」からくるものだから、解消の余地がある。求めすぎるのをやめればいいだけのハナシだし、縁があれば、気に入らないところがあったとしても、何故か結ばれてしまうものなのだろう。

 …危うく芝居のコトを忘れるところだった。

 とどのつまり、上の考え方からいくと私にとっての“「理想」の芝居”は、“「まだ観ぬ」芝居”ということになる。だからこそ、常に新しい事をやってみようという気になるのだろう。

 それが「理想」でなくなってしまうとしても、“「まだ観ぬ」芝居”に常に出会っていきたいと、強く感じて止まない。そしてそれが、我々を次のステージへといざなうのであろう。

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