2006年03月21日

第八十回「中学生日記その2とか」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 個人的には、中学生時代というは暗黒時代なんである。出来れば思い出したくないことがどっさりある。といっても、今のようにイジメだとかなんだとかがあったわけではないし、それなりに楽しい記憶がなかったわけではない。先生にも恵まれたと思う。

 しかし、である。

 何しろ自意識が過剰だった。そうしてその暴れ馬のような自意識を、自分で制御できなかった。これは自分にとっても回りの人間にとっても大変不幸な状況だ、と今は割りと冷静に振り返ることが出来る。

 自分がそうだからといって、他の人間までそうだと思っているわけではないが、大なり小なり肥大しはじめた自意識と格闘するのが中学生時代ではないか、と勝手に結論づけてみたりしてみる。同じ年齢であるはずなのに、クラスに40人いたらその振れ幅は小学生や高校生とはまるで違う、と思う。

 まあ理屈はともかく……先日、福井の中学生の体験学習で紙芝居をやってきたのだった。

 反応は、どうも生徒同士でけん制しあっているような感じで(それはコースが選択性で、同じクラスではないからということもあるかもしれない)、どかんどかん、という笑いではなく、クイズなんかも答えがわかっていても手を上げないとか、そんな静かな体験学習だった。くすくすにやにやする中学生たち。それはそれで可愛らしい。

 ただ、対中学生にはまだまだ手探りの状態であって、今後も機会があれば、ある程度は応用がきく何らかの手法を開発してみたい、と密かに思ってはいるが、さて。

 次の話題。
 
 先週末は都内のギャラリーで朗読を見て(聴いて)きた。キーボードとヴァイオリンの演奏とともに、複数の人間が朗読でもあり芝居でもあるスタイルで2本の作品を演じていた。通常はギャラリーとして使われている場所であり、必ずしも観劇に適していないところがあったり、例えば音楽によって声(マイクを通していなかった)が聴き取り辛いところがあったりして、その辺りは残念だったが、非常に刺激的な夕べだった。

 朗読、というのは実は密かにボクもやりたい、と思っていて、けれど普通のありきたりなやり方でやるのでは意味がないので、その方法(それはつまり、何を読むのか、ということも含めて、だが)を折に触れて考えてはいるのだが、これもまた今のところ光は見えていない。

 しかし、そんなことを色々と考えているのは、ちょっと幸せなんである。

 そうして次回はたぶん、近々入手予定の戦時中の紙芝居の話が書けるのではないか、と思う。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年03月14日

第七十九回「世界は狭くて広い」

yamasiro
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 舞台や映像や、そういう「演じること」全般の現場にいると、直接知らなくても人を介して名前だとか評判を聞いている人と一緒になることがある。いや、直接知らないどころか、まさによく知っている人と突然、予想もしなかった現場で出くわしたりする。あるいは、現場で初めて会った人と色々話をしていると、共通の知り合いの名前がボロボロ出てきたりする。そんなときは、お互いの顔を一瞬見つけてから、ボクたちはほぼ同時にこういう。

 世間は狭い!

 しかしおおむね、この言葉はそれほどよい意味では使われない。ニュアンス的には悪い方向である。といういいかたが日本語としてどうなのか、はおいておいて、「世間は狭い」といった後の微苦笑というか後味が悪い感じというか、そんなちょっと後ろ向きな気分はどこから来るものだろう。

 世間が狭いことは悪いことなのか。

 というか、じゃあ狭くない世間ってどういうものなのか。

 よく考えると、これは別に演劇の世界にだけいえることではないのではないか。ある業界に身をおく人の数は当然限られていて(限られているからこそ「業界」とひとくくりにして呼ぶのだろう)、その人がある一定の地域(たとえば東京だとか)で活動していれば、短期間にその業界の人口が爆発的に増えたりしない限り、どこかで誰かとつながっている人と一緒になったときにその誰かがもともとの知り合いとつながっている可能性はどうしたって大きい。

 もし、言葉の正確な意味で「世間は狭い」というならば、別々の業界(例えば料理人と舞台人とか)がまるで違った場所(たとえば建設現場とか)で出会ったときに、お互い共通の知り合いがいる場合なんかではないのか。本当にそういえるかどうか、ちょっと今のたとえだと自信がないけれど。

 もう20年近く舞台や映像やらの現場(まあ現場の真ん中というより周辺)をウロウロしていたボクは、最近はあまりそういう「世間は狭い」的なオドロキには反応しなくなっている。いや、悔しいから驚かないようにしているのだけかもしれないが、とにかくしみじみ「世間は狭いねえ」なんてことはいわないようにしている。

 などとわざわざここに書いているのは、実は先日、このコラムの木曜日担当砂糖マキさんが座長をつとめる劇団「コスモル」の芝居を見に行ったからだ。普段連絡をするときは偉そうに「ちゃん」づけでいってるのにここで改めて「さん」なんて書くとちょっとなんだけど、とにかく「若手演出家コンクール」の決勝を見に行ったのだ。が、そのことをもってして「世間は狭い!」といいたいのではない。

コスモルという劇団のことは昔から知っているし、彼女がこのコラムを書いていることも当然知っている(というか、彼女が書いているのを知ってから、ここでボクも書かせてもらうようになったのだ)。以前劇団の掲示板に、「お互いコラムのコメント欄でやりとりしたいねえ」などと書いたりしたこともある。

 ただ、若手演出家コンクールの主催に知り合いがいて、また今年1月スタッフとして参加した芝居の出演者にまたその知り合いとつながっている人がいて……などと、ほとんど死角からパンチをくらったような状態に新年早々なったりもしたので、ふと「世間は狭いなあ」などと不覚にも思ってしまったのである。そして見に行ったコスモルの芝居が面白かったので勢いがついてここまで長々と書いてしまったわけである。

 さて……この「狭さ」がいずれは自分にとって有利なこと(あるいは面白いこと)に展開していくのかどうか、あるいは狭い狭いといいつつ、結局は井の中の蛙に終わってしまうのかどうかは、すべて自分次第なのだなあ、と分別臭い結論で珍しく芝居のことについて書いたこの回を終わろうと思う。

 次回はまたぞろ、紙芝居の話に戻るよ。
 
 続きは明日のお楽しみ!

2006年03月07日

第七十八回「中学生日記」

yamasiro
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 縁あって去年暮れ、中学生の前で紙芝居をやった。修学旅行のグループ体験学習、ということらしく、20〜30名くらいの生徒が、ジャグラーの人の芸やボクの紙芝居を見たりしたのだ。学校の体育館だとか近所の市民ホールでやる芸術鑑賞会の非常にスケールの小さなもの、といったら割りと雰囲気がわかるかもしれない。

 いや、まさにそんな雰囲気なんである。

 なんといったらいいのか……「座らされてる」感、「見せられてる」感がかなりかれら全体から漂ってきているんである。まあ、ほとんど個人の意思・嗜好は無視しておこなわれる(授業の一環だからしかたないといえばしかたないけど)芸術鑑賞会と比べて、こちらの体験学習は、いくつかのメニューの中から選ぶらしいのだが、それにしてもそのメニュー自体に興味がなければそれほど結果はかわらないのだろう。

 ただ、まるで無気力・無感動だったわけではなく、最終的にはそれなりに楽しんでくれたのではないか、と思う。やはり集中力が散漫になる大人数ではないことが大きいかもしれない。中学生という、自意識がちょっとつついただけで破裂しそうなくらいパンパンに膨らんでいる年代であるから、ストレートな客いじりであるとか基本的なギャクであるとかを投げてまともに返ってこないことのほうが多いのはもう承知の上で、クイズなどもおりまぜてやってみた。

 2日連続して、別の中学校の生徒さんの前でやったのだが、これが面白いくらい反応が違った。最初の日は秋田の中学校。次が徳島の中学校。

 笑いどころも違うし、全体の雰囲気も違う。秋田のほうは最初から最後まで割りとかたい感じであったが、徳島は最初からゆる〜い感じ。上演後の質問コーナー(というのがあるんすよ)で、先生からあらかじめいわれてたのだろう、何人かが質問に立ったのだが、その質問内容も(そして質問の仕方も)まるで違った。秋田の子は真面目にメモなど見ながら、徳島の子はクイズの賞品でもらったチョコバットをマイク代わりにして(おそらく突込みが入ることを期待していたのだが、ボクはあえて放置してみた)。

 やはりお国柄、というのはあるのだなあ、と田舎者はしみじみ思ったわけである。

 そして、今月、また中学生の前でやることになった。どこの中学校か、人数はどのくらいか、まだ詳細は聞いていないのだが、今から楽しみなんである。

 結果はまたここでご報告したいと思う。
 
 続きは明日のお楽しみ!

2006年02月28日

第七十七回「古いものだからといって」

yamasiro
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 街頭紙芝居・印刷紙芝居ともに、今まで気が遠くなるほどの量の作品がこの世に生み出されてきて、往時にはとても及ばないにしても、そこそこ新作が出版されているのが今の状況ではないか、と思う。

 ネットオークションなんかの動向を見ていると、どうも世間的には肉筆紙芝居に骨董的価値がついてきた(と思い込んでいる人々が多くなった)ようで、最近かなり大量の肉筆紙芝居及び戦前・戦時中の印刷紙芝居がオークションに出品されている。

 そして特に肉筆紙芝居は、結構な高値で落札されたりする。

 これはボクのように、実演するために肉筆紙芝居を手に入れようと思っている者にとってはあまりよろしくない状況である。もともとそれほど経済的に余裕があるわけではないので、競りあがっていく状況についていくのはかなりキツイ。

 で、そんな中でもがんばって何本か肉筆紙芝居を購入してきたわけであるが、ちょっと冷静になって考えると、そこまでがんばって高値で落とす価値があるのかどうか、あやしい作品もあるということが(自分としてはかなりショックなことだが)わかってきた。

 いや、まるで価値がない、ということではない。が、肉筆紙芝居というのは、毎日毎日新作を作らねばならない状況の中で生まれたものであり、最盛時に(東京だけでも)何千人といた街頭紙芝居屋に貸し出されていたそれらの作品に、一体どれほどのタイトルがあったのか、それを考えると普通「名作」「傑作」なんてそうそうあるはずのないことがわかるというものではないか。

 その証拠に、続き物では大体30回以内で終了しているものが結構あるのだ。30回ということは、1ヶ月である。子供たちの反応如何では、紙芝居屋も生活がかかっているのだから、10回ともたずに次に作品が現れたのではないかと思われる。

 例えば、去年入手した「少年放浪記」は30巻で終了である。梅田佳声師匠の「猫三味線」が全60巻(それでも2ヶ月だ!)である。黄金バットのようなメジャーなキャラクターはどんどんぱくられていって(前々回のコラムで書いたけれど)ネズミ算式に増えていったのだろう。逆にいうと、そこまで人気だと今度は終わらせられなくなったのではないだろうか。

 一方で、読みきり「キンちゃん」は400回以上続いている。「ヤス坊」も3000回近く、「キンちゃんコロちゃん」がやはり400回を越え、「ミスターともちゃん」が2000回近い。続きの筋を(お客に受けるように)考えなくてもよい、その場その場面白ければよい読みきりは、キャラクターも子供たちに身近な存在でよいわけで(だいたいが同じくらいの年代の子供、あとは動物など)作りやすかったし、受け入れられやすかったのだろう。ただ、当時人気があってずいぶん長いこと続いた読みきりでも、今やって面白いかどうかはまた別の問題である。

 とりあえずの結論としては、コレクターが値を吊り上げるようになった今のオークションの状況はボク個人としては如何ともしがたい(ただ、かなわぬ願いながら、原画はあげるからカラーコピーとらせてほしい、と思ったりもするのだが)けれど、今後も手に入るものであればできるだけ肉筆紙芝居・戦中印刷紙芝居にこだわっていきたいと思っている。ただ、それほど必死になってオークションに参加しないで、もっと新作紙芝居(たとえば「くろすみ小太郎」だとか「どかどかじゃんけん大会」など)も探してみたいと思っている。

 まあ、その前に自作も定期的に作らねば、とも思っているのだけれど。
 
 そんなわけで、続きは明日のお楽しみ!

2006年02月21日

第七十六回「観客参加型紙芝居」

yamasiro
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 よくやるネタで「おたのしみクイズ」というのがある。街頭紙芝居の中でも連続物、読み切りなどの他に「クイズ」というのがたいていあって、まあ内容的には本当に「トホホ」ななぞなぞ・だじゃれだったりするのだが、これが上演するとなるとなかなかあなどれない。子供だけでなく、大人も結構真面目に参加してくれたりするのだ。

 ただ、難しいのは、同じクイズはそれほど何度も使えない、ということだ。まるで客層の違う場所でやるのならともかく、毎度毎度同じ問題を出していたのでは見ている方も楽しくない。だから、少しずつ新しい問題を増やしていって、古いのとまぜてやったりするようにしている。

 さて、「クイズ」はつまり、観客参加型の紙芝居なのである。他の話のように、一方的にこちらが語りを聞かせるものではない(といっても、いわゆる普通の紙芝居が単なる一方通行の芸能ではないことは、今までのコラムを読んでいただければわかると思う)。お客さんとの丁々発止(とまではいかなくても)のやりとりがあって、広がるときは本当にこちらが予想した以上に盛り上がることがあり、一方で、うまく乗せられなかったときは目も当てられない。

 今回は、そんな「観客参加型」紙芝居を「クイズ」以外で見つけた、という話だ。

 その紙芝居、タイトルを「どかどかじゃんけん大会」という。キツネみたいな主人公と観客がじゃんけん対決をする、というもので、使用されているのは、グー・チョキ・パーの3枚のパターンの絵と、負けたときの罰として変な顔をしなければならないためのそのお手本の絵だ。もちろん、一応の絵の順番は決めてあるけれど、どの絵をどのタイミングで出すかは、演者に任せられている。

 これを図書館で発見して、ラーメン博物館でやってみた。

 現場でまず紙芝居を見せると、「あ、知ってる!」と声をあげた子がいた。図書館にも何冊かあったということは、割と使われている作品なんだな、と思った。

 そしてじゃんけん大会。これがなかなかよい反応なんである。子供も大人もちゃんとやってくれるし、「これはさすがにやらないだろう」と思ってた罰ゲームの「変顔」もやってくれるではないか!もちろん、大勢の人間で一緒に見ている、という状況がそういうノリにさせたこともあるだろうが、これはちょっと感動的だった。子供はもちろん楽しんで変な顔をするし、大人はちょっと恥ずかしそうに、でもしっかり「変な顔」を見せてくれる。ボクは今まで、全体的な紙芝居上演のつかみとして「クイズ」を使っていたのだが、今後はこの「どかどかじゃんけん大会」もそのレパートリーになるな、と確信した。

 探せば、もっともっと「観客参加型」紙芝居はあるだろう。いや、自分で考えてみる、という手もあるかもしれない。またまた宿題が増えてしまったけれど(また頭の中を整理して出来たことまだ出来てないことを書き出さないと忘れてしまいそうだ)、これはこれで楽しみなんである。
 
 そんなわけで、続きは明日のお楽しみ!

2006年02月14日

第七十五回「娘紙芝居」

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 昭和53年というと、もう30年近く前のことだ。その年の12月に「絵本」という雑誌の別冊で「紙芝居・かみしばい」という号が出た。いわゆる街頭紙芝居と、印刷紙芝居(教育紙芝居)、どちらも平等に扱った内容になっている。のちに出た朝日グラフ別冊の紙芝居集成だとか雑誌大阪人の紙芝居特集とは違い、紙芝居個々の内容紹介というより、紙芝居に関わった人や幼いころ紙芝居を見ていた人の文章やインタビューが掲載されている。このコラムでも何度か触れた加太こうじさんの座談会(水木しげる御大も参加している!)や森下正雄さんの街頭紙芝居のルポ(声を失う前である)などもある。

 紙芝居のドラマツルギーについて図解入りで解説しているページもあり、なかなか盛り沢山な内容ではあるが、特に興味深かったのは、作家・都筑道夫の「街角の超人」というコラムと「娘紙芝居」というルポである。

「街角の超人」は、作家本人の紙芝居体験を書いたもので、その中でも特に紙芝居に出てくる「ヒーロー」黄金バットについての話だ。

「スーパーヒーローは復活をくりかえすもので、黄金バットも今度で四たび目になる。」 という文章ではじまるこのコラム、この「四たび目」というのは、永松健夫の絵物語の復刻のことらしい。海賊版というか、ヒット作の贋作が雨後のタケノコのごとく現れては消える紙芝居業界で、実際に見たいくつかの黄金バットものについて、かなり詳細に書いている。

 たとえば、黄金バットが実は悪役に滅ぼされたある国の忠臣であり、みごと宿敵を打ち倒したバットは素顔を現して切腹して死ぬ。そして翌日「黄金バット第二世」として自刃したバットの息子たちが悪党どもを懲らしめるのである。孫までいたらしく、でもなぜかその孫は「豆バット」といって手の平サイズなんだそうな。

 また、バットという名前だけ拝借して「豪傑バット」という時代劇になったり、黄金だけ借りた「黄金のら」なんて紙芝居もあったそうだ。のら、というのは、のらくろ(ご存知ないかもしれませんが、昔のら犬が主人公の漫画があったのです)のことで、黄金の犬の仮面をかぶった正義の味方が登場するのである。別に笑いをとろうとしているわけではなく、かなり大真面目にやったようで、実際にこれを見ていた子供たちの反応を想像するとかなり面白い。

 コラムの後半は、紙芝居とアメリカのコミックブックとの類似点(内容ではなく現象としての)について触れているが、それも含めて、短い文章のわりに内容の濃いものだ。

 さて、もうひとつ気になった記事が「娘紙芝居」である。

 新宿御苑・大木戸口近くの陶芸茶店「飛鳥」で「娘紙芝居ウサギ座」という幟を立てて紙芝居を上演している女性がいたそうなんである。街頭紙芝居の「はんにゃ童子」「阿修羅黄金」などのほかにオリジナルの作品もあって、週2回、店内の座敷で上演していたそうだ。

 ネットで検索してみたが、「飛鳥」という店も「ウサギ座」という団体もそれらしきものはヒットしなかった。「飛鳥」だとホテルが出てくるし、「ウサギ座」は星座ばかり(ウサギ座なんてあるんだ、と別なところで感心したけどね)。今度新宿御苑に行ってみようと思っているが、おそらく店自体がなくなっているのだろう。

 上演していたのは、店主でもある湯川孝子さんという方で、雑誌掲載時に24歳。上演しはじめて1年半くらいだそうだ。店にはすでに常連(紙芝居の)もついていたそうだから、少なくともその後数年は続けていたのだろう。が、その後にバブルもあったし、御苑近くという場所だから、さて、お店は、ご本人は、そして紙芝居は、どうなったのだろう……。

 どなたか、もしご存知の方があったら、どんな情報でもよいので教えてほしい。
 
 そんなわけで、続きは明日のお楽しみ!

2006年02月07日

第七十四回「需要と供給」

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 戦前はともかく、戦後復興していくなかで再び盛り上がりを見せた紙芝居業界であるのだが(そしてそれはTVの普及とともにどんどん下り坂になっていくわけだが)、最近ネタおろしをした作品の中で、非常に興味深いことを発見した。

 それは需要と供給の問題である。

 読みきりのユーモア漫画「キンちゃん」という作品がある。幼稚園児らしいキンちゃんという男の子と、仲良しの子豚のトンちゃんが活躍するシリーズだ。ボクがやったのがすでに701回で、残念ながらいつ作成されたものかわからないのだがおそらく戦後すぐぐらいではないか、と思われる。(なぜかというと、他の話で「浮浪児」という言葉が出てくるからだ)

 まずこれをやる前に、表の絵と裏書を順番に見ていったわけである。

 で、読んでいくうちにビックリしたのだが、何かというと、表紙の裏に紙芝居10枚全部のセリフが書いてあったのだ!どういうことだろう、と次々裏書を見ていくと、途中から裏がクイズになっているではないか。「芸能クイズ」と題して(芸能社というところが出している)数問(たとえば、カメの絵とラという字でカメラ、とか)書いてある。

 これはどういうことだろう?しかも、裏のクイズには、白い紙を貼ってそれを隠そうとした跡まであるのだ。

 色々考えて、出た結論が「需要と供給」である。

 つまり、「キンちゃん」という、ロングセラーを毎日作るために必要な「紙」が戦後の物資不足の中でままならず、それほど受けなかった(と思われる)クイズの裏に「キンちゃん」の新作を描いたのではないか。そんな風に考えたのだ。

 おそらく、それほど大きく外れてはいないと思う。まあ、ボクの推理(というほどではないですね)があっていようが間違えていようがどちらでも構わない。それよりも、肉筆紙芝居(いや、印刷でも昔のもの)には、話の内容だけではなく、いろんな情報(大げさにいえば物語)が自然とそなわっているのだなあ、と感慨深く思うわけである。
 
 続きは明日のお楽しみ!

2006年01月31日

第七十三回「農業増産紙芝居」

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 新作紙芝居のネタおろしをやるときは、非常に緊張するが、同時にとてもワクワクしている。前回も書いたように、人前でやる以上は自分で読んでみて面白かったもの、何かひっかかったものをやるのだから、「少なくとも箸にも棒にもかからないことはない」というあまり根拠のない自信(まあそれなりに積み上げてきたものがあるんだけどね)に裏打ちされて、ボクはお客様の前に出る。

 新作ネタおろし。
 それは一つの冒険である。作品の内容、それに対する自分自身の思いによって、大中小とランク付けされるものであるけれど。

 さて、先日、久々に大冒険をした。ネットオークションで入手した印刷紙芝居「肥料の施し方」をはじめて上演してみたのだ。印刷紙芝居であり、戦時中の作品ということで、国策として国民(大人)向けに作られたものである。

 戦争は総力戦であり、武器も必要だが、食料も必要である。そのために、いかに効率的に農産物の生産をあげていくか、そのための様々な方策を農民に指導する、という内容である。具体的には、今までのような肥料のやり方だと、4割くらいしか土中に残らず作物にとりこまれないので、その割合をあげるための方法を、この「肥料の施し方」では詳しく説明している。(このあたりのことはコラム第63回でも書いたけれど)

 まあそんな、立派な理念のもと作られた紙芝居であるわけだが……手に入れたはいいけれど、そのままやってもただの「農業高校の授業」にしかならず、紙芝居の上演にはならないと思われるこの作品を、実をいえばボクは持て余すようになってしまった。内容のどこをどういじって話を作り上げていくか、絵自体の魅力があるわけでもなく、まして内容はよっぽど化学の好きな人でないと理解しにくいものであるので、これには難儀をした。というより、すでに上演を諦めかけていた。

 でも、思い切ってやってみることにした。やり方については、ざっと流れだけを頭に入れて、後は出たとこ勝負。お客さんの反応を見つつ、軌道修正できるところはやって、自分のアドリブ性にかけてみることにしたのだ。

 結果は……当初の予想通り、ほとんど反応のないまま終わった。それはそうだろう、「肥料をやるのにどうすれば一番効果的か」なんて紙芝居、今まで見たこともなかっただろうし、見たいとは思わないだろう。回りで見ていたスタッフも、後で「あれはなんなの?」なんて聞いてきたくらいだ(「いや、面白かったですよ」という人もいたけどね)。

 それでも、やり終えたボクはある手ごたえを感じていた。「できなくはない」と。やり方を工夫すれば、必ずそれなりに面白い作品になるような気がしてきたのだ。というより、こんな作品をやる紙芝居屋なんかいないはずだから、これができればまた一つ世界が広がるのではないか。そんな風に思えてきたのだ。

 次こそは!

 そんなわけで、次回の「肥料の施し方」上演に向けて、準備をせねば!と燃えている今日このごろである。
 
 続きは明日のお楽しみ!

2006年01月24日

第七十二回「くろずみ小太郎旅日記・続き」

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 というわけで、「くろずみ小太郎旅日記」の話。

もともと「くろずみ小太郎旅日記」は絵本だったようだ。絵本作家・イラストレーターの飯野和好さんの冒険活劇絵本シリーズで、顔が黒々とした炭である(それに目・鼻・口・耳、ちょんまげまでついている)忍者(侍?)「くろずみ小太郎」が忍術修行の旅で諸国を回るお話。小太郎は敵(ばけもの)と戦うとき、状況に応じて練炭に化けて赤く燃える炭を飛ばして攻撃したりもする。

 実は絵本のほうは未見で、5巻くらいまで(一巻ごとに読みきりになっているようだが)ある原作のうち、どこまで紙芝居になっているか、それも確認できていないのだが。強烈な色づかいとキャラクターの奇抜さに、いっぺんでひかれてしまった。子供にも大人にも受けるのではないだろうか。(実際、絵本の読み聞かせでこの作品が使われ好評をはくしているようだ)

 ボクが図書館で見つけたのは紙芝居版「くろずみ小太郎旅日記」のその三「妖鬼アメフラシ姫の巻」で、はじめて海を訪れた小太郎が紫色のヌメヌメしたカラダをもつアメフラシ姫に苦戦する、という話である。アメフラシ姫は紫色の雨を降らせて小太郎の練炭攻撃も効力を失ってしまう。そうしてあわや小太郎がアメフラシ姫の仲間になってしまう!というときに、救いの手がのばされるのだ。

 これを見つけたときは、前回も書いたが「これをやりたい!」と強烈に思ってしまった。それはつまり、この紙芝居が好き!ということなのだが。もうそのときからワクワクしているわけである。もう早くやってみたくてしかたがないのである。

 ただ、あまりに絵とお話のインパクトが強くて、どうやってやればより効果的になるか、という演者としてのプランがその時点ではあまりなかったかもしれない。

 今考えれば、それが実際にやってみたときの、観客の反応の薄さ(あくまでも自分の予想と比べて、ということだが)につながったように思う。どんなに魅力的な作品でも、「演じる」というフィルターを通す以上、そこにせめてもう一工夫必要なのは当たり前なのであるが、その当たり前のことを「作品の力」に幻惑したボクはすっかり失念してしまったのである。

 作品単独の魅力とそれを「紙芝居」として立ち上げたさいの魅力は、また別のモノである。特にすでに「絵本」として強烈な力を持つ作品であればあるほど、上演のさいにこちらの力が試される、ということなのだろう。

 恐るべし、くろずみ小太郎!

 が、ボクは諦めたわけではないので、また近いうちに「くろずみ小太郎旅日記」に挑戦してみたいと思っている。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年01月17日

第七十一回「くろずみ小太郎旅日記」

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 小説であれ映画であれ舞台であれ音楽であれ、何かを見たり読んだり聴いたりしたことで大きく感情を揺さぶられると、その感情を誰か自分以外の人と共有したくなる。もちろん中には、自分の楽しみは自分だけのものにしておきたいという人もいるだろう。しかし、「感動」は共有することによってより深められるような気がする。

 面白い本を読んだら、素敵な映画を観たら、心躍る音楽を聴いたら、ともだちに教えたくなる。そうしてそのともだちが同じ感情(感想)を抱いて、それについて二人(あるいは複数)で語り合えたら、それはとても素晴らしいことだ。

 だいたい、自分が評価していないものを他人にすすめたりはしない。たとえすすめるとしても、それは「オレはあんまり好きじゃないけど」などといったコメントつきだったりする。

 さて、長々と柄にもなく真面目なことを書いているが、一体ナニがいいたいかというと、紙芝居のネタ選びのときも、上記のようなことがいえる、ということである。

 ネタ選びのとき、まずは自分で読んでみる。絵はもちろん、裏書のストーリーも。最初はそれほどきっちりは読まない。ざっと流すように見る。そこで何かひっかかるモノがあれば、改めて読み直す。ただ、その段階で「これは是非やりたい!」と思うような作品は、今のところ(過去も含めて、ということ)そんなにはない。「何か面白そうだからやってみるかな」こう思えれば「めっけもん」である。

 で、実際にそれを新作としてやってみる。内容をきっちり覚えていないことが多いので、探り探り(それはお客さんの反応も、である)やってみる。そうしてやってみると、色々と想定外のことが起きる。たとえば、自分で読んだときは面白かった部分が、実際に演じてみるとそれほどでもなかったり、覚えていないせいでふいに口をついて出たアドリブが非常に受けがよかったり。

 これは、新作の開発、というより「発見」に近い、とボクは思っている。

 たとえば「黄金バット」などといった、割りと世間的にも認知度の高い作品は、乱暴ないいかたをすれば誰がやってもそれなりに出来るものである。それは、作品としての完成度というか、「輝き」があるからだと思う。それを自分なりのやりかたで色々やりこんでいく楽しさというのも、もちろんあるのだが、ときどき物足りない気持ちになるのも確かである。

 その点、まだ誰もあまりやっていない(だろう)作品を自分の色でやってみて、それが一定の成功をおさめると、これが非常に達成感があるのだ。単純に「レパートリーが増えた!」という気持ちだけではなく。

 ただ、「よし、これは面白いからやってみよう!」と意気込んでも、実際には現場で思った反応がなく不条理な思いを抱くことも(多々)あるのである。たとえば最近でいうと、図書館で発見した「くろずみ小太郎旅日記」という紙芝居なんかがそうなんである。

 で、発見したときは「これだー!」と思った「くろずみ小太郎旅日記」について書こうと思ったのであるが、長くなりそうなので、次回。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年01月10日

第七十回「インドの紙芝居」

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 紙芝居というのは、日本独自の芸能である。第2次世界大戦後、占領軍が思想統制などのためにいろんなメディアの担当部署を作ったさい、最初は直接紙芝居を取り扱うところなどなく、実際に紙芝居の存在を初めて知ったGHQがわざわざ「紙芝居係」を作った、というような話をこのコラムの最初のころに書いたことがある。それだけ独特なモノだったのだと思う。

 だが、絵+語りでストーリーを披露する形の芸能は、紙芝居に限ったことではない。ジャワ島の影絵人形劇ワヤン・クリなど、「立絵」と呼ばれていた初期の紙芝居をより大掛かりにしたものだといってもよいだろう。

 実はインドにも紙芝居がある、ということを最近(いや本当の話、この正月に!)知った。ただ、形態はかなり違う。インドのポトと呼ばれるその紙芝居は、絵巻物を使ってポトゥア(紙芝居師)が演じるのだという。最初は巻いた状態で、それを演者が上へ巻き上げると、絵がどんどん現れてくるのだそうだ。物語は上から下へ流れていく。日本にはそのポトのただ一人の演者である東野健一さんという人がいて、神戸を中心に様々な活動をされているそうだ。

 ポトの話を聞いたのは、やはり神戸を拠点に紙芝居師と一緒にライブ活動などもされている音楽家の方からだ。はくさんまさたかさんという。ディジュリドゥという、オーストラリアの民族楽器(ユーカリの木を使った長い笛のようなもの)の奏者である。新横浜ラーメン博物館で紙芝居をやっている、という話を聞いて、実家に帰ったついでに足を伸ばしてくださったらしい。なんと、ボクのこのコラムにも目を通されたそうだ(!)。

 実際にライブで紙芝居に伴奏をつけているわけではない(つまり別の出し物として演奏されている)そうだが、関西の紙芝居師団体(そして紙芝居自体も数多く保有している絵元)三邑会のこともよくご存知で、そのあたりの話なども聞かせていただいた。非常に興味深い話ばかりだった。そして、共感できる部分も多くあった。

 以前見た話をはじめると、最初はヤジやチャチャを入れてくる子供たちが、最後にはじっと話に見入ってしまう、という。それは演者の力であり、物語の力でもあるのだろう。

 ただ、ボクの頼りない想像力では、はくさんさんのお話を伺っても、ポトのイメージが今ひとつうまくできない。これは、ぜひこの目で(もちろんナマで)見てみたい、と強く思ったお正月であった。

 続きは明日のお楽しみ!

2006年01月03日

第六十九回「デジタル紙芝居」

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 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 さて、年明け一発目のコラムのお題もネットオークション絡みであることをご容赦願いたい。年末に落札したシロモノが、届いてみると思いのほか面白いものだったのだ。

 ピープルというメーカーの「じ〜じのデジタル紙芝居」というものである。「孫といっしょに熱中」シリーズ玩具のひとつで、その名の通り、おじいちゃんが孫に見せてやるための紙芝居セットなのである。

 通常の紙芝居舞台より2回りくらい小さなプラスティック製の枠(扉つきで、上に「じ〜じ座」と看板がついている)に、お手本のCD、そうしてカラーコピーして裏にちゃんと筋・演出メモが書いてある紙芝居が3回分(連続物)ついている。

 ネタは「丹下左膳」宝壷の巻、である。対象年齢は4歳以上。

 さて、いろいろと突っ込みを入れたいところはあるわけであるが、しかし、まずはこのような形で紙芝居を使おうと商品化したメーカーには敬意を表したい。デジタルのエンターテイメントに取り囲まれた子供たちに、あえて(まあ商品名にデジタルとはあるけど)アナログな「語り」それも紙芝居を使う、というのは、実のところ大変な勇気が必要だったのではないか、と思う。株なんてやったこともないけれど、ボクがもし個人投資家だったらピープル株を買う。買いまくる(上場しているかどうかは知らない)。

 確かに、その点ではとても素晴らしいこの「じ〜じのデジタル紙芝居」ではあるが、突っ込みどころ満載であることも確かである。

 たとえば、ネタの選択として「丹下左膳」は最善だったのか、いきなり時代劇の、それも1回から3回までという中途半端な分量でよかったのか(これは紙芝居を提供したマツダ映画社の事情もあったかもしれない)。ここまで立派な枠がついていて、鳴り物が何一つついていないのは片手落ちではないか(え、丹下左膳だけに……ってオチか)鳴り物は自宅にあるものを使って、という指示も書いてあるのだが、ついでに太鼓と拍子木もつけたほうがよかったのではないか(あくまでもなりきってやるために)。いわゆる寝る前に子供に絵本を読んであげるのではなく、ちゃんと見せるわけだからそこまで徹底したほうがよいのではないか。などなど。

 また、「丹下左膳」自体にも非常にヘンなところがある。負担金が膨大な作事奉行を決めるために「金魚クジ」なるものが上様の前で行われるのだが、ずらり集まった各藩の江戸家老の前に金魚鉢が置かれ、その中にいる金魚が死んでいたら当たり、というわけのわからないクジなのである。なんだよそれ。運ばれてくる時点で死んでたらどうなるんだ。全部死んでたら?などなど見れば見るほど疑問がわいてくる。

 そしてこの疑問が、ボクが実際にこの「丹下左膳」をやるときの下地になるのである。そう、もちろん、ボクはこの「じ〜じのデジタル紙芝居」を孫に見せてやるために買ったのではない。孫どころか子供だっていないのであるから。「丹下左膳」が3回分もついている、ということで入手したのだ。これをどうやって実演するか、ボクは正月早々策を練っているのである。できれば早いうちに実演にかけてみたいと思ってはいるのだが、その前に、「孫といっしょに熱中」シリーズの「じ〜じとパチンコ」という玩具が非常に気になっているボクなのである。

 孫と……パチンコ?

 続きは明日のお楽しみ!

2005年12月27日

第六十八回「今年の5大ニュース」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 今年もいろいろあった一年だった。そこで今年一年を振り返って、紙芝居屋としての5大ニュースをあげてみたいと思う。

1. 肉筆紙芝居「少年放浪記」入手
2. TV番組に出演
3. 雑誌にてインタビュー記事掲載
4. ストリート初体験
5. 自作紙芝居作成

 一応番号はついてはいるが、順番はあまり意味がない。

 それでもあえていえば、自分の中で一番インパクトがあったのは「肉筆紙芝居入手」である。今までそんなものを個人で持つことが出来るとは思ってもいなかったのが、ネットオークションのおかげで初めて原画を手に入れることができたのだ。

 そして、雑誌に載ったことでTV番組への出演が決まった。紙芝居自体が世間にまた認められるのは嬉しいことだが、これは反面、紙芝居自体の存在が珍しいからこそ取り上げられた、という現実を踏まえているわけであって、まだまだ世間の意識を変えるのは大変な道のりが必要だ、ということである。(そう簡単に変えられるとも思ってはいないけれど、現実を突きつけられるとちょっとしんなりしてしまう)

 そして、街頭紙芝居屋の末裔を自称しながら、実際の街頭(つまりストリート)でほとんどやってこなかったボクが、はじめて言葉の意味で正しい街頭実演を行えた、というのも大きなニュースだった。

 それから自作の紙芝居。今までは続きものの紙芝居の続編しか作ったことがなかったのだが、原作は落語とはいえ「後生うなぎ」という新作紙芝居を作ることができた。完全なオリジナル紙芝居については、ボクの中で考えが固まっていないので、しばらくは新作といっても原作あり、になるかと思うが、技術的な部分がだいぶクリアできてきているので、今後とも引き続きやっていきたい。

 そのほかにも、やはりネットオークションで印刷紙芝居を入手し、実演のさいに楽器を使ってみたり、病院で患者さんの前で紙芝居を披露したり、そして相変わらずラーメン博物館で紙芝居をやったり、と、今年も振り返れば怒涛のように過ぎていった一年だった。

 紙芝居については、もっと色々な場所でやってみたい、というのが来年に向けての抱負である。どこかで頑なに「これはゆずれない」と思っている部分も、意外とあっさり内面をかえることなくさらに昇華させることができるようで、ボクは今わくわくしている。

 実はまだはっきりとはいえないのだが、来年早々あるチャレンジをしようと思っている。うまくいけば、また新しい展開が出てきそうな感じである。はっきりご報告が出来ることになったら、このコラムでも書いてみたいと思う。

 最後に、今年一年、拙いこのコラムにお付き合いいただき、本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

 そして……。

 続きは明日のお楽しみ!

2005年12月20日

第六十七回「肉筆紙芝居の価値」

yamasiro
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 さて、なぜ肉筆紙芝居を手に入れることが出来たことにボクは舞い上がっているか、ということを今回は書くのであった。

 肉筆、という名称からもわかるとおり、街頭紙芝居屋が貸元から毎日借りてきては実演営業していた紙芝居は、日本でその一組しかない、紙芝居の原本である。毎日新作を供給せねばならず、また材料もそれほど潤沢でなかった業界の状況が、そうせざるをえなかった結果ではあるが、たった一組の紙芝居は全国、は大げさにしても、かなり広範囲にわたって使用されたものと思われる。

 だから貴重だ、ということはすぐにおわかりいただけると思う。しかし、ボクのような実演者にとって、それ以外に、肉筆紙芝居を見るとき非常に興味深い点があるのだ。

 それは、紙芝居の裏書である。

 どうも、初期の紙芝居(戦前)は絵の裏には話の筋であるとかセリフであるとかは書かれていなかったようなのだ。ストーリーは口立てで紙芝居屋に伝えられていたらしい。それが、裏に大雑把にでも筋が書き込まれるようになった(要するに台本が出来た)のは、当局に取締りを受けるようになってからだという。つまり自分たちは公序良俗に反するような話をしているわけではないですよ、これこれこういうシナリオがありますから、と弁明するためにも、脚本(裏書)は必要だったのだろう。

 そうして、紙芝居作者が裏に書いた筋を紙芝居屋が自分なりに咀嚼して、実際の上演を行っていたようなのだが、その際裏書に対する書き込みが、多くの肉筆紙芝居には残っているのだ。

 セリフの部分にわかりやすいように誰が喋っているか名前を書いたり、不必要だと思われる部分を線で削除したり、読みにくい字をちゃんと清書したり……明らかに元々の裏書の字体とは違う字(それも鉛筆)で書いてあるのだ。

 これは、舞台の上演台本(もっと近いいいかただと、演出ノート)に近いかもしれない。最初に台本があって、それをある一定の期間稽古を重ねることで深めていき、最終的に上演の形にするまで細かい(あるいは大幅な)変更・削除・追加をしていく。そんな作業が、肉筆紙芝居の裏書からは想像できるのだ。

 ただ、書き込みについていえば印刷紙芝居にも場合によってはされていることもあり、その場合も上演された当時のことが想像できてとても興味深い。印刷紙芝居というと、四角四面な演出メモが書いてあるだけで、逆にモノガタリの面白味を削っているようなものまであるわけだが、手書きの書き込みがあるとなぜかその印刷紙芝居にも親近感を覚えてしまう。

 さて、そんなわけで肉筆紙芝居は資料的な価値もあるが、実演上も非常に価値があるわけなのである。

 続きは明日のお楽しみ!

2005年12月13日

第六十六回「ついに……!」

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 ここのところ紙芝居の話というよりネットオークションの話が多くなってきているこのコラムであるが、今回もネットオークションの話題。

 はじめてネットオークションで紙芝居(印刷)を手に入れたのはそう前のことではない。そして、ネットオークションに肉筆紙芝居が出品されたことに大興奮したのも最近のことだ。一回目は最初の設定額があまりに高額で手が出ず、二回目は落札期限ギリギリで競り負けた(まあ、勝負にはならなかった)。結局手にすることはできなかった肉筆紙芝居であるけれど、今後もオークションに出品されるかもしれない、という希望があった。

 そして三回目のチャンスはすぐに回ってきた。「少年放浪記」という作品の、8回分がそれぞれ分けて出品されたのだ。スタートの額も手ごろだし、何より量が多い。つまりこれは狙いを絞っていけば可能性が高い、ということだ。

 ドキドキしながら、落札期限を待った。その時間帯はちょうど外出中だったので、わざわざネットカフェで30分前から画面に釘付け状態である。どれか一つに絞ろうと思っているのだが、どうしても短時間に額が競りあがってくると焦ってついまだ安い回の方にも入札してしまい、そうしてギリギリで入札すると期限が延びたりしてますます焦る。

 緊迫の30分。いや、もろもろ時間が延びてしまい、約一時間を越えた。最終的に一本に絞って競り、ついに落札したことを見届けてボクはネットカフェを後にした。動悸はまだおさまらず、それでも心地よい疲労感があった。

 ついに……ついにやったのだ。その作品がこの世にたった一組しかない、肉筆紙芝居を手に入れたのだ!

 さて、でも、なぜこれほど高揚感があるのだろう。「タイタニックは沈まない」「肥料の施し方」を落札したときより、実は何倍も嬉しいのだ。作品として「面白そうだ」と思って落札したのは「タイタニック」であり「肥料」であるのに、「少年放浪記」なんて話は聞いたこともないのに。

 次回は、その辺のことをじっくり考えてみたいと思う。

 続きは明日のお楽しみ!

2005年12月06日

第六十五回「語る=騙る」

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 最近、紙芝居をやるときの語りのスピードが非常に気になる。意識してゆっくりやってみたり、あまり考えずいつものようにやってみたり、よくやるネタの場合と初めてのネタ、あるいは初めてではないけれど久しぶりにやるネタの所要時間をチェックしてみる。

 お客さんの反応が非常によくて、こちらもそれに乗せられていつも以上にアドリブが出たりしているとき、口調は早口になっている。それでもお客さんの耳にはちゃんと届いているし、いや、逆にそういうときは口調が早かったり声が多少小さかったりしてもちゃんと聞こえているようなのだ。そして(悪いことに)ちゃんと聞こえていなくても、勢いで笑ってしまう場合もあるのだ。

 反応がよいわけだからやってるこちらも大変気持ちがよいわけで、それに対してすべて自分のせいだ、などと慢心することは(今はもう)ないが、それでもそのよい記憶はキチンとボクの中に蓄積される。経験を重ねることで積み上げられるのは技術だけではなく、よかった「記憶」もそうなのである。

 それは、実は、あまりよろしくないことである。その記憶は、笑っているお客さんだけでなく、そのとき突っ走っていた自分の語りも含まれているからだ。

 たとえば自分の調子が悪いだとか、何度かやっている場所なんかで、ついついその「よかったときの語り方」でやりそうになってしまうのだ。そのときその語り方でよかったのは、受け手であるお客さんの存在があったからであり、今現在前にしているお客さんは、当然そのときのお客さんではない。だから、非常にまずいのである。

 いつどこでどんなお客さんの前でも変わらないものを提示するのは、至極真っ当なことであり、当然しなければいけないことだ。しかし常にそうであるためには、よかったときの記憶は(時として)非常に邪魔になる。極端にいえば、かなり大変だったときのことを常に念頭に置いておくぐらいがよいのかもしれない。もちろん、これはボクにだけ当てはまることかもしれないが。

 なんにせよ、「語り」という目に見えない、手に捕らえることのできないあやふやで不確かなものを売り物にしている以上、絶えず、自分がただの「騙り」をやっているだけにならないように、心してやらねばならないのだ。

 などと、またちょっと真面目なことをいいつつも、「語り」と「騙り」の境界線上をフラフラとしていたい、なんて思ったりもしている不埒なボクでもあるのであるが。

 続きは明日のお楽しみ!

2005年11月29日

第六十四回「肉筆紙芝居」

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 一時期の熱は冷めたといえ(相変わらず飽きるのも早いボクであるが^^;)、ネットに繋ぐと必ず一回はオークションサイトをのぞくことにしている。

 少し前、そのオークションに一本の肉筆紙芝居が出品された。実際に画家が描いたその原画がそのまま紙芝居として上演されたものであり、つまりは街頭紙芝居で使われた作品、ということだ。

 それは、ボクもラーメン博物館などで上演している、そしてこのコラムで内容を紹介したこともある「ヤス坊」である。ヤス坊はユーモア漫画であり、ほぼ毎回読みきりで、出品されたのは、当然であるがボクがやっている話とは別の話である。

 が、その商品の紹介ページで実物の写真を見て、ボクはビックリした。
 何と、表紙が同じなのだ。表紙のみ印刷なのである。

 これは発見だった。ボクは今まで、肉筆紙芝居は、たとえ読みきりのものでも表紙から全部その作品ごとに描いているのだとばかり思っていた。それが(他の読みきりシリーズものはわからないが)このヤス坊については、表紙は同じものを使っていたのだ。

 そんな発見はありつつも、出品された「ヤス坊」のオークション開始金額があまりに高額すぎて手をこまねいているうちに、誰も落札しないまま出品者はひっこめてしまったようで、それきり「ヤス坊」は見なくなってしまった。

 あのときムリをしてでも落札すべきだったか、と後悔したわけであるが、一方で、肉筆紙芝居はまだまだ「発見」される可能性がある、とも思ったのである。

 そして先週、またもや肉筆紙芝居の出品があった。今度は続き物の2回分である。「天へのぼる」というその紙芝居は、画像を見る限りどうやら「格闘技」(プロレス?)ものらしい。それも割りと真面目な感じのタッチである。

 開始金額も手ごろであるし、ボクは落札期限をにらみながら、あと1日、というところで入札してみた。仕事の関係で、オークション締め切り時間にネットを見ることが出来ないのが非常にやきもきしたのだったが、それでも何とか話をつけてちょっとだけネットを使わせてもらった。

 すると……「天へのぼる」にボク以外の人が入札しているではないか。金額は、もうちょっと個人的には考えざるをえない額にまで上がっていた。

 仕方がない。これがオークションというものなのだから。ボクはあっさりあきらめて、そして今このコラムを書いている。ただ、今回は残念な結果に終わったが、世の中にはまだ使われずに仕舞ったままになっている肉筆紙芝居がある、ということを強く確信したのである。

 まあ、そういう風に結論付けないことには、気持ちがおさまらない、ということもあるのだけれど。

 そんなわけで、まだ見ぬ肉筆紙芝居(そしてドギモを抜くような印刷紙芝居)を求めて、ボクのオークション行脚は続くのであった。

 続きは明日のお楽しみ!

2005年11月22日

第六十三回「肥料の施し方」

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 第五十八回でふれた農業増産紙芝居、ネットオークションで落札したものが今手元にある。印刷紙芝居であり、これは手元に届いてから気づいたのだが、完結していない。いや、お話が、ではなく、出品されていた現物に欠損がある、ということだ。つまり続き物ではないのに、続き物状態になっている、というか。さいわい、連続しているページに欠けがないので、お話自体に支障はない。

 そのため、発行された年が正確にはわからないが、冒頭で第二次世界大戦を「大東亜戦」などといっていることから、戦時中であることはかろうじてわかる。

 「農林省撰定 肥料の施し方 農業増産画劇第10号」

 というのがそのタイトルである。第10号ということは、毎回テーマを決めて、雑誌のような形で発行されていたのかもしれない。

 内容は、「肥料の施し方」というタイトルからもわかるように、「戦争に勝つためには生産力の増強も必要不可欠」という観点から描かれた、農家の人向けの教育・啓蒙紙芝居である。食料増産のために、必要な肥料の化学的な説明やその開発研究にいそしむ学者たちの存在や実際かれらが開発した肥料及びその施し方にどんな効果があるか、その理解を農家の人たちに求めているのである。そして、もっとも有効な肥料の施し方についての説明にかなり力を入れているのだ。

 たとえばこんな風に。

「つまりこの図にありますやうに、土は二つの層に別れ表面の一分から五分位は赤褐色になり、その下は青灰色をしてをります。
 この赤褐色の所が酸化層と云って沢山の酸素を持つてをります。また下の青灰色の所が還元層と云つて、酸素が不足してゐる状態にあるのです。
 この様に水田に水を入れた後、すこし時がたつと作土が酸素の多い酸化層と酸素の不足する還元層に別れるといふことが肥料の効目に大きな関係を持つて居るのです。
 では今までのやり方でこの田圃に肥料を施せばどうなるでせう。」

 これが絵の裏面にずらずらずらと書いてある。引用した部分でも半分くらいであるもっとびっしり書かれたところもある。文章の下には、演出メモも書かれていて(このあたりは戦後の子供向け教育紙芝居と同じですな。余計なお世話だね)「はっきり」「幾分調子を上げて」などと細かい指示がある。

 これはいったい、どのくらい効果をあげたのだろうか。

 確かに、口頭で(まあ黒板や印刷されたレジュメなどくらいは使って)説明・指導するよりはわかりやすいかもしれない。

 そして地方の隣組、自治会の集会で、中央から指導を受けた演者による面白くない(はずだ。おそらく演出メモどおりに感情を交えずに読み上げたのだろうから)上演を見ながら、農家の人々はどんな風に思ったのだろう。そんな(と、あえていうが)モノでも、いや、だからこそ、戦時中で娯楽のない中ではそれなりに面白かったのだろうか。

 内容を読みながら、ボクはそんな想像もしたりして、ちょっと複雑な思いを抱いたりしたのであるが。

 一方で、これを今やるとしたらどういう風に崩して構築しなおすか、ワクワクしていたりもするのである。

 そんなわけで、続きは明日のお楽しみ!

2005年11月15日

第六十二回「音楽がほしい2」

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 第五十五回で、いわゆるミュージシャンの人と一緒にやったり、自分で楽器を使って音を出したり、というようなことについて書いた。その後でよく考えたら、書き漏らしていることがあったことに気がついた。

 それは、既製の音(曲・効果音の区別なく)をバックに流す、という方法だ。いわゆる普通の舞台で音楽を使うやり方。実際、ボクとはまるで違った世界を見せてくれる「絵芝居」の人はBGMをとても効果的に使っている。

 けれど、このやり方については、ほとんど今まで考えたことがなかった。一方でさんざん舞台をやりながら(音響のオペもやりながら)。それはなぜかというと、

 「街頭紙芝居屋は一人でやってたから」

 非常に単純にいえばそれにつきる。彼らは一人でやっていた。だから、ボクも一人でできる範囲のことをやる。そう、頑なに考えていたのだ。なんていうとかっこよさげだが、そんなモンではなく、あっさりいってしまえば自分のことで精一杯でそこまで頭が回らなかっただけかもしれないのだが。

 しかし、「一人で役者も舞台装置も音響も照明もやる」街頭紙芝居屋、というイメージはわりとしっかりと自分の中に居座っているようで、ミュージシャンの人と一緒にやることにたいしてそれほど熱心になれないのは、自分自身の性格以外にもそんなところが引っかかっているのだろう。よくいえばこだわり、悪くいえば我が儘である。

 さて、可能性として既製の音源をBGMとして使う、という方法もあるとして、オークションについて書いたときのミニ・アコーディオンが意外と使えそうになってきたので、その話を。

 アコーディオンであるから、弾いているときは両手がふさがってしまうのだが、子供用とはいえかなりちゃんとした音が出るし、1オクターブとちょっと(半音も出る)ある音域もやってみると非常に魅力的ではある。これはやはり使わない手はないだろう……と、今着々と準備中である。

 まあ、どうせうまく出来るようになるのは遠い先の話であるが、まずは紙芝居をやる現場で馴れることが必要なのである。お客さんはアコーディオンを聴きにきているのではなく、あくまでも紙芝居を見にきているのだ。(アコーディオンについては)技術はあとからついてくればよいのだ(いや、あとからでいいから絶対技術は向上しなければならないんだけど)。

 というのはボクの勝手な理屈だが。

 そんなわけで、続きは明日のお楽しみ!

2005年11月08日

第六十一回「自作紙芝居枠」

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廣島屋でキュ!廣島屋

 前回書いた通り、先月末の野外イベントで、それまで使っていたダンボール製の枠のかわりに、手作りの木の枠をはじめて使ってみた。重量があって今までのように細いイーゼルに載せても大丈夫か、ちょっと不安だったのだが、やってみると心配したほどやりにくくもなく、しかしやはり改善しなければならない点はいくつか見つかった。

 ひとつは、やはり重量と嵩だ。これはつまり、演じる際だけでなく、移動の時に重要な問題になる。ボクは自動車の免許を持っていないので(当然車も持っていない)、ライブをするときは徒歩・電車移動となる。すると、紙芝居自体以外に舞台となるイーゼルだとか枠も自分で運ばなければならない。運び方も工夫が必要だけれど、上演方法にも「コンパクトにする」ということを考えにおいて組み立てなければならず、これがなかなか骨だった。

 もうひとつの問題点は、実際に紙芝居を枠の中に入れてみてわかったのだが、紙芝居を差し込む幅だ。特に実際街頭で使われていた作品の場合、一枚の紙の厚さが結構あって、これが一つの作品でだいた10枚だから、普通の印刷紙芝居及び自作の紙芝居より厚みが増すのである。だからなるべくだったらある程度幅をとったほうがよいのだが、とりすぎると今度はイーゼルに載りにくくなる(バランスが悪くなるのだ)。また、印刷紙芝居をやる際には幅がありすぎるのも紙芝居が斜めになってしまって見にくくなる(同時にやりにくくなる)。今回作った枠の幅がぎりぎりだと思った。ちなみに、それは約6センチである。

 そんなこんなで、枠については試行錯誤をしつつ、今回、新しい枠を作ったことをきっかけに、今までのイーゼルではなく、最初に外部でやりはじめたときと同じく折りたたみ式のテーブルを使ってやろうか、とも考えている。ただ、折りたたみテーブルだと市販のもので高さがちょうどよいものがなかなかないのが悩みではあるのだが。そうしてまた、移動の際のセッティングにも頭をひねらないといけない。

 また、イーゼルはもう使わないのではなく、サイズの大きな紙芝居をやるときに使えるかもしれないと思っている。持ち運びや照明や太鼓を吊るすのに便利ではあるし、何より折角専用の袋(カメラの三脚用の袋を代用)まで買ったのだから、なるべく使い続けようと思っているせこいワタクシである。

 続きは明日のお楽しみ!

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