2006年12月26日

第百二十回「二○○六年総括」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 今年も今回で最後のコラムになる。といっても、来週の火曜日つまり1月2日には「あけましておめでとうございます」と2007年の第一回目を迎えるわけだが。

 偶然だが、前回ふれた「デジタル紙芝居」というコラムが今年の第一回目だった。それについての続報(?)を今年のラス前に書いたわけである。気が長いのか単純に忙しさにかまけて忘れていたのか、そのあたりの事情はいったんどこかへ置いておいて、今年一年をちょっとだけ振り返ってみたい。

 今年前半は、ネットラジオを再びやりはじめたり(現在新たな収録は休止中)、体験学習ということで中学生の前で紙芝居をやったり、ほぼ毎月下北沢でライブをやったり、今までの延長線上の活動が多かったように思う。

 今までとは違ったのは後半である。街頭での仕事がそれだ。特に八王子は、今後につながる形でやることができたのが大きい。また、借りたものとはいえ、青梅では自転車に紙芝居舞台を積んだ状態で上演することができた。ラーメン博物館以外では初、である。いろいろな意味で非常に勉強になった。

 そうして、これは紙芝居ではないが、朗読のイベントをやったこと。内容的にはまだまだ満足できるものではなかったが、ここで感じたのは「人と人のつながり」である。ボクのわがままなお願いを快く聞いてくれた出演者の皆さん、そして長時間狭い空間で最後まで朗読を聞いてくれたお客様には、これからもずっと頭が上がらない。

 来年は、特に今年後半の活動を受けて、また新たな展開に入ることになると思う。自主企画イベントも春に考えているし、1月そうそう、また今までとは違ったことをやらかそうと密かに画策中なんである。確定次第、このコラムのネタにしようと思っているが、さて、どうなることやら。

 などと暢気にそんなことをいっている今は、実は年内に仕上げないといけない新作紙芝居にひいこらいっているんである。あまり笑い事でないのがなんともはや。

 そんなわけで、相変わらず時間に追われているのか追っているのかわからないけれど、来年もよろしくお願いしたいと切に思っているのであります。

 よいお年を!

 そして……

 続きは明日のお楽しみ!

2006年12月19日

第百十九回「デジタル紙芝居やっと上演」

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 第六十九回で書いた「じーじのデジタル紙芝居」、やっと人前で上演することができた。あの、「丹下左膳」の話である。

 先日、知り合いの結婚パーティがあり、その会場で出席者全員が一人一芸を見せる、というコーナーがあって、そのラストにボクが紙芝居をやることになったのだ。一応、事前に頼まれはしたのだが、当日直前まで、何をやればいいのかわからなかった。いつもの出たとこ任せ、になるかな……などと考えていたのだが。

 出かける準備をするときに、ふと思いついて「じーじのデジタル紙芝居」なら、一式持っていってもそれほど大変な荷物にもならないし、出席者のほとんどがボクの普段の紙芝居を一度以上見たことがあるから、この「丹下左膳」なら初めてだしいいかも……と思ったのだ。

 パーティはなごやかな、そして笑いの絶えない素敵な宴になった。紙芝居は、初見で、なおかつ付属の紙芝居舞台を使わず両手で抱えた状態で細長い会場のテーブルの端から端までちゃんと見ることができるように左右に振りながらやってみた。細かい内容をキチンと把握していないという状況の中(ま、身内だからできたことですね)、それでもあの独特の「絵」の迫力で何とか盛り上がったまま終えることができた。

 物語は八代将軍吉宗のころの話であり、そこで無理やり日光東照宮のお作事奉行の大役を担わされてしまった柳生家と、その柳生家の秘宝こけ猿の壷を狙う丹下左膳の暗闘を描いている。「暴れん坊将軍」で有名な吉宗が、ここではどちらかというと風呂場で背中まで流す愚庵という腹心にいいように操られる暗愚の殿様のような描かれ方をしているのが、ちょっと意外である。

 本来、この「デジタル紙芝居」をネットオークションで落札したのは、「丹下左膳」の絵を他の場所で上演できるように自分なりに手を入れて使うつもりだったのだが、今回実際のサイズ(実は本来の大きさよりは小さいのだ)でやってみて、これはこれで充分面白いことに気がついた。少人数の前でやるときや、映像などに残す際、このサイズでも問題はないだろう。これは嬉しい誤算だった。

 ま、それはそれとして、「丹下左膳」はホームグランドのラーメン博物館でも来年には上演してみたい、と思っているのだが。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年12月12日

第百十八回「大道芸とはなんだろうか」

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 ネット上で使える百科事典サイト「ウィキペディア」で「大道芸」を検索すると、

「路上で演じられる演芸、もしくは路上での芸一般を指す語。広義では、路上で芸を演じればすべて大道芸と呼べる。狭義では、路上において不特定多数の観客に対し芸を演じ、投げ銭を取る事で生計を立てる芸を指す。」

と出てくる。

広義にとればストリートミュージシャンも大道芸に入るが、普通後者の「路上において不特定多数の観客に対し芸を演じ、投げ銭を取る事で生計を立てる」ことをいわゆる大道芸と考えた方がよいと思う。

 では、紙芝居屋は大道芸人だろうか?

 かつて都内に数千人いるともいわれた街頭紙芝居屋は、大道芸人といえるだろう。しかし、今現在、紙芝居を演じている人が即大道芸人とはいえないのではないか。いや、少なくともこのボクは大道芸人だろうか? と自問しつつなかなか答えが出てこないのだ。

 ボクの中の「大道芸」に対するイメージがあって、それはたとえばジャグリングであったりマジックであったり、何かしらカラダ(=技術)を使って魅せる芸である。先月青梅でご一緒した江戸曲独楽の方など、まさに「大道」で披露するにたる(なんて偉そうにいえた義理ではないが)「芸」だと思う。

 そうして自分が今やっている紙芝居という語りの芸が、果たして大道芸なのか、先月今月と路上での紙芝居営業が続いたこともあって改めて考え込んだりしているわけである(柄にもなく)。

 ただ、大道芸には一方でタンカ売(フーテンの寅さんみたいに)という呼称で知られる「小気味よい口上で商品を売る」芸も含まれるという。バナナの叩き売り、唐辛子、ガマの油売り(これはナマで見たけれど、面白い!)などなど、今では縁日で見ることもなかなかできない芸能群である。

 そんな芸能の中に、「ロクマ」というものがある。手相人相見のことで、漢字では「六魔」と書いたりする。つまりは街頭占い師なのだが、なぜこれが大道芸かというと、今駅前なんかで寂しくかつ妖しく座って迷える人々を招くあの占い師のように一人ずつ占う、というわけではなく、干支や人相、手相についての口上(薀蓄)を滔滔と述べながら採集亭には占いの本を売る芸なのだ。

 ボクは、この「ロクマ」が紙芝居屋に近いのではないか、と最近思っている。

いや、昔の街頭紙芝居屋ではなく、平成の世に街頭で紙芝居をやっているボクのような人間に。「口舌の徒」というか、「口先三寸で世を渡る」というところが(こんなことを書くとロクマの先生たちに失礼だけれど)何となく肌に合うのである。

そうして、そう考えると、何となくもやもやしていたものがスッキリしたりするのである。根本的な問題は先送りにしているので、またぞろこの疑問・不安はわいてくるのだろうが。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年12月05日

第百十七回「あかちゃんのくに」

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 現在一般に流通している紙芝居というのは、昔話であったり童話であったり子供向けのキャラクターものであったりする。たまに復刻版という形で昔の街頭紙芝居が発売されている場合もあるが、だいたい印刷紙芝居=教育紙芝居と考えていいと思う。

 以前にも書いたが、教育紙芝居つまり子供向けだからといって、なかなか侮れない。もちろん大半は本当に子供が読んで楽しいと思うものであって、いい大人が見ると退屈極まりないものかもしれない。

 しかし、そんな退屈な作品群の中に、ときどき大人がビックリするくらいとんでもない作品があるのだ。そうしてそれは、たぶん作り手が意図したなったものではない、いわば「トンデモ」な紙芝居なのである(という風に受け取るのは、こちらにこそ問題があるのかもしれないが、そのへんは深く追求はしないw)。

 タイトルの「あかちゃんのくに」は、最近新しいレパートリーになった印刷紙芝居なのだけれど、これがまさに素晴らしい「トンデモ」紙芝居なのだ。

 お話を簡単にまとめると「雲の上に赤ちゃんの国があって、そこではこれから生まれる赤ちゃんたちが、自分のお母さんのところへロケットで飛んでいく」という風になる。

 これだけでもスゴイ話ではないだろうか?

 しかも、主人公は一人のわがままな赤ちゃん(いや、結構セリフをしゃべるのでもう赤ちゃんとはいえないのかもしれない)とその子のおじさん(おじさん、としか設定がなくて、詳しい関係がわからない)なのである。冒頭で、いきなり二人は高速道路をドライブしている。どこに行くのか、なぜ親と一緒ではないのか、そこには少しも触れていない。

 そうしておじさんの車はロケットエンジンがついていて、空も飛ぶことができる。空を飛んだ二人は、偶然雲の上の赤ちゃんの国にたどりつくのだ。そうしてなぜか主人公の赤ちゃんはお母さんの写真を見せられてロケットに乗るようにいわれるのだが……。

 ここからの展開は実際に話を見てもらった方がいいので書かないが、ちょっと皮肉をきかせたラストといい、子供向けにしておくのがもったいない話である。

 おそらく、ボクのような読み方は邪道なのだろう。しかし、そんなボクの目には、肉筆紙芝居だけではなく、印刷紙芝居の世界もときどき思わぬ宝の山に見えてしまうのである(つくづく因果な性格だと思うがw)。

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2006年11月28日

第百十六回「自転車というアイキャッチ」

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 青梅での野外イベントも無事(二日目に雨が降ったので、無事でもないのだが)終了した。このイベントでは、元大駱駝艦の方が主宰するささらほうさらというグループの金粉ショーなどもあったのだが、残念ながら見ることはできなかった。かろうじて自分の上演の合間に江戸和独楽とジャグラーの方のショーを見ただけだった。

それにしても、事前に裏書は送ってもらっていたとはいえ、実物では一度も練習していない新作「黄金仮面」をほとんどネタおろしのような状態でやることは、まあ今までの経験がなければなかなかできないことだったかもしれない。

 で、その野外イベントでは、自転車と紙芝居舞台をお借りして上演したわけだが、旧青梅街道沿いにずーっと長く広がる会場を自転車で移動しながら痛感したことがある。

「自転車にこれ(紙芝居舞台)乗っけてると目立つなあ!」

 ということだ。道行く人が(年配の方から、お子様まで)通りすがりにボクの姿(正確には自転車に紙芝居舞台を乗せたオジサン)を見かけると反射的に「あ、紙芝居屋さん!」と声をかけてくるのだ。

しかも、実際に街頭紙芝居屋さんを見ていた年代の方ならともかく、小学生や、20代くらいの若い人もそういって紙芝居舞台や大きな太鼓や自転車を見ていくのだ。

 もちろん、自転車だけでは目立つことはないだろう。ごくごく普通の(多少年代物っぽい雰囲気は漂わせているが)自転車なのだから。しかし、荷台に紙芝居舞台を乗せるととたんに「紙芝居屋さんの自転車」になる。それだけ、自転車に紙芝居舞台を乗せた紙芝居屋の姿が、人々の頭の中にインプットされている、ということなのだろう。実際に見ているかどうかにかかわらず。

 そこでボクはこう思った。今後も、可能な場所では可能な限り自転車を使う、という方法をとってみるべきなのかもしれない(自分の自転車を使ったり、遠方の場合はその場で何とか自転車を借りたり)。特に野外の場合、紙芝居舞台だけでも充分道行く人の目を惹くとは思うのだが、そこに自転車が加わればなおその割合が増すのではないか。

 タイトルの「アイキャッチ」というのは、テレビ番組などでCMの前後に映される番組タイトルのクレジットをいうらしいが、「お客様の目を惹く」ということで広告業界でも使われているようだ。

 つまり、紙芝居の話に入る以前の問題として、お客様を集めるための努力ももう少しくらいやったほうがよいのではないか、ということに、あきれかえるほど今更であるが思い至ったわけである。

 で、今新しい紙芝居舞台の作成にとりかかるべく、いらずら描きのような設計図を準備しているところである。

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2006年11月21日

第百十五回「顔面紙芝居」

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 以前ネットオークションで手に入れたDVDをやっと先日見ることができた。「ぼくたちの原風景シリーズVol.1」の「顔面紙芝居」である。

 このコラムで一度ちょっとだけ触れたことがあるが、東京都のヘブンアーティストの認定も受けている後藤ピカさんの上演風景を撮影したものだ。

 井の頭公園にある野外ステージで定期的に公演もやっているようで(以前似顔絵をやりに日曜日の井の頭公園にいったときに、その準備をしているところを拝見したことがあるが、上演までは見ることができなかった)、話だけは聞いていた「顔面紙芝居」の実態(?)を初めて見ることができた。

 見る前は、紙芝居の絵から顔を出すのだから、絵自体が普通のものより大きいのだと思っていたが、それは違った。絵は通常の紙芝居の大きさ(といっても、画像で見た感じだけれど)で、ただ、その絵は三六(90センチ×180センチ)4枚分くらいの大きさの黒幕(パネル)の真ん中にあるのだ。

 そうしてそれだけ大掛かりなものだからピカさんは一人でやっているわけではない。DVDでは息子さんが裏方として音をだしたり紙芝居を抜いたりしていた。

 また、絵から顔を出すだけではなく、紙で作った妖怪のきぐるみをつけてステージ前に登場して、見ている子供たちと絡んだりしていた。また、紙芝居自体にもいろいろな仕掛けがしてあって、人物のおへそがぼーんと飛び出したり、立ち絵紙芝居のように切り抜いた人型が画面前に出てきたり、飽きさせない工夫があった。

 出し物も歌がありオリジナルの黄金バットがあり昔話風のものがあり、HPを見ると持ちネタは300本を超えるという!顔面紙芝居を初めてやったのが平成10年だというからもう8年くらいになるわけで、ステージ数も井の頭公園だけで600回を越しているそうだ。当然、熱心なファンもいる。

 数をこなす、ということは重要なことで、単純に舞台度胸がつくというだけでなく、ナマのお客さんを前にすることで「芸」が鍛えられていく。何も考えずに数だけこなす、ということはよっぽど情熱をもたない人(あるいはそれが嫌いな人)以外は無理な話で、やればやるほどその人の「芸」は磨かれていくのだ。

 そういう意味では、ピカさんは自分で「顔面紙芝居」という新たなジャンルの芸を開発して、それに磨きをかけているといえるだろう。

 最近では、新たな挑戦として「踊る」というネタ(顔に絵をつけて全身をだして演じるものらしい)を作り出している後藤ピカさん。還暦を過ぎてなお精力的に活動をされている、ボクのような街頭紙芝居をやっている者も大いに刺激を受ける存在である。

 後藤ピカさんのHP
http://www18.ocn.ne.jp/~ganmen/index.htm

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2006年11月14日

第百十四回「黄金仮面」

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 いよいよ迫ってきたイベント「第16回青梅宿アートフェスティバル」だが、そこでボクが紙芝居屋として上演する演目の目玉は、オリジナルの紙芝居「黄金仮面」である。

 オリジナルといっても、原作がちゃんとあるもので、それはなんとかの江戸川乱歩の作品なのである。イベント全体のテーマが「黄金仮面の青梅宿」となっていて、「黄金仮面からの挑戦状」や「黄金仮面劇団」とか、前夜祭に江戸川乱歩のお孫さんによる講演などもあるようだ。

 で、紙芝居「黄金仮面」である。原作はご存知名探偵「明智小五郎」と謎の怪人「黄金仮面」の対決を描いている。明智の助手・小林少年も出てくるが、ほかのシリーズのようにあの怪盗二十面相が出てくるわけではない。実は、この黄金仮面の正体がひとつの物語のキモになっていて、まあこれは今の時代だと簡単に許されない仕掛けかもしれない。(詳しくはネタバレになってしまうので、知りたい方は原作本をお読みください)

 紙芝居は前編・後編あわせて24枚という大作だ。これだけ演じても結構な時間になると思うのだが、ほかにクイズや、持ちネタも交えてやってみたいと思っている。あいた時間にはテレビなどでもお馴染みの「映画の手描き看板」もしっかり見てきたいとワクワクしている。(そういえば、今年初めてナマでみた赤テントの芝居の重要な登場人物の一人に、青梅の映画看板描きが出てきたのだった)

 裏書は原作に沿っているわけだが(といってボクは原作をまだ読んでいないのだ)当然省略しているところなどもあるし、主催の方からは「自由にかえてもらってかまいませんから」といわれているが、変えるというよりどこがふくらませられるか、今はそれを考えているところである(あくまでも裏書が基本であることは動かない。というか、それをまったくないものにはできないのだ)。が、いくら前もって考えていても、当日その場に立ってやってみてはじめて発見することが多々あり、そこで大幅修正することもあるのだが(そうしてそれがまた楽しいというか、醍醐味だったりする)。

 こんな感じで本番が来るのを楽しみにしつつ、来月にはすっかりお世話になっている八王子の商店街で紙芝居をやらせていただくことになった。今度は「セロ弾きのゴーシュ」というリクエストで、宮沢賢治の話は「注文の多い料理店」に続いて2作目である。ゴーシュの場合、いろんな動物が出てくるからそのあたりが工夫のしどころかな、などと今は考えている。


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2006年11月07日

第百十三回「アウトプットとインプット」

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 何かを表現する、ということは、自分の中にあるものを外に出すことだと思うのだけれど、汲めど尽きせぬ神秘の泉、などという都合のいいものを自分の中に持っている人、というのはおそらくこの世にそれほどいないと思われる。

 いや、ほとんどいないのではないか(ま、そう思いたいだけなのかもしれないが)。

 オリジナルという幻想にしがみついている人はともかく、表現者としてなんらかのインプットをしていかなければ当然アウトプットもできないはずだ。そうしてそのアウトプットがまた更なるインプットを呼ぶ。それは表現者的永久運動の理想型だと思う。

 何だかのっけから堅い始まりになったが、結局何がいいたいかというと、今月はインプット集中月間なのだ!ということなんである。

 常日頃から情報(だけではないけど)を収集して使えそうなものはその日のうちにでもとりあえず使ってみたりしているボクではあるが、こと映画と舞台については情けないくらい腰が重い。

 特に最近はその傾向が顕著である(われながら、これは本当に情けないことだ)。

 舞台に立つこともある人間として、もちろん日常の人間観察とそれをもとにした深い考察(なんてしたことないけど)も大事であるが、それ以上にほかの舞台や映像作品を見ることは重要な意味を持つ。それが自分のやっていることをほとんど交わらない内容であっても。

 というわけで、中旬に大きなイベントを控えつつも、今月はこのコラムがアップされる時点で、映画3本お笑いイベント1本を見ている。「なんだ大したことないな」と思われるかもしれないが、これだけでもボクにしてみれば大したものなのだ。

 で、今月中に舞台は5本行く予定(うち一本は受付のお手伝いがてら、なのだが)で、映画もあと4本くらい、そうして時間と体力が許せばライブ(こちらは音楽の方)にもせめて一本は行きたいと思っている。映画についていえば実は地元の映画館が来月閉館になるので、急に行きたくなって毎週でも何とか時間をやり繰りして……などと思い立っただけなのであるが。

 仕事のやり繰りをしつつ、なおかつ移動時間なども意外とかかるので、特にこのごろ体力の衰えを痛切に感じている身としては辛いこともあるのだが、それを上回る刺激をいただけたときの喜びといったら、やはり何物にも換えがたいものがある。

 結局、自分でやるのも好きだが、見たり聴いたりするのも好きなのだ。

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2006年10月31日

第百十二回「青梅宿アートフェスティバル」

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 一応紙芝居屋として看板を掲げてはいるものの、別に営業活動のようなものはやっていないので、ただお座敷がかかるのを待つという殿様商売をやっているわけだが、それでもそれなりの年月を閲すると、ありがたいことに「人のつながり」で仕事が舞い込んだりする。

 もうちょっと職業人としての自覚というか、つまりは営業しないといかんだろ、ということはかなり前から思っていて、それでもなかなか腰を上げないでいるという体たらくなのである。

 さて、で、今回もちょっと宣伝。

 来月青梅で開催される「第16回青梅宿アートフェスティバル」http://www.ome-maruhaku.net/omejuku_artfes/で、会場内で自転車に紙芝居を積んで移動しながら紙芝居をやることが決まった。八王子のイベントで紙芝居をやっているところを見た人からお話をいただいたのだ。

 街頭で自転車を使った形で上演するのは初めてなので、とても楽しみである。

 で、そのときにいつも使っている小さな太鼓ではなく、ちょっと大きな太鼓を使ってみようと思って、ラーメン博物館で何度かやってみた。ただ単に太鼓の大きさが変わる、ということよりも、「撥を持つ手が左右反対になる」ということがちょっと問題なので、馴らしておかないとうまくいかないからだ。

 小さな太鼓の場合、紙芝居舞台の前(つまりお客さんに向いた方)に提げるので撥は右手で持つ。そうしてただ太鼓を叩くだけでなく、撥で絵を指しながら語ったりもする。

 大きな太鼓の場合、紙芝居を差し込む枠の裏側に置くので、撥は左手。そうして紙芝居は右手で抜く。何度かこのパターンでやってみると、時々撥を右手に持ち替えたりして(無意識のうちに)右手で絵を指したりしていた。

 今まで何年も右手=撥でやってきたので、これを急に変えるのはなかなか簡単なことではないけれど、いつもやっていることを違うことをやるとちょっと発見もあったりして(それが今後役に立つかどうか別として)また大きな太鼓の腹に響く音に自分で聞きほれたりして(そんなことしてる場合じゃないんだけれどw)、たまにはこういう「いつもと違うことをやる」というのは刺激的でよいなあ、などと思っている。

 イベントは来月中旬。新作の紙芝居(前後編の大長編)の稽古もあり、太鼓問題だけでなく、刺激的な11月になりそうである。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年10月24日

第百十一回「朗読の愉楽」

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 怒涛のような紙芝居6連荘が終了して、十月の大きな山場は20日の朗読のイベントだった。自分が企画者であり、基本的な考えとして「自分が、見て・聴いてみたい人を呼ぶ」「どさくさにまぎれて自分も何かやる」というのがあったわけであるが、演者として人前に立つのはよいとして、裏方もほぼ自分が中心にならねばならず、まあお気楽な人間であるから何とかなるさと思っていたのだが現実はそう甘いものではなかった。

 まあそれでも、平日の夜にもかかわらずお客様は会場にあふれんばかりで、椅子が足りずにとうとう2時間以上立ち見の方や前列で床に座ったままの方までいた。進行上からも、特に前半はバタバタしてしまい(予想以上にお客様に入っていただいたせいで)久々に自分でマイクを持って何をしゃべっているのかわからなくなってしまうという醜態をさらしてしまった。

 ただ、長時間のイベントにもかかわらず、ほとんどのお客様が最後まで帰らずに残ってくださったのは、大変ありがたいことだった。普通の芝居と違い、煩雑に休憩をとったので、つまらなければ即帰ることはできたのだ。

 企画者としての反省はともかく、今回お呼びしたお二方の朗読は、さすがにすばらしいものだった。もともと自分が見たい・聴きたいからお呼びしたお二人だが、結局裏方作業にかかずらわってしまいキチンと見る・聴くことができなかったのは、返す返すも無念である(ま、仕方のないことかもしれませんが)。

 女優でもある川上史津子さんの語る「瓶詰の地獄(原題は「瓶詰地獄」)」は、可憐さと妖艶さ、そうして人間の深層心理の恐ろしさ・不可思議さを余すところなく伝えていて兄妹の運命に心打たれたし、「十月の映画館」の常川博行さんにはその迫力に圧倒された。不気味な、しかし悲しいサダメを持つクリーチャーたちと主人公の息詰まるやりとり、ラスト、主人公が妻にいうセリフの悲しさと美しさは筆舌に尽くしがたい。

 お客さまからは、「またこのようなイベントをやってほしい」というありがたいお言葉をいくつか頂戴した。制作体制の見直しやらなにやら、続けていくためには課題は山積だが、今後も面白くて贅沢な(一夜限りであり、その場に足を運ばないと体験できない)イベントを仕掛けていきたいと思っている。

 そうしてもうひとつ、今回初めて朗読に挑戦してみたのだが、奥深いその世界にはまりそうである。とりあえずお客さまからは全否定されなかったので、早速来月の下北沢でのライブでやってみたいと思っている。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年10月17日

第百十回「反省しきり」

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 先週は水曜日からラーメン博物館、下北沢、八王子といろいろな場所で紙芝居をやったのであるが、またぞろ季節の変わり目を理由に風邪を引いたりして、それをまた理由に新作なぞなぞの準備も怠ったりして、本当にダメだなあ、と反省はするのだが、ほとぼりが冷めるとまた同じ(ような)過ちを犯してしまい、その場でみっともなくアタフタ・ウロウロしてしまう。

 そうしてその場でまた反省する。

 これの繰り返しなのである。もう進歩のかけらもない。

 今回は一年ぶりの八王子のイベントで路上での上演もやったのだが、前回とは違いお客さんの流れを見て場所を選んだものの、はじめるきっかけをすっかりお客さんまかせにしてしまい(いや、そうするならそうするでもっと看板を作るとか見せる工夫をすべきだったのだがそれを怠ったせいで)最初は散々だった。

 つまりわかりやすくいうと、せっかく興味を持ったお客さんの足をとめることがなかなかできなかった、ということだ。

 それでもやりはじめればお客様に囲まれてそれなりににぎやかにやり終えることができてよかったのではあるが、特に路上でやる場合、ただ紙芝居を見せるだけではない、上演する人間自体の見せ方も考えないといけない、とこれは以前このコラムに書いたことを改めて思ったのだった。本当に反省するなら猿でもできる、という(すでに死語であるが)のは名言ですね。

 まあ、反省点ばかりではなくて、新たに仕事になりそうな出会いもあったし、路上でもキチンと語る話(自作の「後生うなぎ」をやってみた)を聞いてくれる、ということもわかったので、あとははじめるタイミングのとりかた、それをサポートするさまざまな工夫を考えれば、少しは前に進めるような気がしているわけではあるのだが。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年10月10日

第百九回「ダイヤのひかり」

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「黄金バット」で有名な加太こうじさんは、戦後印刷紙芝居も作っている。総数でどのくらいなのか、それは調べていないが、中にラーメン博物館でよく上演されている作品がある。

「ダイヤのひかり」というのがそのタイトルだ。

 この作品は、童心社という出版社から出ているもので、昭和61年に出たものだ。3巻セットで3900円。年代的なことを考えても、3話でそのくらいというのは妥当な線だと思う。

 35億円のダイヤを盗んだ怪盗ジゴマが、一人の少女の純粋なココロにほだされて改心する、というお話である。ジゴマは腰に装着した小型のジェットエンジンで空を飛ぶことができる。ダイヤを盗んだジゴマを追うのは、少年探偵バットである。彼も空を飛ぶ車を運転することができる。しかし、第1巻ではなばなしく登場して逃げるジゴマを追う少年探偵バットは、この物語の主人公(ヒーロー)ではない。

 印刷紙芝居には、絵の裏に作者の解説が載っている場合が多く、「ダイヤのひかり」にも作者・加太こうじさんの「「ダイヤのひかり」のための添え書」と題して解説文が掲載されている。

 今回はそれをまんま転載しようと思っていたのだが、あまりにもそれでは手を抜きすぎなので、ボクが特に興味をひかれたところに触れてみたい。

 まずはこの「ダイヤのひかり」という連続冒険空想科学大活劇のヒントである。

 それはゲーテの「ファウスト」だというのだ。正確には「ドイツのファウスト博士の伝説」だという。

 悪のココロが純粋なココロに感化される、という主題。

 そうしてより興味深いのは、この主題を使って「黄金バット」のシリーズも作られたということだ。そのシリーズは「蛇王編」というらしい。一回14枚の話が80日分、総計約1100枚の大作である。黄金バットではこの主題は悲壮で勇ましい物語だったが、「ダイヤのひかり」では同じ主題で「笑劇」(ファルス)になっている。演者が「バカバカしく演じると、効果があがるように台本は作られています。」と加太さんは書いている。

 ある意味壮大なテーマを、子供たちに向けて見せるときの方法論のようなものを、加太さんは書いているのだろう、と思う。見たときにははっきりとはわからないまでも、物語の中に入り込んで記憶にとどめることで、後々理解できる奥深さ。

 最後に、加太さんは書く。

「冗談のなかの真実、ふざけるなかでの真実、バカバカしい話の真実。それは嘘からでたまこと、といえるでしょう。この紙芝居では、楽しげに演じるからこそ、ほんの少しの真実が迫力を持って、見る人、きく人にうったえかけるのだと、私は思っています。」

 たかが紙芝居。演じているボク自身、そう思ってしまうことがたまにあるということを心底恥ずかしく思う今日このごろである。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年10月03日

第百八回「読み聞かせという親戚のオジサン」

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 ラーメン博物館で上演しているネタの中に「くろずみ小太郎旅日記」という紙芝居がある。この作品については、以前このコラムで書いたことがあるのだが、元々は絵本として世に出た作品で、それが紙芝居としても出版されたものだ。

 作者は、飯野和好という絵本作家で、このほかにも多数の絵本を出している人だ。力強いタッチで、色彩豊かな画風、ちょっとズレた笑いも随所にあって、ボクは「くろずみ小太郎」しか知らないのだが(それもシリーズの2本だけ)非常に面白い作家さんである。

 さて、先日のことである。

 テレビを見ていたら、突然「絵本の読み聞かせ」について司会者が話し始め、続いてVTRで股旅姿のオジサンが紙芝居「ねぎぼうずのあさたろう」を読み聞かせているシーンが流れた。オジサンは扮装だけではなくて、三味線を弾きながら浪曲調に読んだり、刀を振って立ち回りのような動きも見せたり、まさに一人芝居のようなパフォーマンスをやっていたのだった。

 な、なんだこれは。

 あっけにとられて見ていると、司会者がそのオジサンを紹介した。「絵本作家の飯野和好さんです!」

 え、本人?

 そうなんである。この飯野和好という人は、自分が描いた「ねぎぼうずのあさたろう」という時代劇調の絵本を見事に演じていたのである。これはすでに読み聞かせを超えたパフォーマンスで、紙芝居と一人芝居を合わせたような感じなんである。

 飯野さんによると、絵本作家というのはだいたい自作の読み聞かせをやる人が多いのだという。そこで、彼も「ねぎぼうずのあさたろう」の読み聞かせをやることになり、どうせやるんだったらと、衣装から小道具から歌から、色々と凝って、今のような形でやっているのだという。

 いやー、これには大変刺激を受けた。嫉妬した、といってもいい。

 何だか、今まであまり意識していなかった親戚(それも母方)のオジサンが実は自分と同じ分野の仕事でかなりな実力を持つ人だ、ということがある日突然わかってしまったような感じである(わかりにくいたとえで申し訳ない)。

 この番組を見て、しばらくやっていない「くろずみ小太郎」をまたやりこもうという気がふつふつとわいてきたのだった。

 では、続きは明日のお楽しみ!

2006年09月26日

第百七回「立喰師列伝」

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 まだまだ流浪のコラムとなっております「続きは明日のお楽しみ!」であります。いや、正確にはコラムが流浪しているのではなくて、コラムを書いている人間が流浪しているわけですが、そういう細かいことはおいといて、とにかく、今回も時間をにらみつつキイボードをカチャカチャ叩いていきたいと思います。

 パソコンが壊れてから、自宅で気軽に情報を集めることができなくなったわけですが、そこにきてちょっと気になっている映画があります。

 それは押井守監督「立喰師列伝」という映画です。

 押井守監督というと、古くは「うる星やつら」から「パトレイバー」、そして近年では「攻殻機動隊」「イノセンス」と、話題作を作ってきた監督です(同時に実写映画も何本か作っています)が、「立喰師列伝」は立喰師という架空の職業人を狂言回しにして、ありえたはずの現代史を描く壮大な物語であります。

 が、これ、普通の映画ではないのです。

 まず、アニメではありません。

 かといって、実写映画、ともいいがたい。

 なぜなら、「スーパーライブメーション」と名づけられたその映像は、実写の人物がまるでアニメのように動いているのです。そうして声はアニメのようにアフレコになっております。

 これはまるで実写版紙芝居映画ではないか……。

 サイトの予告編を見てボクはそう思ったのでした。(ちなみにサイトはこちら→http://www.tachiguishi.com/top2.html

 いや、そのようなことは監督自身がどこかのインタビューで語っていたような記憶もおぼろげながらにあります。まさに電気紙芝居。しかしそれは、当初映画界からテレビ界に投げかけられた侮蔑の言葉ではなかったでしょうか?投げつけられたその呪詛の言葉は、めぐりめぐって(ブーメランのように)映画界に帰ってきたのでしょうか?

 今年6月に公開されたこの映画の評判を、ボクはよく知りません。今月DVDが発売されるようですから、機会があれば(できるだけ早い時期に)しっかり鑑賞して、ここでご報告したいと思っております。

 ではでは、続きは明日のお楽しみ!

2006年09月19日

第百六回「神無月の紙芝居」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 今回もネットカフェからお送りする「続きは明日のお楽しみ!」でありますが、ネットカフェは使用時間によって料金が変わる(当然ですが)ので非常にドキドキしますね。スリリングですね。しかもボクはたいてい、コラムを書くときは(いや、それ以外の文章を書くときも最近は)ワードを立ち上げてから内容を考え考えキィを打っていくので、より時間がかかるし、それ以上に焦るのでした。

 ま、気楽にいきましょう。

 そういえば夏前にいったん収録がお休み状態になったネットラジオですが、秋になって体制を整えて再び収録が始まる、という連絡をいただきました。ビジネスやら趣味やらもろもろ大人の事情が仄見えたりもするのですが、いただいたお話はありがたく頂戴するのがボクの信条なので、引き続きがんばりたいと思います。ちなみに「下北にドットコム」http://www.shimokita2.com/では第12回の放送を聴くことができますので、お暇だったらどうぞ。

 で、早いもので今年もあと3ヶ月と半分。来月はレギュラーの紙芝居(ラーメン博物館・下北沢ARTIST)以外に、イベントがあるので、今回はそのお知らせなども書いてみたいと思います。

 まずは10月14日15日。アートムーチョin八王子http://npo-asc.org/artmucho/。昨年もお世話になったこのイベントに今年も出演いたします。実は春のアートムーチョにもお誘いいただいのですが、こちらは天候不順により中止とあいなりました。長い長い商店街にずらずらと並ぶアート系フリーマーケットの露店。そうして舞台もありまして、ストリートミュージシャンなども演奏、パフォーマンスを繰り広げます。ゆるーいイベントですので、冷やかし半分でおいでください。

 次は紙芝居ではありません。朗読会です。「廣島屋式夜の過ごし方第一夜」http://yaplog.jp/hiroshimaya/として、ボクの初企画イベントを開催します。なかなか濃い内容になりそうです。ボクもコンビで朗読に初挑戦する、という暴挙を敢行します。席数が限られてますので、ご予約はお早めに。

 そのほか、レギュラーの下北沢ARTISTでのライブが10月12日、ラーメン博物館での紙芝居は未定だけれど、来月も貧乏ヒマなしで走り続けることになりそうです。がんばる中年を見たい方は、ぜひ♪

 ではでは、続きは明日のお楽しみ!

2006年09月12日

第百五回「便利なこと・不便なこと」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 ついに自宅のパソコンが動かなくなった。つい数時間ほど前まで元気にネットの情報なんかをボクに教えてくれていたのに、外出(下北沢でのライブ)から帰って電源を入れようとしても、何の反応もない。

 何度も電源スイッチを入れてみるが、ウンともスンともいわない。おおもとのテーブルタップのスイッチも入れたり切ったりしてみる。

 それでもダメ。

 ああ、ついにきたか。ボクは妙に冷静にそう思った。今年の春、一度パソコンの再インストールをしなければならなくなったとき、ボクは非常に落ち込んでしまった。同時にあわてふためいて、でもどんなに慌てても、失われたメールであるとか、バカ正直にPC本体に保存していた画像データとかは帰ってこない。

 いろいろなソフトを再インストールして、自分のHPもリニューアルして、しばらくはビクビクしながらパソコンを立ち上げていた。いつまた動かなくなるか、不安でしかたがなかった。

 それでも、どんな状況にでもヒトというのは慣れてしまうものなのだろう。(ボクは特別順応性が高いのかもしれないけれど)

 すぐにボクは何事もなかったかのようにパソコンに依存していた。一日の大半をパソコンの前で過ごした。

 そこへ、ついにきたのだ。

 とりあえず、緊急にしとかないといけないことは何かな。ボクはただのハコになってしまったパソコンを前でそう考えた。仕事がらみでPCのメールアドレスに連絡をもらっているところへ携帯電話からメールして、あとは時々ネットカフェにいってメールのチェックやネットでの調べ物をしよう。

 不思議に、冷静に対策を考えていた。春先のあの落ち込みは、まるでなかった。(ま、落ち込んでも仕方ないからね)

 そうして今、ボクはネットカフェでこのコラムを書いている。ネットカフェで書くのはこれで2回目だろうか。環境が整っているせいか、自宅でチマチマやっているよりは非常にストレスも感じずによろしいのだが、やはり少しさびしい。それに、印刷はできるにしてもスキャナが使えないのはちょっと痛い。経済的に楽ではないが、近いうちにパソコン(本体だけね)を購入せざるをえないかなあ、などと考えていたりもする。

 ただ、ウチでパソコンを使わなく(使えなく)なってよいこともあった。パソコンの前にいた時間が、ほかのことに使えるようになったのだ。あまりに時間がありすぎて、ちょっと困ってしまうほど。

 ま、そのあまった時間を編み物(最近はじめましたw)に使っているようでは、どうしようもないな、と反省もしているのだが。

 そんなわけで、今回はフツーのコラムになってしまいました。

 次回はがんばります(なにを?)!

 続きは明日のお楽しみ!

2006年09月05日

第百四回「クイズと子供の業」

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廣島屋でキュ!廣島屋

 夏休みも終盤、お盆も過ぎてしばらくすると、ラーメン博物館のにぎわいもようやく少し落ち着いてくる。そうすると、現場が混雑するとなかなか上演が難しい紙芝居にも、状況を見ながらGOサインが出たりする。

 8月の最終日、31日の紙芝居は、「おたのしみクイズ」をメインにすえてやってみた。

 普通の紙芝居(続き物、読みきり物に限らず)をやっているときのお客さん(特に子供ね)の反応も面白いが、クイズのときも面白い。

 これは別に子供だけではないけれど、クイズに正解したら賞品がある、というと俄然目が輝いてくる。カラダでいうと、身を乗り出すような感じ、まさにそれ。で、事前の説明で「わかったらハイ!と手を上げて」と手を上げてみせると、必ず一人か二人、そこで手を上げる子がいる(お約束のようなものである)。

 それから「手を上げたら当てるから、そしたら答えをいってね」といって、早速クイズが始まる(もちろん、手を上げないで答えをいっちゃう子は必ず出てくる)。

 わからないのにとりあえず手を上げる子がいる。これは必ずいる。そんな子はたいてい、当てられても答えられない。そして、ダメでも何度も上げる。

 クイズといっても、紙芝居だから当然絵がついていて、それを答えとしていう子もいる。

 たとえば
 「大きなお屋敷の門から、ケーキがぶら下がっています。このケーキはなんというケーキでしょうか?」
 というクイズで、絵にはわかりやすくショートケーキが描いてあるとすると、それを答えてしまうのだ。

 手を上げている子たちを選ぶのが大変なときもある。なるべく、一度正解して賞品をもらった子には当てないようにしているのだが、それでも「勢い」で当ててしまうときもある。

 あとは、大人。大人も折角参加してくれたのだから、ときにはちゃんと当てる。(当然間違えるときもあって、それも面白い)

 そうして先日は、自分が答えられない(間違えた)からなのか、泣き出してお母さんになだめられてる子がいた。

 はい、その子はちゃんと別の問題で当てて、みごと答えられたました。

 お母さんが答えを教えてたみたいだけど(笑)。

 こんな風に、紙芝居といえど人間性がぎゅーっと凝縮された世界を見ることができるのである。だからやめられないのである。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年08月29日

第百三回「稽古場所」

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廣島屋でキュ!廣島屋

 10月のイベントが近づいてきているので、制作的なことが一段落ついたら自分の出し物の準備もしなければいけない、と今ホンを読んでいるところなのだけれど、紙芝居以外のことをやるのは久々であるので、なかなか刺激的な日々である。

 使えるのも使えないのも、面白そうなのもまるでダメなのも、さまざまなアイディアが浮かんでは消える(や、消えたら困るけれど)。

 で、あるていどネタが出尽くしたら、次は稽古をしなければならない。今回は二人でやる朗読なので、どこか場所を借りてやるつもりである。

 芝居の稽古というと、いわゆる小劇場系の劇団ならば公共の施設を借りるのが普通だろう。最近では「演劇関係」はNGというところもあるようだが。それ以外にも、劇場をもっている劇団が稽古場を貸し出したりもしているようだし、貸スタジオ(音楽用ではなく)も都内にはいくつかあるようだ。そういうところは、設備はちゃんとしてるけれど、なかなか素敵な料金をとられたりする。

 申し込みが間に合わなくて公共施設が借りれなかった場合なんかは、外で稽古をしたりもする。公園だとか、川原だとか、高架下の駐輪場だとか。なるべくヒトがいないときを見計らってやるのだが、それでも見られたりすることはあるもので、それはそれでまた違った緊張感があってよい(かもしれない)。

 あとは少人数だと、カラオケボックスなんかも使える。お笑いの人たちも使ったりするようだ。カラオケボックスのいいところは、時間の融通がきくところである。部屋さえあいていれば、いつでも稽古が出来る。そして大きな音を出しても当然大丈夫。部屋の大きさはどうしようもないが、基本的に動きの少ない朗読などの稽古には向いている、と思う。お店によってはフリードリンクになっているところも、お世辞にもお金を潤沢に持っているわけではないボクのような者には嬉しい限りだ。

 このコラムでも以前書いたが、ボクがラーメン博物館以外の場所で紙芝居をやりはじめたとき、その稽古はカラオケボックスでやったのだった。そのカラオケボックス稽古を、またやることになったのは、何だかちょっと感慨深い。

 そしてちょっと、いやとても楽しみである。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年08月22日

第百二回「ひと月遅れでやっと手に入れた」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 先日、かねてから買おう買おうと思っていた雑誌をやっと購入した。

「ダ・ヴィンチ」という雑誌の増刊で「幽」というのが、その雑誌のタイトルだ。

「本邦唯一の怪談専門誌」というのがコピーであるらしい。すでに5号を数えるらしいが、似たような雑誌「怪」とくらべてもほとんど書店で見かけることのない雑誌である。

 特集が二本あって、第一特集が「猫の怪」、第二特集が「実話と創作のあいだに」となっている。紙芝居屋としてのボクが注目したのは、「猫の怪」特集の中の、ある対談である。

 その対談とは……

 などともったいぶる必要なまるでないわけで、あっさりいってしまえば、このコラムでもまるでストーカーのように「心の師」と呼び続けている紙芝居師・梅田佳声さんと唐沢俊一さんの対談なのである。そうして特集が「猫の怪」なのであるから、当然話題の中心は「猫三味線」なのである。

 そこで語られたのは、「猫三味線」という作品のほかの紙芝居とは大きく異なった「質の高さ」である。そうして、従来の、子供の興味を明日へつなげるための「ひき」のテクニックを無視した「物語性」である。

 確かに、人殺しのシーンや猫娘・お玉のアクションシーンなど、激しい場面もあるのだが、全体的に展開が大人しいのだ。これでよく60回も続けることができたものだ、と思うほどである。

 ただ、そう思うのはボクの間違いで、当時は大変な人気作だったかもしれない。話の展開は地味ではあるが、果たしてお玉の復讐が無事なしとげられるのか、悪逆非道のかぎりをつくした高大之進の運命は……と物語の世界にひきこまれるのは必至であるから。

 この長編「猫三味線」が梅田さんの手に渡ったのは偶然らしい。同じ紙芝居師と作品のバーターをしたんだそうだ。その人が怪談話が苦手でなかったら、現在のように「3時間通し紙芝居・猫三味線」を見ることはできなかったろう。

 また、対談では、この紙芝居の場合、作者の絵かきに対する指示がこまかくされていたこと、おそらく絵の中にセリフが直接書かれるようになったはじめのころの作品であることなど、興味深い話が満載であった。

 また、怪談がやりにくい現代という時代の話もあった。確かに、ボクも怖い話をやることはあるが、どうしてもギャクにしてしまいがちである。

 最後に、「話芸」として紙芝居を次の世代に残していくために、唐沢さんは「先生にはどういうふうに演ずるのかということを、ノートにお残しになってもらわないと」と語る。それは、ボクも読みながら大きくうなずいたところである。

 当然のようにやるたびにアドリブがあって、それがますます作品の魅力を増す原因にもなっているのだから、それを「形」に残すということが難しい作業であることはわかるが、それでも、いや、それだからこそ、ぜひ残して引き継いでいかなければ、とボクは強く思うのである。

(と偉そうにいってはいるが、肝心の「猫三味線」DVDをいまだに入手していないということは大きな声ではいえない)

 続きは明日のお楽しみ!

2006年08月15日

第百一回「ともだち百人

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 久しぶりにラーメン博物館での紙芝居の話。

 アミューズメント施設であるラーメン博物館は、夏休みを迎えて結構混雑している。いつになくお子様多め。それはまあ、当然といえば当然なのであって、ラーメン屋さんはもちろんだが、紙芝居屋も張り切るシーズンなんである。

 何しろ、毎回かなりの数のお客様がいるのだ。アイドルタイム(いわゆる一日のうちで一番ヒマな時間帯ですね)だと、時間になって自転車で登場しても誰もいないときがある。それでも最初はいくら少なくても、やっているうちにヒトが集まってくることが多いのだが。

 それが、夏休みは違う。

 やりがいがあるといえばこれほどあることはないだろう。

 しかし、である。

 それも程度問題ではないか、とおずおずとボクはここで口にしてみたりする。

 それは、まるでいないよりはよい(ありがたい)話ではあるが、いくらなんでも紙芝居を見るのに百人も集まってどうするのだ。

 後ろのお客さんなんか、絶対に絵は見えない。何しろB4くらいの大きさなのだから。声が聞こえるだけだ。その声も、あまりにも距離が離れているとどこまで届いているか、心もとない。

 いや、届く届かない、ということが問題なのではない。届かせるだけでよいのなら思いっきり怒鳴ればよい。だが、ボクは大声コンテストに出ているわけではないのだ。紙芝居を演じているのだ。

 それでも、百人のお客さんを前にするとついつい後ろの方を意識して声を張ってしまう。届いているのか不安になってますますノドに無理をさせる。結果、こないだは風邪が原因でなくノドが枯れてしまった。紙芝居をしてこんな経験は初めてだ。

 紙芝居をするのにともだちは百人もいらない。

 そう思った夏休みの一日である。

 続きは明日のお楽しみ!

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