2007年05月15日

第百四十回「軍神の母」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 昨年ネットオークションで入手した戦時中の印刷紙芝居「軍神の母」をようやく上演することができた。実は手に入れたといっても完全版ではなく、前半のみのものだったし、絵柄も物語も地味ではあるし、これをどうやったものか、ちょっとよいアイディアが思い浮かばなかったので、何となく部屋の隅に置いておいたまま、日にちばかりが過ぎていってしまったのだ。

 タイトルにある「軍神」とは、この物語の場合正しくは「九軍神」のことである。第2次世界大戦での日本軍による真珠湾攻撃の際、特殊潜航艇に乗船して命を落とした9人の軍人の功績をたたえ、彼らは「軍神」と称されるようになった。

 紙芝居「軍神の母」は、その九軍神のうちの一人「上田定兵曹長(死んでから2階級位があがったので兵曹長)」の生い立ちを描いたものである。

 広島の農家に生まれた定少年は、成績優秀なために教師から中学校へあがるよう薦められる。父親は働き手としての彼の力をあてにしていたのだが、母親は自分がその分働くので上の学校へやらせたい、といい、定少年は中学校でも学業に精を出すこととなった。母親は文句もいわず、朝から晩まで働くのだった。そうして、中学卒業を迎えた定少年は、「今までウチの中学から軍人になった人間はいない。ボクはぜひお国のために海軍にすすみたい」と両親に手紙で訴えるのだ。

 困惑する父親に、「あの子は今まで間違ったことはひとつもしていません。だから、今回もあの子のやりたいようにやらせてあげたい」と母は力強くいう。定少年は、晴れて呉の海兵団に入ることとなる。

 ボクがオークションで落札したのは、ほぼここまでの話である。

 先日、急に思い立ってこれを上演してみた。上演前に、簡単にこの紙芝居の内容(印刷紙芝居であり、軍事美談であること)に触れて、あとは自分の好きなようにオカズ(アドリブ)を入れてみた。

 すると、意外と普通に出来たのだ。前半しかないことも、まるで「続き物」の紙芝居のようなヒキのテクニックが使えて逆によかった。また、地味だと思っていた絵も、これはこれでなかなか味わい深いらしく、お客さんの反応も意外にあった。

 ボクはコレクターではないので、折角落札した紙芝居はすべて、内容にかかわらず、上演したいと思っている(もともと上演したいから落札して自分のものにしているのだが)。その意味では、今まで一度も出来なかった「軍神の母」を何とか上演できたことは、とても嬉しいし、以前一度だけやって(ボクの中では)玉砕した「肥料の施し方」にも、また挑戦したいと思っているのである。

 続きは明日のお楽しみ!

2007年05月14日

第110回『ゼンブのなかのジブン』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 雨のにおいがする。

 外に出ると水っぽい風が吹いて、今となっては刈られるのを待つばかりの麦たちも、なんとなくもったりして軽やかさがない。

 森羅万象が規則的にツギの準備をしている。ワタシタチの知らないうちに、すこうしずつ変化している。そう思うと、いつもよりもやけに空が高く思えたり、世界がとてつもなくだだっぴろいように感じたりする。そんな中に、ワタシがきょとんとした顔でポツネンと立っている。

 とてもちいちゃくて、ひとりぽっちのような気がする。

 それでもワタシは確かにココにいて、なんとなくジブンが“どの部分なのか”を感覚的に捉えるコトができる。

 毎日の、“絶対やらなくちゃいけないコト”に追われていると、全くもってジブンしか見えなくなってしまう。そして誰かを傷つけたり振り回したりしてしまう。

 舞台に立っていても、観客や舞台装置や照明の色、音響スタッフが入れてくれる音などが見えなくなったり聞こえなくなったりすると、途端にジブンを見失う。

 要するに、ジブンを知るためにジブン以外のゼンブがなくてはならないのだ。

 お気に入りのワンピースやペンダント、香水やいつも使っているカップ。部屋、家。いつもの靴を履いて土を踏む。庭があって、ジブンのテリトリーから外へ。

 家族の中でのジブンは何であるか。劇団の中でのジブンは何であるか。友人の中での、子供たちの中での、会社の中での社会の中での、自然の中でのジブンは何か。

 それさえ忘れなければ驕り高ぶるコトもなく、なんとなく今の自分の立ち位置がわかるような気がする。

 雨のにおいがする。規則的に梅雨が訪れ、忘れずに紫陽花も咲くことだろう。

2007年05月08日

第百三十九回「口立て芝居」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 先日、新宿・紀伊国屋ホールで初めて舞台を見た。実は以前折込でホール自体には行ったことがあるのだが、エントランスだけで、客席にさえ入ったことがなかったのだ。

「東京のコメディ」と銘打って、舞台だけでなくメンバーによるお笑いライブも精力的にやっているうわの空・藤志郎一座の公演「桜−SAKURA−」を見に行ったのだ。劇団の名前は以前からよく耳にしているが、なかなか劇場まで足を運ぶことが出来なかった。それが、ちょうど3月のイベントに出ていただいたコンタキンテさんが客演されるということで、楽日に見に行くことができたのだ。

 この劇団の芝居の作り方は、「口立て」である。基本的な役柄の設定だけ決めて、後は稽古を重ねていって練り上げる。演出家でもあり、役者としての存在感も人一倍の座長・村木藤志郎さんがセリフを作っていく、という形らしい。「そこに、その人間として存在すること」が、芝居を作っていくうえで一番大事にしていることだそうだ。

 そのため、複数の役者が同時に話し始めてセリフがうまく聞きとれないところもある。いいかけたセリフが後から喋りはじめた役者のセリフにおされて宙ぶらりんのまま消えてしまったようなところもあった。

 それは、とてもスリリングでリアルな喜劇だった。同じように複数のセリフが舞台上でまるで関係なく交差する青年団とは違うリアルさだった。

 そうして、そのリアルさは、舞台にしかないものだったと思う。エントランスで過去の公演のDVDなども販売されていたが、本当に申し訳ないのだがそれにはまるで興味がわかなかった。ただ、その過去の公演を自分がこの目で見ることができなかったという悔しい思いがあるだけで。

 久々に、舞台でしか味わえないものを見せてもらった気がした。それは一言でいうと、「生の芸能の魅力」である。物語の大枠は決まっているとはいえ、細部が公演中にどう変わっていくかそのときその回の舞台を見なければ予測不可能という、そんな舞台。

うわの空・藤志郎一座
http://www.uwanosora.com/

 「口立て」といえば、以前コラムにも書いたが、初期の街頭紙芝居はストーリーなどは作者が紙芝居屋に口伝で教え込んでいたらしい。その大まかな流れに肉付けしていくのは、紙芝居屋自身だったのだ。

 実際、肉筆紙芝居の裏書は本当に400字詰め原稿用紙にしたら原画一枚につき半分もいかないだろう。字も間違っていることが多いし、だから後から誰かが訂正している場合もある。

 しかし、だからこそ紙芝居屋の力量が問われるのであり、現在ボクたちがやり続けている魅力の源泉があるのではないか。そんなことを少し考えた初紀伊国屋ホールだった。

 続きは明日のお楽しみ!

2007年05月07日

第109回『佐渡の魔像』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 つまくだ(第53回コラム参照)なハナシをする。

 ウチの劇団は男子が大方を占めており、尚且つワタシも女子とみなされていないので、ちょくちょくシモネタトークが爽やかに繰り広げられる。

 ある日「ジブンは“佐渡”なのか“魔像”なのか」というハナシになり、ウチのキャストは殆どが“魔像”で、スタッフは“佐渡”であるコトがわかった。なるほど喜劇をやる集団としては好ましい構成のように感じる。

 何かをやり遂げようとするニンゲンにおいて、“負けん気”というのは標準装備であり、これは“佐渡”とも“魔像”とも違う。どんなに大人しくても、みな“負けん気“がある。あなたの中の”佐渡“”魔像“を判断する際に、ちょっと注意が必要だ。

 喜劇役者は特に、笑いのおこるシチュエーションとして切羽詰った状態に置かれたり、痛い思いや寒い思いをしたり、また思いがけないコト(ずぶぬれになる、床が抜けるなど)が起きて驚かされたりするコトがしばしばある。

 これらの酷い事柄をうけて、少なくともオイシイとかタノシイと思う、もしくは客観的に考えてオモシロいと感じるコトが出来なければ、喜劇役者はきついのかもしれない。そう思うと、もっとも好ましいのは“超魔像”になるだろう。
  
 ただ、やはり舞台も社会の縮図。役割分担というモノがあり、笑いが発生する状況作りのための“喜劇的攻撃をする佐渡”というのが必要だ。ただしそういうのは、数人いれば事足りる。

 ちなみにワタシは、演出のときは“佐渡”であり役者のときはおそらく“魔像”でやっていると思う。が、どうだろう。

 ハナシはそれるが、トップアスリートは“魔像”が多いのだろうし、コーチは“佐渡”なんじゃないかと思っている。また、会社のなかでの“佐渡”および“魔像”の占める割合によって、もしかしたら業績に影響したりするのかもしれない。パートナーを組ませる際の指標にもなるかもしれない。
 
 身の回りの“佐渡”“魔像”分布状況を考えてみると、意外と関係性がクリアに見えてオモシロい。

2007年05月01日

第百三十八回「久々のネタをやる」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 連休前の先週、久しぶりに「後生うなぎ」をやった。殺生をしなくなったご隠居とうなぎ屋の亭主のやり取りを描く噺だ。

 落語を紙芝居にしたこの作品、今までの自作の紙芝居の中ではまあまあの出来であるが、ここ最近はなかなか上演することがなかった。オークションで入手した肉筆紙芝居のネタおろしをやったりしているうちにすっかりご無沙汰になってしまったのだ。

 この話はオチが結構ブラックで、ボクが一番気に入っているのもまさにその点なのであるが、お客さんの反応は「ええー?」というモノが多い。絵柄も割りと可愛らしい(いや自分でいうのもなんですが、結構カワイイ絵を描いたんですよこれが)し、話の流れもばかばかしいので、ああいう風なオチが予想できないようだ。

 駄洒落で落とす、というものもあるが、落語には結構ブラックなオチが多い。

 もう随分前にこのコラムで書いた次回作(予定)の「元犬」は割りとおとなしめのオチであるが、もうひとつ、何とか紙芝居化したい噺「ふたなり」には死体が出てくる。ただ、オチが大阪と東京では違っていて、そのあたりをどうするか、多分実際にとりかかると一番の問題点になると思う。

 いや、いつとりかかるか、という点はとりあえず考えないことにしているのだが。

 落語の紙芝居化というと、実はマツイ亭ゴジラという方がすでにやっておられる。

「マツイ亭ゴジラ」さんのブログ
http://blog.goo.ne.jp/matuiteigojira/

 このマツイ亭ゴジラさん、下北沢ARTISTでのボクの紙芝居を一度見にこられているようなのだが。(ずいぶん後にお店の方にその話を聞いた)

 梅田佳声師匠とも交流があるようだ。また、ブログを見ると月一回、新宿で「紙芝居を肴に飲む日」というイベントをやっているようだ。5月は13日(日)。ちょっと気になるのであるが、予定がうまくあえばのぞいてみたいと思っている。演目は「芝浜」ほか2席。ゲストもいるらしい。

 そんなこんなで、本当に色んな人が色んな形で紙芝居をやっているのだな、と嬉しくなってきている今日このごろなのである。

 続きは明日のお楽しみ!

2007年04月30日

第百八回『またね』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 このコラムが掲載される頃にはバイトを辞めている。芝居のたびに(そして体調もよく崩す)散々休んで迷惑をかけた。仕事が入るのはありがたいが、バイトはその分やりづらくなる。そして今回ばかりはちょっと、大型連休になってしまうのである。

 それはそうとして、辞める時というのは精神的に結構ツライものがある。勿論連絡先は知っているからメールも出来れば会うコトだってできるが、ワタシは別れが苦手な性分で、どうもこう、なんともいえない気分になる。

 劇団で濃密な時間を過ごした仲間が、出産・引越しなどでいなくなるのも結構辛い。普段「コノヤロー」と思ったりしていても、そういう節目のときはなんだかココロが“しんなり“としなびた感じになって、どうもいけない。理由は喜びごとがほとんどなのだからもっと”パリッ“とすればよいものを、やはりココロが”しなしな”してしまう。

 普段ワタシのコトなど気にもとめていないという態でいた職場のヒトたちが、こんな折にステキなコトバの贈り物をくれた。特に気に入ったのが2つある。

 が、おそらくそれは、そのヒトがジブンだけのものであるオリジナルの人生の中で発見した宝石であって、そうそうヒトに譲ってはいけないものなのだろうから、まだちょっと正確には言えない。そのヒトの歴史が詰まった宝石なのである。

 そのコトバたちのおかげで、“しんなりしなしな”していたココロが、“ほんわか”あたたかくなった。“パリッ”としなければならないといって張ってしまいそうになった肩肘の、そのチカラがスッと抜けた。

 丁度良くて急がないのがいいのだな、と。端的にいえばそんなハナシだが(だがこんな風に書くと随分薄っぺらくみえるが)、とてもユーモラスな表現で、気取らず気張らずプレゼントしてくれたその宝石を、私は大切にしたい。

 ありがとう。
 初心(=目標・始めた頃の不器用さ)を忘れず、これからも精進したい。

2007年04月25日

《54.ミンナの想い》

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劇団無現 本間なごみ

天気が悪く、寒い日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

黄金週間を前に、私はアトリエのプロデュース公演の準備に奮闘中。
睡眠時間が短くなり、電車での移動時間が貴重な睡眠時間と化していますが、まだまだ元気です!

今回、私は制作と、デザイン関係を担当しています。

ご存じない方は「制作って何?」と思うかもしれませんね。

舞台の制作にかかわる全てのことを担当しています。
え〜っと・・・早い話が雑用です。

雑用ではなく芸術的?革新的?クリエーティブ?な域に達している制作の担当の方もたくさんいらっしゃると思いますが、私は場合は雑用の域を脱出できてません。

舞台の小道具、大道具、ご案内DMの手配、置きチラシ、折込・・・
ウチの場合は数名で分担するわけですが、私はどれもチョコチョコ咬んでいて手が回っていないのです・・・
時には以前の関係者や、休団中のメンバーに協力をお願いし、キャストや、他のスタッフの手を借りながら、何とかやっています。

協力者が増えるたび「この想いも無駄にはできないぞ」と、キモチがキリリと引き締まりますね。

舞台は役者だけのものでも、演出家、作家だけのものでも、もちろんスタッフだけのものではなく、関係者を取り巻く全てのもの、観客のためのもの。
ミンナの想いが私のパワーの源です!

GWの前半、すでにご予定がお決まりの方もいらっしゃるかとは思いますが、ご興味とお時間がございましたら、世田谷区野沢の小さなアトリエに、ぜひ足をお運びください。

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アトリエ無現プロデュース公演 vol.2『便利屋〜リターンズ』

作・製作総指揮: 木村圭作   演出: 鈴木博之
CAST: 新藤栄作  ひかる一平  乾小順  久保晴輝
会場: アトリエ無現
料金: 前売:2000円 / 当日:2500円(全席自由)

日時: 2007年4月27日(金)〜30日(月)
4/27(金) 19:30
4/28(土) 15:00 19:30
4/29(日) 15:00 19:30
4/30(月) 15:00     〜開場は開演の30分前です〜

詳細はコチラ

*受付で「本間なごみのブログを見た」と言っていただければ、前売料金の2000円で入場していただけます。

よろしくお願いします。

両方が力をあわせて良い現場、良い作品が作られる。
だからお互いがお互いを感謝してゴールを目指していけたらいいな、と思います。

この場をお借りしてお礼とエールを送ります。

いつもありがとう。これからもよろしくお願いしますね。

2007年04月24日

第百三十七回「切り口は十人十色」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 前回の「再演」に関する話とちょっと関係している話をする。

 それは、紙芝居の同じ話を複数の人間が上演する場合だ。舞台などにおきかえると、ダブルキャストとか、再演で役者を代えた場合とかがそれに近いかもしれない(あるいは演出が代わる、とかね)。

 ただ、舞台と紙芝居が一番違うのは、「台本」である。

 舞台の再演の場合、台本を見直して若干の変更があれば、それに伴って演出もちっと変わり、結果として初演とかなり印象が違ってくる、ということはあるだろう。ただ、基本の物語はそれほど変わらないはずだ。

 だが、紙芝居の場合は、演じる人間によって、絵一枚の「意味」どころか、ストーリーそのものが変わる。登場人物のセリフ、場面の設定など、絵の裏には一応書いてあるわけであるが、その通りにやることはまずない(少なくとも、ボクはない)。また、絵の順番を入れ替えたり、同じ絵を何度か使ったり(ボクはこれをよくやる)すると自ずと物語は変わってくる。

 特にラーメン博物館でやる場合、ネタの数が限られている中で、どうしても複数の紙芝居屋が同じネタをやることがあって、その場合意識的にか無意識のうちにか、他の人間とは違う切り口で演じる傾向があるのだ。

 だから逆に、同じネタを違う人間が演じるのを見るのは楽しい。

「お、そう来たか!」

 と思うときもあるし、

「それは捻りすぎだろ」

 と突っ込みたいときもある。

 そうして、それが自分のときにフィードバックされて現れる場合もあるのだ。(もちろん、それが面白いか否か、ということはまた別の問題だが)

 一方で、「他の人間がやらないネタをやりたい!」と思いつつ、「他の人間がこういう風にやったネタをオレならこうやりたい」という思いもあって、その相克は結構よい結果を生んでくれているような気がしているのある。

 気のせいかもしれないけれどw

 続きは明日のお楽しみ!

2007年04月23日

第百七回『デキるヒト』

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劇団上海自転車主宰(拠点・愛知) 中野菜保子

 「あのヒトはデキるヒトだ」という言い方をする。こういうのは大概“仕事がデキる”という意味合いで使われる。

 ウチの劇団は常に団員を募集していて、思い出したかのようにポツポツと問い合わせがくる。PR文を読むと、これが“デキる”あれが“デキる”とそれなりのコトが書いてある。

 会って話してみると、なるほど知識はあるようだ。が、残念ながら人格に問題があることが多い。ワタシが問題がある、というのは、ホントウの思いやりと周りに対する興味に欠けている人間のコトを言う。果たしてこれを、“デキる”と表現してもいいものか。

 始めに書いたとおり、一般的に“仕事がデキる”ことを“デキる”というのだから、芝居に関しても同じだろうし、実際、才能と人格は残念ながら別物であるから、分けて考えるのがいいのかもしれない。

 が、仕事が(芝居が)デキて人格もいいヒトというのも間違いなくたくさん存在するのであるし、仕事しかできないヒトは往々にして個人プレーになりがちだ。芝居で言えば、演技が自己完結してしまう。

 演技の(仕事の)仕方でそのヒトがジブン自身に興味があるのか、周りと作品自体に興味と思いやりがあるのかがわかる。そしてジブンにしか興味のないヒトは、周りとのいい化学反応を起こすコトができない。だから結局、個人的に演技が上手くても、いい仕事をしているとは言いがたいのである。

 というコトは集団で何かをやる場合、“本当にデキるヒト“というのは、やはりスキルも人格も両方ともを備えているべきであるとワタシは考える。

 ムカシ父から「企業はヒトなり」というコトバを教えてもらった。劇団もまた、しかり。其れ相応の評価と表現をすべきであると感じる。

2007年04月17日

第百三十六回「再演に耐えうる作品とは」

yamasiro
廣島屋でキュ!廣島屋

 ほんのちょっとだけマジメな話をする。といっても、ご存知の通りあまりよくない頭で考えたことなので、論理破綻及び矛盾・牽強付会なところが多々あるのはご容赦願いたい。

 以前にも書いたことだ。つまり、古典といわれる芸能作品は、なぜ同じ話(物語)をやってもお客さんが喜ぶのだろう、ということ。

 それは感情に訴えるからだ、と書いた。正確にいうと、そういうことをある落語家さんが書いている、ということを別の本で読んだ、ということだったが(ややこしい)。

 表現活動をしていて、まだ間が無いころは、持ちネタの数も限られているから、当然同じネタを何度もいろんなところでやらざるをえない。それが定番の(そして願うべくは鉄板の)ネタになるかどうか、はネタ自体の力もあるだろうが、「やり続ける意志」のようなものも必要だ、と思う。

 最初はどんなにつまらない、お客さんの反応の薄いネタでも、どこかで化けることがある。それは本当にささいなきっかけやアドリブ、お客さんの思いがけない反応(よい悪いではなくて)だったりする。自分で今までやってきたことを思い返せばそれはとてもよくわかるのだ。

 同じネタでも、やり続けること。それが大事。

 さて、この理窟(にもなってないけど)を紙芝居に当てはめてみると、ちょっと皮肉なことに気がついた。

 それは、街頭紙芝居は同じネタを決してやらなかった、やらないことで成立していた世界だったということだ。続き物だろうが読みきりだろうが、毎日来る子供たちに毎日新作を見せていたのだ。そうしないと「おじさん、それは昨日見たよ!」といわれてしまう。

 つまりほとんどすべての紙芝居は、一回性のものだったのだ。たとえば一ヵ月後にもう一度やる、ということもほとんどなかったようだ(試してみたら子供からクレームが来た、という話も聞いた)。

 それは、たぶん技術的な問題もあるだろう。街頭紙芝居は元手もそうかからず、技術も特別に試験があるわけでもなかった。(もちろん、やればすぐ儲かるわけでもなく、人気商売ではあったのでそのあたりの厳しさは半端なものでなかったろうが)だから稽古を積む、やりこむ、ということをしない(出来ない)。生活のために日銭を稼がないといけない、そのためには、まずは目の前の客を喜ばせないといけない、という切実な理由もあると思う。だから同じものをじっくりやるよりはたえず新作を!という流れになるのはよくわかる。

 そしてここが皮肉だと思うのだが、街頭紙芝居が廃れてきて、貸元が廃業し、紙芝居が散逸していってからも、地道にやってきた人々の中で初めて紙芝居が「芸」として立ち上がってきたのではないか、という点だ。数少ないネタを繰り返しやり続けることで、そうして街頭でやらなくなった(やっている人もいたけれど)ことで、「街頭紙芝居」は「語りの芸能」の仲間入りをしたのだ。(職業人としての紙芝居屋が淘汰された、というといいすぎかもしれないが、そんな感じかもしれない)

 今ボクは自分がやっていることを、その歴史を不当に貶めるようなことを書いていると思われるかもしれないが、決してそうではない。

 それどころか、ボクはどちらかというとお客の要望に合わせロクに稽古もせずに毎日ネタおろしをしていた(せざるをえなかった)街頭紙芝居の人々がうらやましくて仕方ないのだ。社会的には認められず、官憲や親からは敵視されていても、子供たちという厳しくも熱烈な信者がいたから。そうして、半分以上はただの石っころだとしても、中に燦然と輝く宝石のようなネタがあっただろうから。

 微妙にタイトルとずれてきたので、この話はまた今度。
 
 続きは明日のお楽しみ!

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