2007年07月17日

第百四十九回「紙コント」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 アナログエンターテイメントを堪能した後は、同じく木馬亭で「浅草夏笑い」というイベントに参加してきた。四萬六千日ことほおずき市の日に、通常は浪曲・講談をメインにして昼〜夕方に開いている木馬亭を夜、若手お笑い17組が占拠するお笑いイベントである。

 前にもこのコラムで書いたように、共演するお笑いの人々のことをほとんど知らなかったボクであるが、コントや漫才、モノマネや一人芝居など、さまざまなスタイルの芸人さんが集まっていて、自分の出番以外は客席で普通にお客さんとして楽しませてもらった。

 といっても、開場から開演してしばらくの間は、客寄せとして入り口そばに自転車を置き、紙芝居舞台を載せて「黄金バット」をやったりしていたわけであるが。初日は人の流れはそこそこあったわりに食いつきが悪かったのであるが、二日目はかなり反応もよく、2回もやったりした(だけれど、中に入ってくれたわけではなかったので、半分成功という感じ)。

 さて、芸人さんの中には、エンタの神様やオンエアバトルに出演していたり、M−1やR−1で結構いいところまで行った人もいた。らしい。

 その中で、二日目に出演された「紙コント」のウメさん(R−1ファイナリスト)のネタが、ちょっと衝撃的だった。スケッチブックに連続する絵が描いてあって、それを割りとスピーディにめくりながら物語(コント)を作っていく、という芸風なんであるが、びっくりしたのは、同じ絵にまるで違うセリフをつけて、まるで違うシチュエーションのコントにして、そういう作業を何度も繰り返して(つまり畳み掛けるようにして)笑いに結び付けていたところだ。

 確かに、ボクも紙芝居をやるときに、裏書とはまるで違うことをいったりするけれど、ここまで徹底してやったことはない。盲点、というか、本当に意表をつかれて声を上げて笑ってしまった。

 散々笑ってから、まだまだ、色々な手があるのだなあ、と当たり前なことをしみじみ考えたのである。今回割りと大きな舞台でやったことで、またぞろ「絵」の大きさのことなども考えないといけない、と思い始めたことでもあるし、本気を出して紙芝居の枠をはみ出すことも検討していかないといけないのではないか、とそんなことも脳裏をよぎったりもしている。

 ま、そんなことを考えながら、仲見世名物あげまんじゅうをぱくついていたりもしていたのだけれど。

 というわけで、続きは明日のお楽しみ!

2007年07月16日

第119回『自信をなくしたら』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 完璧主義なヒトほど自信をなくしやすいらしい。なるほどジブンの周りを見渡してみても、そんな感じがする。年齢的にも想いの揺れる時期なのか悩み多きヒトが多い。
 ワタシはボオッとしているので、幸いこういうことに左右されずに済んでいる。

 芝居をやっていると否が応でも人目にさらされるので、外側から見たジブン(及び作品)というコトを、常にココロのどこかで考えている。
“人目にさらされる”というのは何も役者としてのジブンに限ったことではなく、脚本もそうだし、演出した作品そのものも誰かに観てもらうのが目的なのだから、タニンの目からはどうしたって離れられない。

 これは結構なストレスだ。役者として作家として演出家として、迎合してはいけないが理解されなければ存在しないのと同じコトである。ジブンの信じるモノを出して果たして受け入れられるのか、常に考え迷い選択しながら生きている。

 ワタシはアテガキをしている関係もあって、タニンの長所を見るのが大好きだ。自信のないヒトを見ると「いっぱいイイトコロがあるのにな〜」と非常に残念に思う。

 自信を回復するのに即効性のある方法があるので、よかったら試してみて欲しい。

 だいたい予想はつくであろうが、とにかく“ジブンの長所を探す“コトである。ウチの劇団の役者にも、「ジブンがかっこよく見える角度や言い方を考えて」などと指示を出すコトがある。タニンに自信を持って見せられる部分を探すのである。

 「あんまりにも長所が少ないから自信がないんじゃないか」

 尤もです。でもまあ、待ってもらいたい。少しガマンして読んでみて欲しい。

 探すトキに注意したいのが、“どんなにくだらないモノでも構わない”というコトだ。正確に言うと、どんなにくだらないと“自分が思う“長所でも構わないのである。

 他のモノスゴイレベルのヒトと比較してしまい、折角見つけた長所をくだらないと思っているのは自分だけなのである。本来、誰からも褒め称えられるような長所を持っている人間のほうが少ないのだ、というコトに目を向けるべきである。

 何でもいい。“運転が上手い”“声が大きい”“挨拶は欠かさない”“怒鳴らない”“迷子にはまずならない”“メールを打つのが早い”“ずっと続けている趣味がある”などなど……。

 普通に探してあまり出てこなければ、今度は「〜ない」というコトバを使ってみる。
“無責任ではない”“人嫌いではない”“無駄遣いしない”“遅刻はしない”など……。

 ネタに尽きたら、過去に自分が成功させたコトや良い行いを思い出す。勿論小さなコトでかまわない。“文化祭で実行委員をやった”“高齢者に席を譲った”など……。少しずつ、自分の輪郭が見えてくるはずである。

 それでもダメなら、友人に聞いてみるのがいい。10個は答えてくれる。

 自分の長所はココロのエネルギー源である。どんなに小さくてもそれを見逃さず、その長所を活かし成長させていくコトが、自信を保つ秘訣ではないだろうか。

2007年07月10日

第百四十八回「アナログエンターテイメント 新・紙芝居創世記」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 さて、七夕の夜、ついに21世紀紙芝居「蛇蝎姫と慙愧丸」を見てきた!

 今回のイベントは大きく2部構成になっている。前半は、演芸としての紙芝居の祖先のひとつとも考えられる「のぞきからくり」と「江戸写し絵」、そうして街頭紙芝居師・森下正雄さんによる「黄金バット」の上演である。

 後半の、全300枚を越える原画をもとに講談師・神田陽司さんが口演する「蛇蝎姫と慙愧丸」については、次回以降にしたいと思う。今回は、前半について話してみたい。

 まずは、今回のイベントの主催である、浅草雑技団によるのぞきからくり「八百屋お七」。からくり屋台とからくり絵を元に、口上人がバチで複雑なリズムを作りながら、物語を語っていく。男女二人の演者が上演していた。のぞきからくり、ということで、本来はからくり屋台下部ののぞき穴からのぞくとそこから語りに合わせて色々な絵が見えるのであるが、何しろ会場は満員札止めで、のぞくことはできなかった。

 リズムに合わせた語り物、というと説教節とかに通じるものがあるのだろう。

 今回使われたからくり屋台は、新潟県巻町(現在は新潟市)に現存する屋台と責め絵で有名な伊藤晴雨の仕掛け図を参考に浅草雑技団が1987年に制作したものだそうだ。

 続いて、劇団みんわ座による「江戸写し絵」。最初に代表の方が舞台に上がって、ざっとマジックランタン(幻灯機)の歴史や現況などに触れ、早速写し絵「だるま夜話」が上演された。木で作られた軽い幻灯機(風呂、というらしい)に種板をさしこみ、それを4、5人の演者が一人ひとつずつ持って、大きなスクリーンの裏であちこち動き回りながら、スクリーン前の演者の語りに合わせて物語を進めていく。

 これが実は、今回のイベントで一番の驚きだった。以前世田谷のイベントでご一緒した江戸紋きり型影絵のときと同じで、思わず声が出てしまうほどの面白い出し物だった。お話は、掛け軸のだるまが抜け出して、花火大会を見に行く途中、腹が減ったので夜鳴きソバを食べる。が、お金を持っていないのでソバ屋の亭主に追っかけられて、慌てて掛け軸の中に戻ったのだが……という短いものだ。一瞬でだるまに手足がはえたり、積み上げられたソバがどんどんなくなっていったり、花火が夜空に広がったり。それが、驚くべきことにカラーで繰り広げられるのだ!日本のアニメは、本当は最初からカラーだったのだ!

 そう、まさに「江戸写し絵」はアニメの祖先でもあるのだ。

 ちなみに、劇団みんわ座では、毎年一回東京芸術劇場で一般向けの公演をやっているという。今年はもう終わってしまったそうだが、来年は何とか見に行きたいものである。

 そうして前半最後は、森下正雄さんの「黄金バット」。「怪獣篇」と「怪タンクあらわる」。ここで初めて知ったのだが、この二つの黄金バットの話は、加太こうじさんが森下さんのために描いたシリーズであったらしい。喉頭ガンのために今は喋ることができない森下さんだが、四国での実演を見たファンの人がその内容をテープに録音していて、森下さんに届けてくれた、そのテープを使って、まるでその場で語っているかのような臨場感の中、太鼓や鉦が叩かれ、黄金バットと怪獣、怪タンクの闘いが始まる。

 さすがに会場の広さもあって、黄金バットの絵の大きさはA3だった。それでも客席の後ろの方だとあまり絵自体を詳しく見ることはできないだろう。ボクは自分がその翌々日この舞台に立つことを想像しながら、見ていた。

 そんなわけで、第1部だけでお腹いっぱいになったボクであるが、この後の第2部でもまたたっぷりと紙芝居の世界を堪能することが出来たのである。

 その話は、また今度。

 劇団みんわ座
 http://www.t3.rim.or.jp/~minwaza

 というわけで、続きは明日のお楽しみ!

2007年07月09日

第118回『東京タワー』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 6月アタマに仕事で、舞台演出家・劇作家のG2さんにお会いした。リリー・フランキーさん原作の『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』を舞台化される、というコトで、インタビューしに行ったのだ。

 取材前にとにかく原作を読んでおかなくては、とすぐに本屋に走って求めた。本を紐解けば、G2さんが言っていたように、そこには飾らずウソのない、40年間に渡る親子の普遍性が描かれており、すぐに読み終えるコトが出来た。

 折しも初上京・初独り暮らし(いや居候だけれど)のワタシのココロに、なんというか、優しいある種の傷を残す作品となった。

 そういえばワタシにも、こんな、エピソードがある。

 ワタシが上京してすぐに父親が下宿先を訪ねてきた。土砂降りの中、基本的に出不精な父親がスラックスの裾を濡らしながら、駅から徒歩20分もかかるところを歩いてくるなんてめったにないコトだ。

 埃っぽい部屋、若干殺風景なキッチン、薄い壁、2階の住人の足音が響く天井…アパート中をくまなく観察した後に、「…寝るだけだな」とつぶやく。

 家で待つ母にも見せるのだといって携帯で何枚か写真を撮った後、しばらく何も言わなかったが、徐に、「栄養のあるものを食え」と言って、福沢諭吉をくれた。受け取ると、
 
 「使い切れ」

 とヒトコト言った。

 平素こどもらの食欲などについては全く無関心な父が、ワタシがちゃんと食べるかどうかをいたく心配しているコトも嬉しかったが、なによりも、ワタシが“こういうお金”を使えない性分だというコトを理解してくれていたコトにすこぶる感動した。

 雨の中、駅まで父を送ると、「飯を食うか」といってランチをご馳走してくれた。さて帰ろう、というときも、「家までついていこうか」という。そもそも帰る父をワタシが駅まで送ってきたというのに、これではキリがない。当然断り、改札まで父を送って帰った。

 親と子、というのは普遍的な関係の1つなのだな、と確信した瞬間だ。

 インタの時のハナシによると、G2さんの舞台にもその普遍性が色濃く表現されているそうなので、是非1度、ご覧いただきたい。

2007年07月03日

第百四十七回「果たして木馬亭の舞台に自転車はあがるのか?」

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廣島屋でキュ!廣島屋

 季節感がまるでない今日このごろであるが、7月9日10日は浅草でほうずき市が開かれる。浅草寺にこの日お参りすると4万6千日お参りしたのと同じご利益があるとされるそうだ。東京に来たてのころ、物珍しくて都内をウロウロしたときに、ほうずき市も見に行った記憶がある。浅草の思い出というと、クレージーキャッツの映画のオールナイト(五本立て)を見に行ったこととほうずき市、それからぐっと最近の話になって花やしきで似顔絵の営業をやったことくらいだろうか。

 さて、そのほうずき市の日に、ボクは浅草の演芸のメッカ・木馬亭で行われるイベントに出ることになった。「浅草夏笑い」と題して、両日ともに15組近い芸人・パフォーマーが参加するお笑いイベントである。

 ボクもお笑いライブには何度か出ているし、知り合いがお笑いをやっているのでそのライブを見に行ったこともある。だから、いわゆるテレビに出ていない芸人さん(自称、も含めて)がどれだけ気の遠くなるような数いるのか、それは大体わかっているつもりだ。

 が、今回共演する芸人さんのラインナップを見て、びっくりした。

 ほとんど聞いたことのない芸人さんばかりだったのだ。(そんなことをいえば向こうだってボクのことなど知らないだろう、だからお互い様なわけだが)ただ、ネット全盛(という文言もすでに死語になりつつあるのだろうか)の昨今、ほとんどの芸人さんを検索することができて、そのブログやHPで人となりが少しわかった。

 といっても、実際の舞台を見たわけではないのでなんともいえないのであるが。

 そうして、そんなまだ見ぬ共演者の中、ボクは木馬亭の舞台に自転車で上がりたいと思っているのである。当初は八王子のときと同じようにレンタサイクルを借りるつもりだったのだが、木馬亭にある自転車をお借りできそうで、となると後は舞台に上げられるかどうかなのだが、その問題は今のところまだはっきりしていない状況である。

 客寄せとして、入り口でさわりだけやるという手もある、と今回のライブに誘っていただいた方からアイディアもいただいていて、結構それについては本気になってもいるのだが。(続きは中で……とやって、実際には舞台では別の話をやる、というかなり羊頭狗肉な、というか姑息なことも考えているw)

 まあそれはともかくとして、暑い夏は笑い飛ばして過ごすのが一番であり、来ていただいたお客様に思い切り笑って帰ってもらえるようにがんばりたいと思っている今日このごろである。

 オフィス7F(イベントの主催団体)「オフィス7F彙報」
 http://yamaton.hp.infoseek.co.jp/

 というわけで、続きは明日のお楽しみ!

2007年07月02日

第117回『ドラマ』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 芝居や演劇のコトを“ドラマ”という。
 ワタシの生業としている世界だ。

 劇的だったり強く印象に残ったりする出来事を“ドラマ”という。
 ワタシの暮らしている日常世界であり、意外と頻繁に起こり得るコトだ。

 去る6月25・26日に、新しく出逢った仲間との、生まれてはじめての東京公演が終わった。満員御礼、コミカルな舞台だった(ありがとうございました)。
 
 ほぼ毎日稽古があったので、おんなじ面子と物凄い頻度・密度(笑)で顔を合わせるコトになった。しかもほぼ毎日のように飲み屋で夕食を済ませていたので、仲良くならないわけがない。

 嗜好・思想が少しずつ明らかになり、それぞれのキャラが決まり、鉄板(お決まりの)ギャグが出来、いい歳なのにオール(徹夜)をして、まるで海賊か何かのように大騒ぎをした、そんな印象だ。

 そしてみんなでヒイヒイいって“ドラマ”をつくり(今回は難産だった)、本番が終わった。そう、物事には必ず終わりがある。当然のように、楽しい出来事の後には必ず胸が張り裂けそうな出来事がある。

 全体打ち上げのあと、有志だけでカラオケに行った。そこでワタシはボロボロに泣かされた。スピッツの『楓』などの所謂“別れ”や“仲間”のようなものがテーマの歌を何曲もみんなで熱唱されてしまっては、もう号泣するしかない。

 1ヵ月という短い時間しか共有していない間柄なのに、こんなにも別れが辛いのだ。嗚呼、これらの日々がどれだけワタシタチにとって濃密な時間であったことだろう。作られた“ドラマ”でない“ドラマ”が、こんなにも身近に転がっていたのだ。

 ワタシの暮らす日常の“ドラマ”も、まんざらでもないらしい。みんなの歌を聴きながらそんなコトを思いまた涙して、ただ打ち震えていた。悲しみの涙とは少し違う涙が流れた。

 …もっともこの打ち上げーーというかカラオケーーは、役者と演出家が集まって構成されているので、もしかしたら作られた“ドラマ”であるかもしれな……

2007年06月26日

第百四十六回「キャンドルナイト2007」

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廣島屋でキュ!廣島屋

 先日のイベント「キャンドルナイト2007」は、「でんきを消してスローな夜を。」という言葉を掲げて同時多発的にさまざまな場所で開催されるイベントのようで、ボクが参加させてもらったIID世田谷ものづくり学校以外でもさまざまな形で実施されたものであるらしい。

 IID世田谷ものづくり学校でのイベントは、朗読会やライブ、常設のカフェでもキャンドルのあかりのみで営業、と話を聞いただけでドキドキしてくるようなステキな企画が盛りだくさんだった。

 参加料は500円で、これは一人ひとりに渡されるオリジナルキャンドル代も含んでいるという破格のもので、基本的に予約制、ボクは今になって知ったのだが、開催前に予約分は終了していたらしい(限定300名)。

 昨年のイベントの状況から、お客さんはいろんな会場を回遊している場合が多いようで、実際紙芝居をやっているときも人の出入りが(それほど気にはならないが)少しあった。ただ、ほぼやっている間中満席状態だった(立ち見の人もいた)ので、ランタンと人の熱でちょっと暑かったのが気になったくらいだ。

 そうして、このイベントでボクがご一緒させていただいたのは、江戸紋きり型の本を出版された下中さんという方だった。江戸紋きり型とは、もともとは家紋の切り絵型だったらしいが、遊びごころ満点の江戸の人の手にかかって色々な図案が編み出されて、おまけにそれを影絵として遊ぶくらいに発達したいわゆる「芸」であるらしい。

 特に面白かったのは、棒の先のキツネの影絵が、ほんの少し棒を回すと女の人の姿に変わるものだ。これは見ている人から大きな歓声があがるくらいシンプルだが素晴らしいものだった。初期紙芝居の立ち絵の影絵バージョンともいえる(もちろん、紋きり型の方が歴史的に古いのではあるが)。

 また、イベントが終わって片づけをしているときに、その影絵のお手伝いをされていた方から、「昭和のくらし博物館」というこれまた興味深い施設の話を聞いた。古民家をそのまま生かしたという博物館の建物だけでもおそらく(いや、絶対に)見る価値はあるだろう。その方は、以前深川の図書館で肉筆紙芝居を借りてそこで上演させてもらったこともあるとか。
 
 深川の図書館に肉筆紙芝居がある(らしい)ということもそうだが、昭和のくらし博物館でそういうイベントも出来る、ということも驚くべき情報だった。

 この出会いはとてもよいものだった。IID世田谷ものづくり学校のスタッフの方々は、下北沢でのライブを見てオファーをいただいたのであるし、そのARTISTはもともと知り合いが出演していた縁でお世話になるようになったのだ。そのほかにも、本当にいろいろな方々と出会うことでボクの活動範囲はどんどん広がっている。思えば本当によい出会いをしてきている、とわれながら思う(ただ、それを生かしきれていない自分が歯がゆいのではあるが)。

 とりあえず近々にうちに、昭和のくらし博物館に行ってこようと思っているのである。

 そんでまたこのコラムでご報告したい、と思う。

 IID世田谷ものづくり学校
 http://www.r-school.net/cld/

 というわけで、続きは明日のお楽しみ!

2007年06月25日

第116回『あだ名』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 このコラムがアップされる頃には、池袋にて本番を迎えている。

 今回の公演は、お互いに全く知らない役者・演出家・作家が一堂に会し、コメディを創った。

 初めて出会う仲間同士、お互いに勝手も癖も分からず探り探りだったものが、最初の3日間くらいでスグに打ち解けることが出来たのが、今回のカンパニーのいいところの1つだ。

 いい仕事をしようと思えば、やはり早めに仲良くなるに限る。

 初めて集まる場合、私達は“ワークショップ”をやるコトが多い。私達の言う“ワークショップ”とは、即興で演技をしたり、ココロとカラダを開放するトレーニングなどをするコトであるが、今回のカンパニーがスピーディに仲良くなれたのは、“名前オニ”をやったからではないだろうか、と考えている。

 “名前オニ”というのは、基本的には鬼ごっこだが、オニにタッチされそうになったら誰か他のヒトの名前を呼ぶと、名前を呼ばれたヒトがオニにかわるという、少し変わったルールがある。

 名前を呼ばなければならない以上、まず覚える必要がある。覚えるには本名よりあだ名の方がいいので、大概あだ名をつける。

 あだ名で呼ぶ相手というのは通常、ある一定ライン以上親しい関係になったヒトたちであるが、“名前オニ”をすると親しくなる前に既にあだ名で呼び合うコトになる。

 これが不思議と、仲良くなるためには効果的なのだ。互いをあだ名で呼び合うコトによってお互いが親しいものと錯覚するため、遊び終わった頃にはそのままあだ名で呼び合い、和気藹々とした関係が構築されている。

 “名前オニ”からスタートした今回のカンパニーによるお芝居は、あたたかい作品に仕上がった。
 もし、新しく集まった集団における空気が硬いような気がしたら、是非あだ名で呼び合うことをお薦めする。出来れば“名前オニ”をするのが1番だけど。

2007年06月19日

第百四十五回「境界線上の……」

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廣島屋でキュ!廣島屋

 このコラムでは何度か書いているが(そうしてそのたびにあっちへ振れこっちへよろめいたりしているが)、表現者としての自分の立ち位置については、いまだに悩んでいるのが正直なところである。芸人なのか、パフォーマーなのか。街頭紙芝居屋なのか、「紙芝居をやってくれるオジサン」なのか。役者なのか朗読者なのか。あくまでも肉筆紙芝居にこだわるのか、印刷紙芝居、あるいはオリジナルの紙芝居も含めて演じていくのか。

 それはつまり、「誰に向けて紙芝居をやるのか」ということに尽きると思う。

 そうして、それはボクの場合、「すべての人」というとてつもない広がりを持つ対象になってしまうのだ。われながら怖いもの知らず、という感じであるが。

 そう。子供から大人まで、そうしてできれば国籍も超えた人々に、数枚の絵の描いてある紙を元に物語を語る(そうして体で表現する)、そんな紙芝居をやりたいと思っているのだ。ただ、あくまでも出自は街頭紙芝居という誇り(や、実際に街頭紙芝居で稼いでいないボクがいうのはおかしいけれど)を忘れずに。

 つまりそれはどういうことかというと、見せたい対象にこちらから歩み寄るというより、強引にでも何でも、こちら側に引っ張り込みたいのである。巻き込みたい、といってもいい。

 あー、理想が高い、というか、かなり無理な(そうしてある意味失礼な)願いだということは重々承知である。

 それでも、ボクのやりたいことというのは、つまりはそういう方向なのだ、と最近特に思うのだ。それまでは、とにかく「自分が面白いことがやりたい」という小学生レベルのことしか頭にはなかったのだけれど。

 先日の八王子でのイベントで、自転車でやるということにかなり自信がもてたので、今後はできるだけ自転車に紙芝居舞台をのっけてやっていきたいと思っているし、オリジナルもどんどん作っていきたい。それと同時に、肉筆紙芝居も新たな作品を制作していきたいと思っているのだ。

 さて、今月は新たな展開として、キャンドルの灯りの元、紙芝居をすることになった。6月22日(金)、世田谷のIID世田谷ものづくり学校の「キャンドルナイト2007」というイベントで紙芝居を上演する。共演は、公園での紙芝居定期上演やイベントにも積極的に参加しているユーダイ座さん。以前からお名前だけは聞いていて、今年ご自宅にお邪魔した街頭紙芝居屋の永田さんのお話にも出てきた紙芝居屋さんだ。

 彼のHPを見ると、やはりその目指すところは微妙にボクとは違うのであるが、ボクにはない「熱さ」(そう、本当にボクには熱さがないのだw)があって、これまた刺激を受けまくりなのである。

 IID世田谷ものづくり学校「キャンドルナイト2007」
 http://www.r-school.net/cld/

 ユーダイ座さんのHP
 「紙芝居屋さんがはじまるよ〜!」
 http://kamisibai.at.infoseek.co.jp/

 続きは明日のお楽しみ!

2007年06月18日

第115回『ココロとカラダの関係』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 東京へ来て3週間が過ぎた。今月の25・26日に本番を控え(劇団上海自転車HP参照)ココロとカラダの調整に入っている。

 完全アウェイでいろいろと調整しづらく、こないだとうとう風邪を引いて熱を出してしまった。今回のカンパニーは結構いい雰囲気で長引かずに済んだものの(雰囲気が悪いと治るものも治らない)、喉の調子がよくならず、普段の5割くらいのレベルの声で稽古をしている。そこが非常に気に入らない。

 もちろん自分をいたわらず、東京だ!とはしゃいだ結果でもあるだろう。

 喉が如何にデリケートであるか、というコトは、それを商売道具にしているヒトにしかわからない上に、1人ひとり喉の癖みたいなものがあるので、たとえば役者同士でもタニンの喉のコトは正直よくわからない。

 一般的には、冷房がよくないだとか辛いモノや炭酸がよくないだとか言われるが、それは個人差がある。さらに、意味を理解できていないコトバを大きな声で言わされると声が枯れやすいのだそうだが、ワタシは特に、ココロが伴っていないセリフや必要性を感じないセリフを言わされると、すぐに喉がかれる。カラダがそのコトバを嫌がっているのがよくわかる。
 
 嫌なコトがあると胃がキリリと痛くなるように、適さないコトバはワタシの喉を傷つけるのだ。ほんとうにカラダというのはうまく出来ているなぁなんて、子供のように感心してしまう。

 話しはすこし逸れるが、一般的にもカラダが出しているシグナルに気づけなかった、或いは気づいていたのに対処しなかった(できなかった)結果、精神的に調子が悪くなるコトが結構あるそうだ。
 自分の喉のコトはタニンにはよくわからないのと同じで、自分のことはやはり自分でいたわるより仕方が無いものなのだろう。

 ともあれ、のどの調子をベストに整えて本番に臨みたいものである。

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