2007年09月25日

第百五十九回「俳人meets紙芝居」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 というわけで、前回も書いたように高円寺の公園で紙芝居をやってきた。

 いわゆる吟行というやつで、たとえばよくあるのは神社仏閣・景勝地に行ってそこで出来た句を句会に提出するのだが、お誘いいただいた句会では、普通の吟行では行かないようなところへいったり、普通やらないような企画を毎回しているようで、前回は「かったくり」釣り(いわゆる釣竿をつかわず、糸を直接手で持って釣る)を体験したのだそうだ。

 で、今回は紙芝居。それも公園でやる。観客は句会参加者だけではなく、基本的には誰でもOKとなる。

 最寄駅に集合して、ゾロゾロと公園へ。ちょうど保育園の園児たちが遊んでいた。

 「これから紙芝居をやるからよかったらご覧ください♪」

 と声をかけたら前列に元気な園児たち(年長さん)が集まってくれた。このくらいの年齢のお子様をこれだけの数前にするのは久々だったので非常に楽しかったのだが、最初にやったクイズも次にやった「黄金バット」も、ちょっと難しかったかもしれない(黄金バット悪者みたい〜としきりにいっていたw)。

 「黄金バット」の後でお昼を食べに園児たちが帰っていってから、もうひとつ「少年放浪記」をやった。これは肉筆紙芝居(原画)なので、そのあたりの説明もしつつやったのである。こちらも上演は久々で、でも青空(当日は暑いくらいだった)の下、なかなかよい気分でやることができた。

 昼食をはさんでいよいよ句会。ボクは初体験で、一応大体の流れは話には聞いていたものの、ドキドキものだった。一人五句提出。もちろん、今日の紙芝居以外の句でもよいのだが、やはり出された句は紙芝居のことを読んだ句が多かった。ボク自身は、自分が上演した、ということもあるがなかなか紙芝居自体を詠むことが出来ずに、見ているお客さんの姿や、紙芝居のおともに用意された水アメのこと、上演後に子供たちに太鼓を叩いてもらったときのことなどを詠んだ。

 参加者全員が句を出すと、選句をする。ビギナーズラックで、ボクの句は五句中四句選んでいただいた。

 他の方の句を読んでいて改めて認識したのは「運命やいかに」といういわゆるお決まりのセリフである。「続きは明日のお楽しみ」というのはもう飽きるくらい色んなところでいっているわけだが、「運命やいかに」は続き物のラストで必ずいっているはずなのに、上演中以外は「紙芝居」に関連した言葉として頭に浮かんでこない。

 でもそれを改めて俳句の中で拾い上げてもらうと、とても新鮮な驚きがあった。

 そうそう、オレこんなこといってるなあ。

 そんな風に思ったのだ。今更すぎるほど今更なのだが。

 でも実はとても重要な「気付き」だったのではないか、と句会の興奮冷めやらぬ今、思っていたりするのである。

 ……

 さて、三年間にわたりダラダラ駄文で毎週お目汚しをしてきたこのコラムも今回が最後であります。毎週毎週締め切りギリギリでスタッフの方にはご迷惑をおかけしました。この間、インターネットラジオやったりテレビや雑誌に取り上げてもらったり、色んなことがありました。これからも色んなことがあるでしょう。

 もし今後、直接お会いするようなことがあったら小声で「コラム読んでました」といってください。どんなに偉そうな顔でふんぞりかえっていてもたちまち赤面してうつむいてしまうでしょうw

 本当に長い間、ありがとうございました。

 最後も、この言葉でしめたいと思います。

 つづきは明日のお楽しみ!

2007年09月18日

第百五十八回「俳句と紙芝居」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 実は数年前からネットで俳句をやっている。

 俳句というと、何となく年配の方の趣味みたいな印象しかなかったのだが、これがやりはじめてみるとなかなか面白い。何より、身の回りのモノをじっくり観察するようになって、これだけ世界が豊饒なのだ、ということがわかったことが大きい(ちょっと大げさな言い方だが)。

 俳句は、身の回りのものをじっくり観察しなければ出来ない。

 たとえば自宅から駅までの道端に季節ごとにどんな花が咲いているか?(ま、それ以前に、この道端に咲いている花は一体なんという名前を持っているのか、それすらボクは知らなかったので、そういう「知らない」ことを発見する驚きがあるのだけれど)川をゆうゆうと泳ぐ大きな鯉や、その鯉とときどき争う(?)鴨。夕暮れ時になると折れ線グラフ顔負けの不思議な飛び方をするコウモリやさまざまな季節の風や雨や雲の名前。

 「季語」という、長い歴史の中で磨かれた道具を使って、身の回りの景色を切り取る。それがボクの理解している俳句だ。

 ただ、通常俳句をやる、というと結社(まあ演劇関係の用語に無理矢理翻訳すると劇団、ということになりますか)に入って、句会(これも翻訳すると公演、ですかね)に参加しなければいけないのだが、インターネットでの句会というのも最近(というか、かなり前から)は結構盛んなのである。結社の運営しているネット句会もあるが、超結社というか、そもそも結社なんか関係ない、というスタンスのものもある。

 そんなわけで、地味に俳句を詠んでいたのだが、本当はリアル句会に参加したいと思っていたのだ。ただ、なかなか足を踏み出すことは出来なかった。できればまるで知らない人ばかりの中に入っていく、というより、せめてネットででも顔見知り(?)の人がいる句会があればなあ、と思っていたのだ。

 それが、ひょんなことから今週末、都内で句会に参加することになった。

 それも、「句会de紙芝居」である!

 野外でボクの紙芝居を見て句を詠み、自分達も簡単な絵を描いて作ってみる。実演してみる。そんな内容の句会なのだ。ネット句会の句友たちも多く参加されるとのことで、まあ初対面なのだけれどなんとかこの人見知りなボクでも楽しくやれそうだ。

 俳句は大人の真剣な遊びだ。そんな場で、紙芝居をやれるというのも、幸せなことだと思う。実はボクが紙芝居屋をしていることを知っていた句会の幹事さん(ネット句会の句友でもある)が企画してくれたのだ。

 さあ、何をやろうか、今からワクワクしている。

 つづきは明日のお楽しみ!

2007年09月11日

第百五十七回「カフェde落語」

yamasiro
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 ちょっと前の回に書いた地元でやるイベントが、いよいよ近づいてきた。またぞろ告知コラムになってしまうが、ご容赦願いたい。

 地元で企画した寄席イベント。知り合いが去年からはじめたカフェで行う「寄席」。お客様の8割近くが「女性」で、店内には可愛い雑貨や地元のアーティストの作品が展示されているそんな空間でお笑いをやるとは、まるでミスマッチな感じであるが、そこが一つの狙いでもある。

「カフェde寄席」
2007年9月30日(日)午後5時30分開場・午後6時開演
相模大野・naruco café
木戸銭・1000円(1ドリンクつき)
出演・桜美林大学落語研究部・海猫ボーイズ(漫才)・バターとチーズ(漫才)・逆襲亭ゴジラ(落語紙芝居)・廣島屋

 文化果つる地、とは口が裂けてもいわないが、それでもなかなか都内のように音楽・演劇・お笑いなどのイベントが開かれている状況ではないこの町で、こういうイベントが出来ることは、企画者であるボク自身にとってとても意味のあることだ。そして、このような企画にはとても偉大な先達がいるのだ。

 相模大野の焼肉屋「八起」での「八起寄席」である。都内でもなかなか実現できない「四派競演」という形での上演はお店での寄席と近くのホールでの公演もあわせて四百五十回以上という大変な数字である。(といっても、ボクは近くに住んでいながらまだ一度も見に行ったことがないのだが^^;)

 奇しくも30日の「カフェde寄席」の翌日が「八起寄席」第459回。これはぜひ伺わねば、と思っているのである。

 つづきは明日のお楽しみ!

「naruco café」
http://www.narucocafe.com/
「海猫ボーイズ」
http://members.goo.ne.jp/home/uminekoboys/
「バターとチーズ」
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=Butter_to_Cheese
「逆襲亭ゴジラ」
http://blog.goo.ne.jp/matuiteigojira/
「八起」
http://www.yakiniku-yaoki.com/


2007年09月04日

第百五十六回「さしえショー」

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廣島屋でキュ!廣島屋

 最近ではテレビやラジオよりもネットのニュースで世の中の流れを知るようになっているのだが、先日紙芝居屋として非常に気になるニュースに出会った。

「さしえショー」というサービスを紹介するニュースだ。

「さしえショー」とは、「ネット上で入力した文章に自動で画像をつけ、紙芝居のように再生する」サービスだという。入力された文章を解析して、関連する画像をネット上から探し出し、いわゆるスライドショーのように表示するのだという。

 当然ネット上で拾ってくる画像だから統一性があるわけでもなく、だからこそ文章を作った方としては(そしておそらくそれを見る側も)その意外性に驚くのだという。

 まさにネット時代の「電気紙芝居」ではないか!

 そう思ったボクは、すぐに「さしえショー」のサイトに行ってみた。ネットのニュースに取り上げられたことでアクセスが殺到したのか、かなり重かったが、一応「人気のさしえショー」何本かを見てみた。

 ……

 ちょっと期待しすぎたのかもしれない。仕組みとしては面白いのだが、やはり「文章」の出来に触れ幅がありすぎるようだ。いかに画像と文章のミスマッチがシュールな面白さを演出するといっても、あまりにも内容のない文章では面白くもなんともない。

 ご存知でない方は試しにサイトをのぞいてみてほしい。

 つづきは明日のお楽しみ!

「さしえショー」
http://sashie.jp/sashieshow/index.jsp

2007年08月28日

第百五十五回「終演後に役者に会うということ」

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 2月8月、興行界は不振だというのは割とよくいわれる話である。特に8月は、夏休みにお盆もあって、日本全国帰省の民族大移動がある中で、一方で観光地へは大挙して人が訪れるわけで、この時期の集客は本当に大変だと思う。

 さて、そんな夏休みの時期に二本の舞台に行ってきた。どちらも知り合いが出ているが、一方はその劇団自体に(その作品に)非常に惹かれるものがあり何度か足を運んでいる。かたやもう一方は、初めて見るところだ。

 で、どちらも終演後、足早に劇場を後にした。「知り合い」にも会わず。

「知り合い」という時の濃淡は当然あって、お互い名前と顔が一致する程度から毎週のように酒を飲む仲まで、さまざまあるわけであるが、一応なんらかのご縁で連絡なんぞを取り合ったり時候の挨拶をしたりする仲で、公演案内などをいただいた場合、予定が合えば極力行くことにしている。舞台に限らず、音楽系のライブでもお笑いのイベントでも、大きな劇場でも小さなライブハウスでも、問題は自分のスケジュールが許すかどうか(あ、それと経済的な問題があるけれどw)である。

 で、音楽やお笑いのライブのときは別として、芝居を見に行った場合、ボクは終演後すぐに脱兎のごとく出口に向かう。そうして知り合いに会わないようにして、帰りの電車の中でメールをするようにしている。

 苦手なのだ。今の今まで舞台上でそのモノガタリの中懸命に演じていた人と「素」の状態で挨拶を交わす、ということが。

 それは逆もそうで、自分が出ているときは少なくとも終演後すぐに自分のお客さんと会いたくない。「折角見に来てくれたんだから、直接会ってお礼をいうべきだ」という正論は重々承知の上だ。

 ボクがもっと若くて演劇経験のない役者だったら、おそらく周りからはそんな態度をとっていることに対してかなり攻撃(説教?忠告?)されるかもしれない。が、長生きはするもので、そんな失礼な行動も長年やり続けることによって「あの人はそういう人だ」という認識を持ってもらえるのである(ま、その時点で人間の評価としては終わっている、という見方もできるかもしれないがw)。

 周りには芝居を見に行ったら終演後はもちろん役者と挨拶を交わし、あまつさえ一緒に飲みに行ったり打ち上げに参加したりする人が多いこともよく知っているし、それが次の自分の活動につながることも理窟としてはわかっているのだが、それがボクにはどうしても出来ない(こんなことを書くと、終演後役者に挨拶をする人や飲みに行く人を暗に非難しているようだが、まるで逆なのである。ただ、それが出来ないヤツもいるのだ、というだけの話である)。また、そんな損得の話ではなく、直接芝居の感想をいう機会として、終演後のロビーや飲み屋というのは格好の場所であるだろう。だが、ボクには出来ない。よいにしろ悪いにしろ、頭の中がまとまらない、というのもあるが、メールでも当たり障りのないことしか書けなかったりする。だから、単純に頭脳の問題だと思う(といって、評論家気取りで単なる感想をいわれるのも、いわれる方としては迷惑なだけだろうが)。

 そんなわけで、以前一緒にイベントに参加した弾き語りの若者から歌の感想をしつこく聞かれて困ったことのあるボクとしては、ライブや芝居が終わった後いかにスムースに帰路につくか、というのは重要な問題なのである。

 つづきは明日のお楽しみ!

2007年08月21日

第百五十四回「見世物稼業」

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「見世物稼業 安田里美一代記」は、つい先日読み終えた聞き書き本のタイトルである。

 人間ポンプとして全国を巡業、テレビでもその芸を披露した安田里美さんの語る大正・昭和の芸能史でもあるこの本は、ボクたちの世代でかろうじて生で見た記憶を持つ「見世物小屋」に携わる人々の興味深い話が満載で、一読巻おくことあたわずというべき大変面白い本である。

 見世物小屋……

 地方のお祭り、神社の縁日などで仮設舞台を作り、入り口で賑やかに口上を述べてお客を呼び込む。舞台の上で繰り広げられるのは、奇術や芝居や因果物の見世物(クモ娘、カニ男などなど、それには仕掛けがあるもののほかに、先天的な体の部分の欠落・変形などをネタにしているものもあった)、気合術(腕に針を通したり、目にボタンをいれてそれに紐をつけ、バケツを回したり)、そうして人間ポンプ(碁石を呑んでお客さんのいうとおりの色を出したり、金魚を飲んで糸の先につけた針で吊り上げたり、ガソリンを飲んで火を吹いたり)などなど。犬や猿を使った芝居もあったそうだ。

 そのほかにも、タカマチ(縁日)に立つ同じような仮設舞台にはサーカスやお化け屋敷、ノゾキカラクリなどもあった。安田さんはそんな出し物にも参加したことがあるという。

 こういう見世物芸には以前から興味があったのだが、今回この本を読んでびっくりしたのは、入り口で行う呼び込みの重要性だ。お客さんが多いとき少ないときによって、小屋の中で演じている演者と入り口の呼び込み役が呼吸を合わせてお客さんの入れ替えを調整したりするのだという。

 特に呼び込みのタンカ(口上)は、著者が安田さんの語るそのままを文字に落としているのだが、それを読んだだけで頭の中に浮かぶのだ、朗々と切々と飄々と口上を述べ仮設舞台の入り口付近に集まる人々を誘う安田さんの姿が。(それはたぶん、著者である鵜飼正樹さんと安田さんの絶妙な距離感が文章の端々から感じられて、魅力的な本になっているのだと思うのだけれど、それはまた別の話なのでここでは詳しく触れない)

 全国に沢山あったこうした興行団体は、今では一つくらいしかないそうだ。東京では靖国神社や花園神社などのお祭で見ることができる。

 平成の今の時代に、大正・昭和の見世物小屋をそのまま復活させることができるとは思っていないが、劣悪な舞台の下、間近に迫るお客さんの厳しい(そして冷たい)目に鍛えられたその芸能は、今の時代にこそ必要なものではないか、ボクは思う。

 つづきは明日のお楽しみ!

2007年08月14日

第百五十三回「ちしゃ医者」

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 新作落語紙芝居「ちしゃ医者」が完成した。先日の「犬の目」に続いて、短い間に二本も新作を作ったことになって、正直そのことに一番驚いている(自分で作っておいて驚いていたら世話はないのだが)。

 「ちしゃ医者」はもうずいぶん前に故・桂枝雀さんの高座で聞いた噺である。藪だけれど人のいいお医者さんが主人公で、夜中に隣村の老人が危篤状態になり、急遽駕籠をあつらえて出かけるのだが、その途中で老人が亡くなったという連絡が入り、駕籠の先棒を担いでもらっていた隣村の使いの人間も行ってしまい、仕方なく先生と助手が空の駕籠を担いで帰るのだが、どうにも間の悪いことが重なったあげく、ついには……という噺で、枝雀さん独特のジェスチャーを交えた楽しい高座だった。

 ちなみに、「ちしゃ」とは、日本レタスとも呼ばれる野菜で、サラダやハンバーガーでお馴染みの玉レタス(いわゆるレタス)とは違うものだ。

 さて、この「ちしゃ医者」だが、原画が出来上がった段階で一度さらっと流してやってみた。もちろん、細かい部分は上演台本通りではないが、それでも今までの2作とは違って台本にない部分の知識がより必要だということを痛感した。

 たとえば、藪医者よりもランクの低い医者を「雀医者」と呼んでいるのだが、それは「雀は藪を目指す」から、という意味合いでそういっているらしいのだ。が、そのこと自体は特に噺の中で説明はない。また、「お手水屋」という職業(といっても、農家の人の副業)が出てくる。これはわかりやすくいうと、「し尿処理業者」ということだが、現代の業者と違って集めた糞尿を肥料に使うのである。そうしてそのお礼に、育った野菜を持ってくることもあるそうだ。

 そういう、「知っていたらより物語を楽しめる知識」というのは、積極的に調べて噺の流れを壊さない程度に入れていった方がよい、と思っている。もちろんそれは「ちしゃ医者」だけではない。「後生うなぎ」では、仏教用語としての「後生」の意味や、江戸前の「うなぎ」についての知識だとか、「犬の目」では手術シーンがあるから「麻酔」のことなど、直接噺に関係するとか、それがないと困る(噺がわからない)ことではないが、背景として(少なくとも)演者は知っておいた方がよいことは、いくらでもあるのだ。

 そうして、「第3回紙芝居を肴に飲む日」もいよいよ今月25日(土)に迫ってきた。落語紙芝居だけのイベントというのは初めてなので、非常に緊張しているのである。

 つづきは明日のお楽しみ!

2007年08月07日

第百五十二回「納涼落語会」

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 先日、地元の大学の落語研究会が主催する納涼落語会に行ってきた。

 実は秋にやはり地元のカフェで寄席イベントをやろうと思っていて、近所であるその大学の落研に声をかけさせてもらったのだ。都内にはカフェで落語をやるところもあるにはあるのだが、普通は寄席以外ではなかなか生の落語に触れることもない。落語がブームという話は聞かないでもないが、それはどこか遠い国のニュースのようで、今ひとつピンとこない。

 だからいっそのこと、自分でやってしまえ!というのが今回の企画の始まりであった。

 といっても、落語家さんに個人的な知り合いはいないし、何よりもろもろ経費をまかなうべき後ろ盾もない状態で、それでも「寄席的」なモノをやるためにはどうすればよいか、ない知恵を絞って考えた結果が「学生落語を巻き込めないか」というアイディアだった。

 学生落語といっても、現在第一線で活躍している噺家で大学の落研出身の人も結構いるようだし、どうしても「学生ナントカ」という呼称にはどこか一段下に見る気配(ニュアンス)があるものだが、若いころから「落語」という演芸に興味を持ってその上演じてしまうという人々がいるという事実は非常に素晴らしいことだと思う。

 納涼落語会は、今年の新入生三人を含めて六人がそれぞれ10分ていどの噺をやり、その他コントも一本、だいたい全部で一時間半くらいだった。意外と、というと失礼だが予想以上にちゃんとした語りっぷりにちょっと驚いた。

 今回のイベントは、地元でやるところに意義があって、なおかつできれば長く続けたいので、そのためのつながりも地道に作っておきたい。最初はそんな思惑もあった。でも、見終わって正直なところ、そんな自分の思惑はどうでもよくなった。とにかく面白いことが出来ればそれでいいのだ。続くか続かないかは、はっきりいえば内容とはまた別の問題で、それだからこそ面白くないモノなら続けてやる必要はない。そんな考えに変わってきたのである。

 寄席には、学生さんの他に、知り合いの芸人さんにも声をかけていて、ボクも落語紙芝居をやるつもりでいる。いつもは女性客多めで、ゆったりと過ごせるカフェで、どんな面白いことが出来るか、またまたワクワクしつつ企画を練る今日このごろである。

 つづきは明日のお楽しみ!

2007年07月31日

第百五十一回「犬の目」

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 すでに以前のコラムでも書いたけれど、来月末に新宿で落語紙芝居をやることになって、そのため新作が最低二本は必要となった。共演はこのコラムでも紹介したマツイ亭ゴジラさん。

 落語紙芝居のネタで今ボクの手元にあるのは「後生うなぎ」だけで、あとは何となく頭で考えているだけだったので、締め切りが決まってやっと尻に火がついたわけである。

 慌てて落語のネタを集めたサイトからいくつか候補を選んだ。

「元犬」、「ふたなり」、「犬の目」、「お血脈」、「死ぬなら今」、「半分垢」、「ちしゃ医者」

 で、その中から、

 「割と絵にしやすい」
 「落ちがわかりやすい」

 この2つのポイントから「犬の目」と「ちしゃ医者」に絞り込んだ。特に「落ちがわかりやすい」というのは大切で、あんまりにも地口に寄り過ぎると絵がうまくいかせない。理想的には「後生うなぎ」のようにある行為で落ちればいい(それだとその行為を絵にすればよいから)のだが、そんなに都合のよい噺はそうそうはない。

 そうして、内容的にもそうだが、何よりこの2つの噺は実際に聞いたことがあるという点も重要だった。

 まあ、どうせこのボクがやることであるので(笑)、ネタの完全コピーなど望むべくもない。ただ、テキストになったものを読むだけよりは実際に演じられているところを見ておいた方が自分がやる時にやりやすいのである。

 さて、噺が決まったので、早速作成にかかり、まずは「犬の目」が完成した。かなりシュールな噺で、もともとの落ちだとバレ噺(いわゆる下ネタ)なのだが、そこはサイトにあった別のサゲに変更した。

 イベントだけでなく、ラーメン博物館でもやりやすいように。

 というか、もうすでに一度やってみたのだが、なかなか反応がよろしく、ひとまず胸を撫で下ろしているところである。そうして引き続き「ちしゃ医者」の作成にかかっている。これもまた、完成したらまずラーメン博物館でネタおろしをやりたいと思っている。

 つづきは明日のお楽しみ!

2007年07月24日

第百五十回「蛇蝎姫と慙愧丸・感想」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 先日浅草・木馬亭で見た「蛇蝎姫と慙愧丸」の感想を書く。

 木馬亭のキャパは130人ということで、舞台もそれなりの大きさになる。前々回のコラムで書いたように、イベント第1部・森下さんの「黄金バット」上演のさい、紙芝居の大きさは通常のB4サイズではなくA3だった(なぜそういいきるかというと、黄金バットの前におたのしみクイズをやっていて、その絵は一回り小さかったからだ)。つまり広い会場版だったようなのだ。

 が、短時間で終わる「黄金バット」はそれでいいとしても、300枚以上ある「蛇蝎姫と慙愧丸」はそうはいかない。数年前四谷で見た「猫三味線」の上演のときと同じように、演者の横にある紙芝居をカメラで撮影しそれをプロジェクターで大画面に映す、という方法で対応していた。そして「猫三味線」と違うのは、舞台上手に音楽担当の榊原光裕さんがいて、物語の進行にあわせてシンセやギターなどを使って効果を出していたことだ。

 演者である神田陽司さんは、すでに仙台でも上演を行っているせいか、かなりこなれた様子で、休憩をはさんでたっぷり2時間語りつくしていた。素早く絵を引き抜いたり、じっくり語ったり、絵に(そして物語に)ツッコミをいれつつ、その緩急自在さは、やはり神田一門異色の講談師だけある。

 ただ、やはり本職の紙芝居屋でないということもあって、たとえば絵を半分だけ引き抜くだとか、そういう細かいテクニックが見れなかったことは残念であるが、これは通常の街頭紙芝居の上演にはない「まとめて上演」という方式には使いづらい技術なのかもしれない。

 そして、物語の方であるが。

「Dウィルス」というギミックを使い、舞台をあくまで仙台にこだわった(物語の発端も仙台・伊達藩、終盤のDウィルスによる大殺戮も仙台市内)展開も、無意味に広げすぎずにすっきりしてよかったと思う。といって、考え抜かれ隙間のないギチギチの物語ではなく、それなりに突っ込みどころのあるゆるい作りになっているところも面白い。

 できればこの新世紀紙芝居を、間近で、街頭でやっていたのとほぼ同じ状況でぜひ見てみたいと思うのだが……。

 続きは明日のお楽しみ!

2007年07月17日

第百四十九回「紙コント」

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 アナログエンターテイメントを堪能した後は、同じく木馬亭で「浅草夏笑い」というイベントに参加してきた。四萬六千日ことほおずき市の日に、通常は浪曲・講談をメインにして昼〜夕方に開いている木馬亭を夜、若手お笑い17組が占拠するお笑いイベントである。

 前にもこのコラムで書いたように、共演するお笑いの人々のことをほとんど知らなかったボクであるが、コントや漫才、モノマネや一人芝居など、さまざまなスタイルの芸人さんが集まっていて、自分の出番以外は客席で普通にお客さんとして楽しませてもらった。

 といっても、開場から開演してしばらくの間は、客寄せとして入り口そばに自転車を置き、紙芝居舞台を載せて「黄金バット」をやったりしていたわけであるが。初日は人の流れはそこそこあったわりに食いつきが悪かったのであるが、二日目はかなり反応もよく、2回もやったりした(だけれど、中に入ってくれたわけではなかったので、半分成功という感じ)。

 さて、芸人さんの中には、エンタの神様やオンエアバトルに出演していたり、M−1やR−1で結構いいところまで行った人もいた。らしい。

 その中で、二日目に出演された「紙コント」のウメさん(R−1ファイナリスト)のネタが、ちょっと衝撃的だった。スケッチブックに連続する絵が描いてあって、それを割りとスピーディにめくりながら物語(コント)を作っていく、という芸風なんであるが、びっくりしたのは、同じ絵にまるで違うセリフをつけて、まるで違うシチュエーションのコントにして、そういう作業を何度も繰り返して(つまり畳み掛けるようにして)笑いに結び付けていたところだ。

 確かに、ボクも紙芝居をやるときに、裏書とはまるで違うことをいったりするけれど、ここまで徹底してやったことはない。盲点、というか、本当に意表をつかれて声を上げて笑ってしまった。

 散々笑ってから、まだまだ、色々な手があるのだなあ、と当たり前なことをしみじみ考えたのである。今回割りと大きな舞台でやったことで、またぞろ「絵」の大きさのことなども考えないといけない、と思い始めたことでもあるし、本気を出して紙芝居の枠をはみ出すことも検討していかないといけないのではないか、とそんなことも脳裏をよぎったりもしている。

 ま、そんなことを考えながら、仲見世名物あげまんじゅうをぱくついていたりもしていたのだけれど。

 というわけで、続きは明日のお楽しみ!

2007年07月10日

第百四十八回「アナログエンターテイメント 新・紙芝居創世記」

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 さて、七夕の夜、ついに21世紀紙芝居「蛇蝎姫と慙愧丸」を見てきた!

 今回のイベントは大きく2部構成になっている。前半は、演芸としての紙芝居の祖先のひとつとも考えられる「のぞきからくり」と「江戸写し絵」、そうして街頭紙芝居師・森下正雄さんによる「黄金バット」の上演である。

 後半の、全300枚を越える原画をもとに講談師・神田陽司さんが口演する「蛇蝎姫と慙愧丸」については、次回以降にしたいと思う。今回は、前半について話してみたい。

 まずは、今回のイベントの主催である、浅草雑技団によるのぞきからくり「八百屋お七」。からくり屋台とからくり絵を元に、口上人がバチで複雑なリズムを作りながら、物語を語っていく。男女二人の演者が上演していた。のぞきからくり、ということで、本来はからくり屋台下部ののぞき穴からのぞくとそこから語りに合わせて色々な絵が見えるのであるが、何しろ会場は満員札止めで、のぞくことはできなかった。

 リズムに合わせた語り物、というと説教節とかに通じるものがあるのだろう。

 今回使われたからくり屋台は、新潟県巻町(現在は新潟市)に現存する屋台と責め絵で有名な伊藤晴雨の仕掛け図を参考に浅草雑技団が1987年に制作したものだそうだ。

 続いて、劇団みんわ座による「江戸写し絵」。最初に代表の方が舞台に上がって、ざっとマジックランタン(幻灯機)の歴史や現況などに触れ、早速写し絵「だるま夜話」が上演された。木で作られた軽い幻灯機(風呂、というらしい)に種板をさしこみ、それを4、5人の演者が一人ひとつずつ持って、大きなスクリーンの裏であちこち動き回りながら、スクリーン前の演者の語りに合わせて物語を進めていく。

 これが実は、今回のイベントで一番の驚きだった。以前世田谷のイベントでご一緒した江戸紋きり型影絵のときと同じで、思わず声が出てしまうほどの面白い出し物だった。お話は、掛け軸のだるまが抜け出して、花火大会を見に行く途中、腹が減ったので夜鳴きソバを食べる。が、お金を持っていないのでソバ屋の亭主に追っかけられて、慌てて掛け軸の中に戻ったのだが……という短いものだ。一瞬でだるまに手足がはえたり、積み上げられたソバがどんどんなくなっていったり、花火が夜空に広がったり。それが、驚くべきことにカラーで繰り広げられるのだ!日本のアニメは、本当は最初からカラーだったのだ!

 そう、まさに「江戸写し絵」はアニメの祖先でもあるのだ。

 ちなみに、劇団みんわ座では、毎年一回東京芸術劇場で一般向けの公演をやっているという。今年はもう終わってしまったそうだが、来年は何とか見に行きたいものである。

 そうして前半最後は、森下正雄さんの「黄金バット」。「怪獣篇」と「怪タンクあらわる」。ここで初めて知ったのだが、この二つの黄金バットの話は、加太こうじさんが森下さんのために描いたシリーズであったらしい。喉頭ガンのために今は喋ることができない森下さんだが、四国での実演を見たファンの人がその内容をテープに録音していて、森下さんに届けてくれた、そのテープを使って、まるでその場で語っているかのような臨場感の中、太鼓や鉦が叩かれ、黄金バットと怪獣、怪タンクの闘いが始まる。

 さすがに会場の広さもあって、黄金バットの絵の大きさはA3だった。それでも客席の後ろの方だとあまり絵自体を詳しく見ることはできないだろう。ボクは自分がその翌々日この舞台に立つことを想像しながら、見ていた。

 そんなわけで、第1部だけでお腹いっぱいになったボクであるが、この後の第2部でもまたたっぷりと紙芝居の世界を堪能することが出来たのである。

 その話は、また今度。

 劇団みんわ座
 http://www.t3.rim.or.jp/~minwaza

 というわけで、続きは明日のお楽しみ!

2007年07月03日

第百四十七回「果たして木馬亭の舞台に自転車はあがるのか?」

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 季節感がまるでない今日このごろであるが、7月9日10日は浅草でほうずき市が開かれる。浅草寺にこの日お参りすると4万6千日お参りしたのと同じご利益があるとされるそうだ。東京に来たてのころ、物珍しくて都内をウロウロしたときに、ほうずき市も見に行った記憶がある。浅草の思い出というと、クレージーキャッツの映画のオールナイト(五本立て)を見に行ったこととほうずき市、それからぐっと最近の話になって花やしきで似顔絵の営業をやったことくらいだろうか。

 さて、そのほうずき市の日に、ボクは浅草の演芸のメッカ・木馬亭で行われるイベントに出ることになった。「浅草夏笑い」と題して、両日ともに15組近い芸人・パフォーマーが参加するお笑いイベントである。

 ボクもお笑いライブには何度か出ているし、知り合いがお笑いをやっているのでそのライブを見に行ったこともある。だから、いわゆるテレビに出ていない芸人さん(自称、も含めて)がどれだけ気の遠くなるような数いるのか、それは大体わかっているつもりだ。

 が、今回共演する芸人さんのラインナップを見て、びっくりした。

 ほとんど聞いたことのない芸人さんばかりだったのだ。(そんなことをいえば向こうだってボクのことなど知らないだろう、だからお互い様なわけだが)ただ、ネット全盛(という文言もすでに死語になりつつあるのだろうか)の昨今、ほとんどの芸人さんを検索することができて、そのブログやHPで人となりが少しわかった。

 といっても、実際の舞台を見たわけではないのでなんともいえないのであるが。

 そうして、そんなまだ見ぬ共演者の中、ボクは木馬亭の舞台に自転車で上がりたいと思っているのである。当初は八王子のときと同じようにレンタサイクルを借りるつもりだったのだが、木馬亭にある自転車をお借りできそうで、となると後は舞台に上げられるかどうかなのだが、その問題は今のところまだはっきりしていない状況である。

 客寄せとして、入り口でさわりだけやるという手もある、と今回のライブに誘っていただいた方からアイディアもいただいていて、結構それについては本気になってもいるのだが。(続きは中で……とやって、実際には舞台では別の話をやる、というかなり羊頭狗肉な、というか姑息なことも考えているw)

 まあそれはともかくとして、暑い夏は笑い飛ばして過ごすのが一番であり、来ていただいたお客様に思い切り笑って帰ってもらえるようにがんばりたいと思っている今日このごろである。

 オフィス7F(イベントの主催団体)「オフィス7F彙報」
 http://yamaton.hp.infoseek.co.jp/

 というわけで、続きは明日のお楽しみ!

2007年06月26日

第百四十六回「キャンドルナイト2007」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 先日のイベント「キャンドルナイト2007」は、「でんきを消してスローな夜を。」という言葉を掲げて同時多発的にさまざまな場所で開催されるイベントのようで、ボクが参加させてもらったIID世田谷ものづくり学校以外でもさまざまな形で実施されたものであるらしい。

 IID世田谷ものづくり学校でのイベントは、朗読会やライブ、常設のカフェでもキャンドルのあかりのみで営業、と話を聞いただけでドキドキしてくるようなステキな企画が盛りだくさんだった。

 参加料は500円で、これは一人ひとりに渡されるオリジナルキャンドル代も含んでいるという破格のもので、基本的に予約制、ボクは今になって知ったのだが、開催前に予約分は終了していたらしい(限定300名)。

 昨年のイベントの状況から、お客さんはいろんな会場を回遊している場合が多いようで、実際紙芝居をやっているときも人の出入りが(それほど気にはならないが)少しあった。ただ、ほぼやっている間中満席状態だった(立ち見の人もいた)ので、ランタンと人の熱でちょっと暑かったのが気になったくらいだ。

 そうして、このイベントでボクがご一緒させていただいたのは、江戸紋きり型の本を出版された下中さんという方だった。江戸紋きり型とは、もともとは家紋の切り絵型だったらしいが、遊びごころ満点の江戸の人の手にかかって色々な図案が編み出されて、おまけにそれを影絵として遊ぶくらいに発達したいわゆる「芸」であるらしい。

 特に面白かったのは、棒の先のキツネの影絵が、ほんの少し棒を回すと女の人の姿に変わるものだ。これは見ている人から大きな歓声があがるくらいシンプルだが素晴らしいものだった。初期紙芝居の立ち絵の影絵バージョンともいえる(もちろん、紋きり型の方が歴史的に古いのではあるが)。

 また、イベントが終わって片づけをしているときに、その影絵のお手伝いをされていた方から、「昭和のくらし博物館」というこれまた興味深い施設の話を聞いた。古民家をそのまま生かしたという博物館の建物だけでもおそらく(いや、絶対に)見る価値はあるだろう。その方は、以前深川の図書館で肉筆紙芝居を借りてそこで上演させてもらったこともあるとか。
 
 深川の図書館に肉筆紙芝居がある(らしい)ということもそうだが、昭和のくらし博物館でそういうイベントも出来る、ということも驚くべき情報だった。

 この出会いはとてもよいものだった。IID世田谷ものづくり学校のスタッフの方々は、下北沢でのライブを見てオファーをいただいたのであるし、そのARTISTはもともと知り合いが出演していた縁でお世話になるようになったのだ。そのほかにも、本当にいろいろな方々と出会うことでボクの活動範囲はどんどん広がっている。思えば本当によい出会いをしてきている、とわれながら思う(ただ、それを生かしきれていない自分が歯がゆいのではあるが)。

 とりあえず近々にうちに、昭和のくらし博物館に行ってこようと思っているのである。

 そんでまたこのコラムでご報告したい、と思う。

 IID世田谷ものづくり学校
 http://www.r-school.net/cld/

 というわけで、続きは明日のお楽しみ!

2007年06月19日

第百四十五回「境界線上の……」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 このコラムでは何度か書いているが(そうしてそのたびにあっちへ振れこっちへよろめいたりしているが)、表現者としての自分の立ち位置については、いまだに悩んでいるのが正直なところである。芸人なのか、パフォーマーなのか。街頭紙芝居屋なのか、「紙芝居をやってくれるオジサン」なのか。役者なのか朗読者なのか。あくまでも肉筆紙芝居にこだわるのか、印刷紙芝居、あるいはオリジナルの紙芝居も含めて演じていくのか。

 それはつまり、「誰に向けて紙芝居をやるのか」ということに尽きると思う。

 そうして、それはボクの場合、「すべての人」というとてつもない広がりを持つ対象になってしまうのだ。われながら怖いもの知らず、という感じであるが。

 そう。子供から大人まで、そうしてできれば国籍も超えた人々に、数枚の絵の描いてある紙を元に物語を語る(そうして体で表現する)、そんな紙芝居をやりたいと思っているのだ。ただ、あくまでも出自は街頭紙芝居という誇り(や、実際に街頭紙芝居で稼いでいないボクがいうのはおかしいけれど)を忘れずに。

 つまりそれはどういうことかというと、見せたい対象にこちらから歩み寄るというより、強引にでも何でも、こちら側に引っ張り込みたいのである。巻き込みたい、といってもいい。

 あー、理想が高い、というか、かなり無理な(そうしてある意味失礼な)願いだということは重々承知である。

 それでも、ボクのやりたいことというのは、つまりはそういう方向なのだ、と最近特に思うのだ。それまでは、とにかく「自分が面白いことがやりたい」という小学生レベルのことしか頭にはなかったのだけれど。

 先日の八王子でのイベントで、自転車でやるということにかなり自信がもてたので、今後はできるだけ自転車に紙芝居舞台をのっけてやっていきたいと思っているし、オリジナルもどんどん作っていきたい。それと同時に、肉筆紙芝居も新たな作品を制作していきたいと思っているのだ。

 さて、今月は新たな展開として、キャンドルの灯りの元、紙芝居をすることになった。6月22日(金)、世田谷のIID世田谷ものづくり学校の「キャンドルナイト2007」というイベントで紙芝居を上演する。共演は、公園での紙芝居定期上演やイベントにも積極的に参加しているユーダイ座さん。以前からお名前だけは聞いていて、今年ご自宅にお邪魔した街頭紙芝居屋の永田さんのお話にも出てきた紙芝居屋さんだ。

 彼のHPを見ると、やはりその目指すところは微妙にボクとは違うのであるが、ボクにはない「熱さ」(そう、本当にボクには熱さがないのだw)があって、これまた刺激を受けまくりなのである。

 IID世田谷ものづくり学校「キャンドルナイト2007」
 http://www.r-school.net/cld/

 ユーダイ座さんのHP
 「紙芝居屋さんがはじまるよ〜!」
 http://kamisibai.at.infoseek.co.jp/

 続きは明日のお楽しみ!

2007年06月12日

第百四十四回「矢印はいろんな方向に向いていた方がよい」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 一応東京のはずれに住んでいるので、都内へはよく出かけるのだが、今まで新宿へは何度も行ったことはあっても新宿のゴールデン街へは一度も行ったことがなかった。知り合いが手伝っているお店もあって、いつかは……と考えていた。しかし、外で飲むこともすっかり億劫になってしまった。去年いった唐組のテント芝居はゴールデン街に隣接する花園神社だったわけだが、そこから足を伸ばすことはなかった。

 ただ、田舎のサブカル小僧としては「ゴールデン街」という響きには特別な感慨を抱いているのは確かである。作家や役者やその他有象無象の輩が夜毎飲みながら激論を交わす、そんな魑魅魍魎の聖地が、ボクのイメージするゴールデン街だった。

 そのゴールデン街に、先日初めて足を踏み入れた。

 まさに踏み入れた、という感じである。ゴールデン街にあるバー「流民」というお店で、「紙芝居を肴に飲む日」というイベントがあったのだ。残念ながら、仕事の関係で到着がギリギリになってしまい、ゆっくりあたりを散策(調査?)する余裕もなくお店に直行してしまったのだが。

「紙芝居を肴に飲む日」というのは、マツイ亭ゴジラさんという落語紙芝居を上演されている方の企画で、月に一度、落語紙芝居を3席ほどやるというイベントである。今月から正式に月いちでやることになったらしい。

 お店は、カウンターのみで約10席くらいだろうか、そのカウンターの奥に台を置いて、紙芝居の木枠をセッティングして、上演するのだった。マツイ亭ゴジラさんはカウンター内でお客さんのお酒を作りながら、時間になると出てきて紙芝居をやる。

 演目は「猫の皿」「千両みかん」「芝浜」の3席。

 絵の大きさはA4で、着色はされていない。絵柄は滝田ゆうという漫画家さんの絵を真似ているそうで、これが江戸時代の話によく合う。裏書はかなり忠実に落語を再現した文章が書いてあって、基本的にそれを読みながら、という形である。

 ゆったりとしたテンポで語られる落語紙芝居は、想像していたものとちょっと違った。もっと街頭紙芝居寄りなのかな、と思っていたのだが、これはかなり落語寄りの芸能だと思った。ゴジラさんによると、対象にする客層も「大人の、落語なんかが好きで寄席に行ったりする人」を想定しているらしい。

 テンポ的なことをいうと、「エシバイ」のエモリさんに似ているが、方向性はかなり違う。それはボクが理想とする紙芝居とも違う。だから逆に、とても刺激を受けたし、面白いと思った。

 もちろん、紙芝居といいながら絵に着色されていないのはちょっと残念だったし、長い噺だとダレ場がどうしても出てきてしまうといったところなど、気付いた点はあるが、同じく落語を元にした紙芝居をやっている者としては、非常に参考になるところも多々あった。

 そうして、なんと終演後にゴジラさんとお話をしていて、「紙芝居を肴に飲む日」に参加することになった。そのためには、今ある「後生うなぎ」以外に、最低2本は新作落語紙芝居を作らねばならず、気軽に引き受けたものの、ちょっとだけ後悔しているところである(上演すること自体を後悔している、というより、新作を期限内に作らねばならない、ということに、である)。まあ、一応候補のネタは4つくらい目星をつけたのがあるので、これから構成を考えようと思っているのだが。

「紙芝居を肴に飲む」ことは別として、ゴールデン街という場所にはまた行ってみたいと思っているところである。

マツイ亭ゴジラさんのブログ
「逆襲亭ゴジラ発信「おとなのためのゴジラ的落語紙芝居研究」のココロ」
http://blog.goo.ne.jp/matuiteigojira/

続きは明日のお楽しみ!

2007年06月05日

第百四十三回「蛇蝎姫と慙愧丸」

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廣島屋でキュ!廣島屋

 このコラムがアップされるときには、新宿ゴールデン街での紙芝居をすでに見ていると思うが、その話については次回書きたいと思う。

 今回は、平成のこの時代に新しく生まれた肉筆紙芝居「蛇蝎姫と慙愧丸」の上演イベントについて。

 杜の都、仙台を舞台に「猫三味線」上演会など、街頭紙芝居を再生・再評価する精力的な活動をおこなっている「みちのく芸能大学」主宰のすずき佳子さんを中心とした「慙愧丸プロジェクト」による21世紙芝居「蛇蝎姫と慙愧丸」は、原作・脚本をアニメ「ぼのぼの」の監督でもあるクマガイコウキさんが、画を三邑会の作品でも御馴染みの(雑誌「大阪人」の紙芝居特集にもインタビューが掲載されていた)佐渡正士良さんが担当している。佐渡さんは街頭紙芝居全盛期を支えていた、今年で96歳になる現役最後の紙芝居画家だ。

 慙愧丸プロジェクトの公式ホームページを見ると、予告編も見ることができる。

 語りを担当するのは講談師・神田陽司さん。古典のほかにも意欲的な新作も上演している方であり、実は以前舞台の仕事でご一緒したことがある(そのときのボクは一裏方だったので、親しくお話させていただいた、というわけではないが)。

 この「蛇蝎姫と慙愧丸」がなんと7月に浅草・木馬亭で上演されるのだ。それも、「蛇蝎姫と慙愧丸」だけではない、「声をなくした紙芝居屋」こと森下正雄さんの「黄金バット」の口演や、紙芝居の先行芸でもある「のぞきからくり」「写し絵」の上演もあるというではないか!

 街頭紙芝居の裔を勝手に名乗る身として、これを見ずして紙芝居屋を名乗ることはできないだろう。大げさなようだが、そういう気持ちで早速チケットを予約したところである。

 ただ、作品としての街頭紙芝居を復活させるべく製作された「蛇蝎姫と慙愧丸」であるが、一点「講談師の方による上演」ということに引っかかる部分がないではない。浅草の公演では、音楽や照明などかつての街頭ではできなかったことも存分に出来るのだろうが、ぜひいつかはこういう作品を「街頭」で「街頭紙芝居屋」による上演をおこなってほしいものである。

 とにかく、ここのところ紙芝居関係で目が離せないニュースが多い。大阪で元ホームレスのグループが紙芝居をやっていて、今度イギリスで上演する、という話をネットで知った。これについてはまた後日、詳細をこのコラムで紹介できれば、と思う。

 「蛇蝎姫と慙愧丸」公式ホームページ
 http://www.officekoki.com/zankimaru/zanki_index.html

 続きは明日のお楽しみ!

2007年05月29日

第百四十二回「バージョン2.0?」

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廣島屋でキュ!廣島屋

三代目紙芝居舞台の話をまた。

八王子の野外イベントで、初めて自転車に新しく作った紙芝居舞台を載せてみたのだ。下北沢のライブでやったときの反省から、少しは木枠の自立を助けるために補助金具なんぞを(いつものように)やっつけで装着、これでボクの予想では特に問題もなく快適に紙芝居ができるはずだった。

が、モノゴトはそうそう簡単にうまくは回ってくれない。

まず、自転車での移動。確かに折り畳みテーブルや木枠や紙芝居をガラガラひきずりながらよりは快適であったわけであるが、地面の凹凸からくる衝撃を紙芝居舞台が割りとしっかり受けてしまい、自転車の荷台にもっとキチンと固定しないといけない、と反省。これは紙芝居舞台の大きさと荷台の大きさに関係してくる問題で、あと、紙芝居舞台自体の重さ(中はからっぽで、ほとんどモノは入っていなかった)も少しは必要なのだということがわかった。

あとは、木枠と下の箱をつなぐそのやり方を少し甘く考えていたので、衝撃を受けたときに木枠の重みで自立補助のためにつけた金具が曲がってしまい、ほとんど役に立たなくなった。いっそのこと完全に固定してしまおうかとも思ったのだが、金具をもう少し強いものに替えて二日目望んでみたところ、舗装された道路であれば特に問題もなかったので、とりあえずこれで行くことにした。

それから、木枠の裏側があまりにもスカスカになっているので、時々紙芝居の紙が後ろで抜けてしまいそうになった。これは裏に板をつければすぐに解決するからそれほど深刻な問題でもない。

さて、では、よかった点というと。

移動の快適さは当然として、見た目ですぐに「紙芝居屋」だとわかってもらえるのが一番ありがたかった。ただ自転車をついて歩いているだけで

「あ、紙芝居屋さんだ!」

 と、何度も声をかけられた。それも、年配の方だけでなく、家族連れ、お子様などなど、幅広い年齢層の人々に、である。

「どこでやるんですか?」

と聞かれてその場ではじめたこともあった。去年青梅のお祭りで上演する場所を探すのに苦労していたことを考えると信じられないことだが、やはりこの「自転車+紙芝居舞台」というアイテムは強力なのだ、ということを痛感したことである。

ただ、最初に触れたように、改善点は多い。これから時間を見て少しずつでも改良していきたいと思っている。

技術も、道具も、バージョンアップは永遠の課題なのである。

続きは明日のお楽しみ!

2007年05月22日

第百四十一回「三代目紙芝居舞台はじめました」

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廣島屋でキュ!廣島屋

(第百三十五回のコラムの続き)

 さて、ようやく三代目の紙芝居舞台が出来上がった。

 正確にいうと、まだ最後のツメが残っているのであるが、ほぼ9割方出来上がったといってもいいだろう。折りたたみ式のプラスチックケースにすっぽりとはまる木枠と、その上に自立する紙芝居舞台。これをそのまま自転車の荷台に載せれば、まんま街頭紙芝居屋である。

 思えばここまで来るのに、何年かかったろう。

 や、実をいえば「ここ」まで来るとは、最初は思っていなかったわけであるが。

 最初に作ったダンボール製の紙芝居舞台、2代目の木枠の紙芝居舞台はともにテーブル(あるいはイーゼル)に載せる形だったわけであるが、この方法で一番困る(時間がかかる)のは移動とセッティングである。

 今回はその点を解消するために、固定の台にも、自転車の荷台にも対応できるような造りにしてみたわけである。移動も出来るし、自転車が入れない(室内で、土足禁止だとか)ところでもほとんど変わらない状態で出来る。

 ま、遠方の会場では外であっても(ボクが車の免許を持っていないせいで)自転車を持っていけないので、テーブルにせざるを得ない、とか、問題が完全になくなったわけではないが(移動は前よりちょっとだけ大変になったw)、自転車は現場で借りる、という手もある。

 あとは、現場をこなすこと(実際に紙芝居舞台を使うこと)で改善すべき点を見つけていきたいと思っている。

 先日の下北沢でのライブが初お披露目となったのだが、今のところ、紙芝居を差し込む木枠は台となる木枠(これを折りたたみケースの上にはめこむ)にくっつけているわけでないので、その辺の安定性にちょっと問題がある(支障をきたすほどではないが)と思われる。

 あとは、自転車に載せてどんな感じなのか、そのあたりを確かめてみたいと思っている。

 今週末は野外イベントである。そのイベントでの反応を見て、以前から考えていたことをそろそろ(いい加減そろそろw)実行に移したいと考えているのだが。また、来月は初めての場所(都内)でのイベントが控えており(詳細は後日)、例の「バーで紙芝居」は来月頭に延期になってしまったのでまだ未見であり、その翌月には浅草で紙芝居のイベントがあるのでそれを見に行こう、などと考えていたりもする。オリジナルの原作に現役の紙芝居絵師の方が担当した作品を講談師が語る、という考えただけでワクワクする企画である。これについても、後ほど詳しく♪

 そんなわけで、続きは明日のお楽しみ!

2007年05月15日

第百四十回「軍神の母」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 昨年ネットオークションで入手した戦時中の印刷紙芝居「軍神の母」をようやく上演することができた。実は手に入れたといっても完全版ではなく、前半のみのものだったし、絵柄も物語も地味ではあるし、これをどうやったものか、ちょっとよいアイディアが思い浮かばなかったので、何となく部屋の隅に置いておいたまま、日にちばかりが過ぎていってしまったのだ。

 タイトルにある「軍神」とは、この物語の場合正しくは「九軍神」のことである。第2次世界大戦での日本軍による真珠湾攻撃の際、特殊潜航艇に乗船して命を落とした9人の軍人の功績をたたえ、彼らは「軍神」と称されるようになった。

 紙芝居「軍神の母」は、その九軍神のうちの一人「上田定兵曹長(死んでから2階級位があがったので兵曹長)」の生い立ちを描いたものである。

 広島の農家に生まれた定少年は、成績優秀なために教師から中学校へあがるよう薦められる。父親は働き手としての彼の力をあてにしていたのだが、母親は自分がその分働くので上の学校へやらせたい、といい、定少年は中学校でも学業に精を出すこととなった。母親は文句もいわず、朝から晩まで働くのだった。そうして、中学卒業を迎えた定少年は、「今までウチの中学から軍人になった人間はいない。ボクはぜひお国のために海軍にすすみたい」と両親に手紙で訴えるのだ。

 困惑する父親に、「あの子は今まで間違ったことはひとつもしていません。だから、今回もあの子のやりたいようにやらせてあげたい」と母は力強くいう。定少年は、晴れて呉の海兵団に入ることとなる。

 ボクがオークションで落札したのは、ほぼここまでの話である。

 先日、急に思い立ってこれを上演してみた。上演前に、簡単にこの紙芝居の内容(印刷紙芝居であり、軍事美談であること)に触れて、あとは自分の好きなようにオカズ(アドリブ)を入れてみた。

 すると、意外と普通に出来たのだ。前半しかないことも、まるで「続き物」の紙芝居のようなヒキのテクニックが使えて逆によかった。また、地味だと思っていた絵も、これはこれでなかなか味わい深いらしく、お客さんの反応も意外にあった。

 ボクはコレクターではないので、折角落札した紙芝居はすべて、内容にかかわらず、上演したいと思っている(もともと上演したいから落札して自分のものにしているのだが)。その意味では、今まで一度も出来なかった「軍神の母」を何とか上演できたことは、とても嬉しいし、以前一度だけやって(ボクの中では)玉砕した「肥料の施し方」にも、また挑戦したいと思っているのである。

 続きは明日のお楽しみ!

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